キャッチフレーズって商標登録できるの?

相談者 C.Fさん

 私は食品会社に勤める入社2年目の社員。1年間の営業部勤務を経て、この4月から念願かなって宣伝部に配属されました。わが社の広告やCM、ホームページの制作にかかわれるのかと思うとワクワクします。

 宣伝部に入って早々、リーダーが私のところにいきなりやってきて「これについて調べて」と言って、新聞記事のコピーを置いていきました。記事には、特許庁が、企業が商品の販売促進のために使うキャッチフレーズを商標登録しやすくしたというようなことが書いてありました。調べた結果をまとめ、会議でみんなの前で報告しなければなりません。

 私がこれまで聞いていたのは、単なる宣伝文句であるキャッチフレーズは、原則として、商標登録できないということです。うちの会社のヒット商品である清涼飲料水はキャッチフレーズとともにテレビでCMを流しています。ライバル社も多いので、商標登録できるなら、当社もきちんと対応しなければならないと思っています。

 私もネットで調べてみたのですが、難しくてよくわかりません。今回、キャッチフレーズの商標登録について何が変わったのでしょうか。また、商標登録できるようになったとして、どのような要件をみたせば、登録できるのでしょうか。30代、あこがれのイケメンリーダーの前でうまく発表ができるよう、教えていただければ幸いです

 (最近の事例をもとに創作したフィクションです)。

(回答)

企業のキャッチフレーズが商標登録しやすくなる

 「『ファイトーイッパーツ』『おーいお茶』が商標に」(2015年11月11日)で解説したように、昨年4月より音の商標や色彩のみの商標など、それまで登録し保護することができなかった商標の登録が可能になりました。この制度変更によって、数多くの新たな商標が生まれたのはすでにご承知の通りです。

 それに続いて、今年4月からは、従来、原則として認められていなかった、企業のキャッチフレーズが、商標として登録しやすくなり、話題となっています。

 もともと、商標法第3条が商標登録の要件について規定しており、同条1項各号に該当する商標について、商標登録を受けることができないとされています。そして、同条1項6号では、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」が掲げられています。つまり、一般的に「自他商品・自他役務の識別力又は出所表示機能」を有さないものは商標として登録できないとされているのです(「役務」とはサービスのことを意味します)。そこで、従来、商標審査基準は、その第3条1項6号に関して、「標語(例えば、キャッチフレーズ)は、原則として、本号の規定に該当するものとする」として、キャッチフレーズは、商標登録できないとされてきたわけです。

 今回、特許庁が、キャッチフレーズの商標登録について、原則拒否から姿勢を転換したことで、企業は、それまで自社イメージを浸透させるために育ててきたキャッチフレーズを権利として守ることが、以前より容易になりますから、今後、多くの企業が、今まで以上に、キャッチフレーズを活用するようになると思われます。

 特に、最近の傾向として、企業のロゴマークに隣接して、企業のコンセプト・理念・メッセージなどを、キャッチフレーズやスローガンとしてコンパクトに表現した「タグライン」というものを利用する企業が増加しています。企業のパンフレット、カタログ、テレビのCMなどで、企業のロゴマークのすぐそばに 少し小さな文字でよく表示されています。特に、テレビのCMの最後のシーンで挿入されたりすると、その印象が頭に残るので、皆さんも心当たりがあると思います。「タグライン」は、消費者などに対して、自社の思いを一言で表したものであり、企業のロゴマークに準ずるものとして、企業が登録を希望することが多いことから、今回の変更により、今後、「タグライン」の商標登録が増加することも予想されています。

キャッチフレーズとは

 キャッチフレーズとは、「宣伝・広告などで、人の心をとらえるように工夫された印象の強い文句」「人の注意をひくように工夫した簡潔な宣伝文句」などをいいます。

 キャッチフレーズは、商品または役務の品質、特徴等を簡潔に表すものが多く、単なる宣伝文句と理解されて、これが商品または役務に使用されても、特に需要者(消費者などを意味します)の注意をひく特徴的な部分がないため、需要者が何人かの業務に係る商品または役務であることを認識することができないと考えられていました。簡単に言えば、キャッチフレーズだけ聞いても、消費者が、どこの商品やサービスなのかわからない場合が多いため、原則商標とは言えないとの扱いをされてきたわけです。

 しかし、キャッチフレーズに該当すると思われるものが商標として登録されている事例もあります。例えば、九州電力の「ずっと先まで、明るくしたい。」や、ツムラの「自然と健康を科学する」などは著名です。後述する、ダイハツ工業の「Innovation for Tomorrow」も同様であり、誰もが聞いたことがあると思います。

 従来の商標審査基準でも、標語(例えば、キャッチフレーズに該当するもの)であっても、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるに至っているものについては、本号(注:商標法第3条第1項第6号)に該当しないものとする」とされていたことから、これらの語句は、「自他商品・自他役務の識別力又は出所表示機能」を有すると判断されたものだと考えられます。

「習う楽しさ 教える喜び」「新しいタイプの居酒屋」は×

 一方、自動車教習所を運営する会社が、「習う楽しさ 教える喜び」を商標として登録出願したところ、拒絶査定を受け、不服審判請求をした事案で、東京高等裁判所は、2001年(平成13年)6月28日、次のように判示して、商標としての登録を認めませんでした。

 「本願商標は、『習う楽しさ』の語句と『教える喜び』の語句を組み合わせて作られたものである。『習う』とは、『教えられて自分の身につける。まなぶ』を、『楽しさ』とは、『満足で豊かな気分であること。快いこと』を、『教える』とは、『学問や技芸などをさとし知らせる。できるように導く』を、『喜び』とは、『よろこぶこと。また、その気持ち』(広辞苑参照)を、それぞれ意味する語であり、『習う楽しさ』とは、文字どおり、習うことの楽しさを、『教える喜び』とは、文字どおり、教えることの喜びを、それぞれ意味することは、一見して明らかである。そして、これらの意味を有する語句を簡潔に組み合わせた『習う楽しさ 教える喜び』の語句が本願商標の指定役務である技芸、スポーツまたは知識の教授に関して用いられた場合には、この語句に接した取引者・需要者は、それを妨げる何か特別な事情がない限り、この語句の有する上記の意味を想起したうえで、ごく自然に、『習う側が楽しく習うことができ、教える側が喜びをもって教えることができる』という、教育に関して提供される役務の理想、方針等を表示する宣伝文句ないしキャッチフレーズとして認識、理解することになるものというべきであり、このことは、実際の使用例の有無を検討するまでもなく明らかである。そして、本件全証拠を検討しても、上記認識、理解を妨げる特別の事情を見いだすことはできない。このようにみてくると、審決のなされた時点において、『習う楽しさ 教える喜び』の文字に接した取引者・需要者は、これを、各種学校等の教育に関する役務の理想、方針等を表示する宣伝文句ないしキャッチフレーズであると認識、理解するにとどまり、自他役務の識別標識とは認識しないものと認める以外にないものというべきである」

 さらに、同判決は、「原告は、本願商標である『習う楽しさ 教える喜び』の語句が教育の理想の姿を表すキャッチフレーズとして一般に使用されている事実は存在しないと主張する。確かに、原告による使用以外に、この語句がキャッチフレーズとして現に使用されていることを示す証拠はない。しかしながら、本件において問題となるのは、この語句に接した取引者・需要者が、これを自他役務の識別標識として認識するのか、それとも、これをキャッチフレーズとして理解するのかということである。このことは、この語句がキャッチフレーズとして現に一般に使用されているか否かのみによって決せられるものではない」として、キャッチフレーズとして現に一般的に使用されているかが問題なのではないとしています。

 さらに「新しいタイプの居酒屋」という語句も、「一般に居酒屋である『白木屋』や『笑笑』が、メニューやサービスの内容、店舗の内装等において、既存の居酒屋と異なる新しいタイプを採用しているという役務の特徴を表した宣伝文句と理解され、本願商標はいわばキャッチフレーズとしてのみ機能するといわざるを得ないのであるから、それ自体に独立して自他識別力があるということはできない」と判断され、商標登録は認められませんでした(知的財産高等裁判所判決・平成19年(07年)11月22日)

「社員と会社の100の約束」「すべてをグリーンに」は〇

 他方、「社員と会社の100の約束」「すべてをグリーンに」「きれいは、ひとりにひとつ。」「自転車のある暮らし」などという語句が商標として登録されています。

 これらの語句が商標として登録されたのに対して、「習う楽しさ 教える喜び」などが登録されなかった違いは明確ではありません。そこで、従来から、より客観性のある基準に基づいて審査における判断がなされるべきであると指摘されていました。

裁判で争った末の登録

 ちなみに、過去の審査においては、キャッチフレーズに該当すると認定がなされて拒絶となった商標が、拒絶査定不服審判で商標として登録が認められる事例が多く、商標登録出願者に余計な時間やコストがかかるとの問題も指摘されていました。

 著名な例としては、ダイハツ工業が登録している「Innovation for Tomorrow」という商標が、07年(平成19年)2月22日に出願されましたが、「本願商標は、『明日への革新』ほどの意味合いである『Innovation for Tomorrow』の欧文字を書してなるところ、全体的に記述的でキャッチフレーズとして理解されるものであり、『Innovation』や『Tomorrow』の語が本願指定商品を取り扱う業界において自社のスローガン等として使用されている実績があることよりすれば、単に企業姿勢・理念を表現した標語の一類型として理解・把握するにすぎず、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標と認める。したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第6号に該当する」とされ、当初、拒絶査定を受けています。

 その後、拒絶査定不服審判において、「本願商標は、『Innovation for Tomorrow』の文字からなるところ、『Innovation』の文字が『革新』等の意味を有する英語であり、また、『Tomorrow』の文字は『明日』等を意味するよく知られた英語であるから、本願商標全体から『明日への革新』ほどの意味合いを想起させる場合があるとしても、これよりは直ちに商品の具体的内容等を強調する標語、あるいは、企業のスローガンとしてのみ理解されるものとまではいい難い。

 また、当審において、職権をもって調査したが、本願指定商品を取り扱う業界において『Innovation for Tomorrow』の文字が、標語等として直ちに理解できる程度に、普通に使用されている事実は見出せなかった。なお、請求人(出願人)の提出に係る資料……よりすると、請求人(出願人)は、07年(平成19年)3月以降、指定商品についてテレビコマーシャルを中心に盛大に使用して、本願指定商品を取り扱う業界の取引者・需要者間において、本願商標が、請求人(出願人)の業務に係る商品を表示するものとして相当程度知られるに至っていることが認められるものである。そうすると、本願商標は、これをその指定商品に使用しても、自他商品の識別標識としての機能を果たし得るものというべきであるから、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標とはいえないものである。したがって、本願商標が商標法第3条第1項第6号に該当するとして本願を拒絶した原査定は、取消しを免れない」とされ、原査定が取消されて、出願後2年以上経過した09年(平成21年)5月1日になり、ようやく商標登録が認められたという経緯があります。

日本商標協会の提言

 15年(平成27年)2月に発表された「キャッチフレーズ等の識別力に関する調査研究報告書」によれば、商標出願審査において、標語・キャッチフレーズに該当するとして商標法第3条1項6号により拒絶査定を受けたもののうち、拒絶査定不服審判請求がなされた510件の結果を調べたところ、登録となった案件が319件、一方、拒絶となった案件は191件と、審判段階では商標として登録が認められる事例の方が多くなっています。

 こうした実情を受けて、日本商標協会は、13年(平成25年)11月、「商標審査基準改訂への提言-キャッチフレーズやスローガンの識別力について」で、次のような提言をしています。

 「近年、経営哲学や信条・理念などを簡潔に文章化した標章を、自己の業務に係る商品又は役務との関係で商標的に表示し、企業のブランド化を図る宣伝手法が行われている。よって、このような標章にも、商標権による保護を与えるべき必要性がある。ところが、商標審査基準[改訂第10版]……では、『標語(例えばキャッチフレーズ)は原則として本号(注・商標法3条1項6号)の規定に該当する』とされており、『標語』、『キャッチフレーズ』あるいは『スローガン』と理解できる標章は拒絶査定するのが原則となっているため、本件審査基準の適用を信じて登録出願を行わない者や、一旦出願したものの登録を断念してしまう者が多く、上記の必要性に応えられていない。その一方で、本件審査基準による拒絶査定を不服として審判を請求した場合には、標語であるとされた判断それ自体が覆っている例も多い。そして、このような結論の違いは、内外の出願人にとって、登録可能性の予見を困難ならしめる原因となっているばかりでなく、本件審査基準の適用範囲を一層不明確なものとしている。そもそも、登録主義を採用する我が国の商標法において、出願商標の使用形態を先取りし、『標語か否か』を視点とする判断を行うことは適切でない。それに、裁判例・審決例を仔細しさいに検討しても、如何いかなるものが標語という概念に当てはまり、拒絶されるべき標語と登録を許される標語の違いがどこにあるのかが明確になっているわけではなく、先例としての意義に欠ける。また、商標の中には、商品又は役務の性質・特徴を端的な言葉で抽象的・暗示的に表現して成るものがあるが、そのようなものであっても、何人かの業務に係る商品又は役務であるかを認識させ得ることは明らかであり、標語に該当することを以て、出願に係る商標の登録性を否定することには何ら合理性がない。以上述べたように、法3条1項6号該当性は、出願に係る商標が標語という概念に該当するかどうかではなく、『極めて冗長な言葉によって構成されているがゆえに自他商品役務の識別をすることができない商標』であるか否か、あるいは、『極めて散漫な構成であるが故に自他商品役務の識別をすることができない商標』であるか否かのような、客観性のある基準により判断するべきと考える」

特許庁の姿勢の転換

 こうした提言などを受け、特許庁において検討した結果、今年4月1日から適用される商標審査基準を改訂し、審査段階で認める類型を増やし、キャッチフレーズ等の標語を商標登録しやすいように改めたわけです。これにより、従来は約1年かかっていた商標登録までの期間も、約4か月程度に大幅に短縮されると見られています。

 具体的には、まず商標法3条1項6号に関して、従来規定されていた「標語(例えば、キャッチフレーズ)は、原則として、本号の規定に該当するものとする」との部分は削除されました。その上で、「指定商品しくは指定役務の宣伝広告、又は指定商品若しくは指定役務との直接的な関連性は弱いものの企業理念・経営方針等を表示する標章のみからなる商標」、つまり、キャッチフレーズ等の標語であっても、商標登録が認められないとするのではなく、以下のような条件を充足するのであれば、商標として認めるとしたのです。

商標として認められるための条件

(1)出願商標が、「その商品若しくは役務の宣伝広告又は企業理念・経営方針等を普通に用いられる方法で表示したものとしてのみ認識させる場合」には、商標として認められませんが、「その商品又は役務の宣伝広告又は企業理念・経営方針等としてのみならず、造語等としても認識できる場合」には、商標として認められます。

 ちなみに、上述の日本商標協会の提言でも、「出願に係る商標の構成自体により想起される意味合いが、多義的若しくは抽象的な場合、当該意味合いに独創性がある場合若しくは言語遊戯的な意味合い(言葉遊び)を含む場合又は出願に係る商標の構成に文体的な工夫がある場合など、造語であることが明らかな場合」には商標として認めるべきとされています。

(2)出願商標が、その商品若しくは役務の宣伝広告としてのみ認識されるか否かは、全体から生じる観念と指定商品又は指定役務との関連性、指定商品又は指定役務の取引の実情、商標の構成及び態様等を総合的に判断して勘案して判断することになります。

 (ア)商品又は役務の宣伝広告を表示したものとしてのみ認識させる事情の例

  ・指定商品又は指定役務の説明を表すこと

  ・指定商品又は指定役務の特性や優位性を表すこと

  ・指定商品又は指定役務の品質、特徴を簡潔に表すこと

  ・商品又は役務の宣伝広告に一般的に使用される語句からなること

 (ただし、指定商品又は指定役務の宣伝広告に実際に使用されている例があることは要しない)

 (イ)商品又は役務の宣伝広告以外を認識させる事情の例

  ・指定商品又は指定役務との関係で直接的、具体的な意味合いが認められないこと

  ・出願人が出願商標を一定期間自他商品・役務識別標識として使用しているのに対し、第三者が出願商標と同一又は類似の語句を宣伝広告として使用していないこと

(3)出願商標が、企業理念・経営方針等としてのみ認識されるか否かは、全体から生ずる観念、取引の実情、全体の構成及び態様等を総合的に勘案して判断することになります。

 (ア)企業理念・経営方針等としてのみ認識させる事情としての例

  ・企業の特性や優位性を記述すること

  ・企業理念・経営方針等を表す際に一般的に使用される語句で記述していること

 (イ)企業理念・経営方針等以外を認識させる事情の例

  ・出願人が出願商標を一定期間自他商品・役務識別標識として使用しているのに対し、第三者が出願商標と同一又は類似の語句を企業理念・経営方針等を表すものとして使用していないこと

キャッチフレーズの利用価値拡大

 今回の審査基準改訂により、商標出願審査段階で商標として登録が認められるキャッチフレーズなどの標語は増加すると考えられ、また、商標登録までの期間は短縮されることが期待されています。

 従来は、前述した「Innovation for Tomorrow」という商標のように、当初、拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判で争った末に、ようやく商標として登録が認められることが多く、出願者に余計な時間やコストを負担させてきました。そうした事情から、企業としても、キャッチフレーズの出願を控える傾向があったと言われています。

 今後は、企業における「タグライン」登録の要望が大きいこともあり、キャッチフレーズなどを積極的に出願し、企業イメージ浸透の道具として活用する企業が増えてくると思います。これまではキャッチフレーズなどを出願するのは大変という先入観で、何となく出願を敬遠してきた企業も、積極的な活用を検討してみられれば良いかと思います。

 

2016年04月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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