インターネットの検索結果は削除できる?

相談者 K.Eさん

 

 私は、現在、30歳。都内の電気機械メーカーの営業マンとして働いています。5年前に結婚して、昨年の4月に幼稚園に入園した長女と6月に生まれた長男と4人で平凡ですが幸せな生活を送っていました。ところが、つい先日のこと、私が帰宅すると、妻が神妙な顔をして聞いてきました。「あなた、昔、暴力事件を起こして逮捕されたって本当?」。突然だったので動揺してしまい、買ってきたケーキの箱を落としてしまいました。ダイニングに妻を連れていき、私は洗いざらい“過去”を話すことにしました。

 今から10年前、私はある地方の大学に通っていました。20歳の誕生日にサークルの先輩が「今日から酒が飲めるぞ」と、居酒屋に連れていってくれました。初めて座るカウンター席で私は舞い上がってしまい、先輩が止めるのも聞かず、ビール、日本酒、焼酎をどんどん飲んでしまいました。隣に座ったサラリーマンが偶然、同じ大学の出身で意気投合したところまではよかったのですが、ささいなことから口論になり、その人の顔面を殴ってしまいました。

 私が暴れるとすぐに店員が警察に通報。私は暴行の現行犯で逮捕されてしまいました。幸い、相手方にけがはなく示談が成立。起訴猶予処分で済んだため、前科はつきませんでした。

 ただ、近くに居合わせた地方紙の記者が騒ぎを聞きつけて現場にやってきました。私の通っていた大学がその地方では有名な大学であったこともあり、翌日の朝刊の社会面に「●●大生 20歳の誕生日に大暴れ 暴行で逮捕」という記事が実名入りで掲載されてしまったのです。

 妻に隠すつもりはなかったのですが、前科でもないので、あえて伝えていませんでした。また、就職する際には、正直に逮捕歴を申告しましたが、問題ないということで採用されましたし、その後もあえて人に言うことでもないので黙っていました。私の逮捕歴を知っているのは、大学時代の友人くらいだと思っていました。

 最初は驚いていた妻も、最後まで話をすると納得してくれました。

 でも、不思議だったのは、なぜ妻が私の逮捕歴を知ったのかということです。聞くと、近所のママ友がネットで私の名前を検索した時に、私の逮捕を報じる地方紙の記事が検索結果として表示され、「これ、お宅のご主人?」と聞かれたからだそうです。

 試しに私も検索エンジンに自分の名前を入力してみました。サジェスト機能というものがあるらしく、私の名前を入力するだけで、続いて検索が予想される言葉として「逮捕」、「暴行」等が自動的に別枠で表示され、検索結果にも地方新聞の記事が表示されていました。

 私に逮捕歴があることは事実ですが、もう10年も前のことですし、できれば知られたくない過去です。また、子供がいじめを受ける原因にならないかとも心配しています。

 ネット検索において、私の逮捕歴がでてくる記事が表示されないようにするとともに、私の名前で「逮捕」や「暴行」といった言葉が表示されるのをやめてもらうようにすることはできませんか(最近の事例をもとに創作したフィクションです)。

グーグルに初の検索結果削除命令

 2014年10月9日、東京地方裁判所が、インターネット検索最大手であるグーグルに対し、検索結果の一部を削除するよう命じる仮処分決定を下したことが「国内初の司法判断」として、メディアで大きく報じられたことを覚えている方も多いと思います。

 事案内容については非公表となっていますが、翌10日付の読売新聞によれば、グーグルで自分の名前を検索すると、犯罪行為にかかわっているかのような検索結果が表示されるのは人格権の侵害だとして、日本人の男性が、グーグルの米国本社に対して検索結果の削除を求めていた仮処分申請が認められたというものです。

 男性は、「過去の情報が表示され、生活を脅かされた」などと主張。グーグル側は「各ウェブサイトの管理者に削除を求めるべきで、検索サイト側に削除義務はない」と反論していました。これに対して、裁判所は、グーグルのサイトに表示される記述が「素行が著しく不適切な人物との印象を与える」と指摘した上で、「表題と記述の一部自体が、男性の人格権を侵害している」とし、検索エンジンを管理するグーグルに削除義務があると認定、男性側の請求を認め、237件のうち、122件を削除するよう命じる決定を行いました。

 過去、コンテンツ・プロバイダ(掲示板管理者、SNS事業者など)に対し削除命令が出た例は多くありますが、検索エンジンの運営企業そのものに対しての削除命令は出ていませんでした。これは、検索サービスがネット上に散在する数多あまたの情報を「機械的に」仕分けて、各サイトへ行きつくのを手伝うだけで、自ら主体的な「意思」をもって表示しているわけではないという考え方があったからだと思われます。

近時相次ぐ削除を命じる決定

 14年10月の東京地方裁判所の判断を契機とし、それ以降、検索エンジンに対して検索結果の削除を求めた仮処分申請で、裁判所が削除を命じる仮処分決定を出す例が相次いでいます。仮処分決定の内容は、判決などと異なり非開示のことが多く、判例データベースへの収録や、判例誌への掲載が通常は行われないことから、その内容については、報道に頼らざるを得ないのですが、新聞各社の報道によれば、次のような判断がなされています。

 (1)15年5月、グーグルの検索によって、不正な診療行為での逮捕歴が分かるとして、現役歯科医師が検索結果の削除を求めた仮処分申請に対し、東京地方裁判所は、表示を削除するようにグーグルに求める決定を出しました。

 その歯科医師は、5年以上前、資格のない者に一部の診療行為をさせた疑いで逮捕され罰金を命じられたのですが、その後、グーグルで名前を打ち込むと、逮捕を報じるニュース記事を転載したサイトが検索結果に現れたとのことです。

 (2)15年6月、グーグルの検索によって、児童ポルノ禁止法違反での逮捕歴が分かるとして、検索結果の削除を求めた仮処分申請に対し、さいたま地方裁判所は、表示を削除するようにグーグルに求める決定を出しました。

 この男性は、11年に、18歳未満の女子高校生に金を払ってわいせつな行為をしたとして児童ポルノ禁止法違反容疑で逮捕され、罰金50万円の略式命令を受けたのですが、その後、グーグルで自分の名前などを検索すると、逮捕時の記事が表示されるため「事件を反省して新生活を送っているのに、人格権(更生を妨げられない権利)が侵害されている」と主張していました。  

 グーグル側は、「表現の自由や利用者の知る権利を侵害する危険性がある。表示を削除してもリンク先のページはネット上に残ったままで、閲覧を完全に防ぐことはできない」と主張しましたが、裁判所は、「比較的軽微な犯罪で、歴史的・社会的意義もなく、ネットに表示し続ける公共性は低い」「逮捕歴を公表されないことが、社会の一員として復帰して平穏な生活を送り続けるために重要」「平穏な社会生活が阻害される恐れがある」などとして、検索結果に表示された49件を削除するように命じました。

 (3)15年11月、グーグルの検索によって、振り込め詐欺による逮捕歴が分かるとして、検索結果の削除を求めた仮処分申請に対し、東京地方裁判所は、表示を削除するようにグーグルに求める決定を出しました。

 男性は、振り込め詐欺に関わった疑いがあるとして逮捕され、その後、執行猶予付きの有罪判決を受けたのですが、その後10年前後が過ぎても、消費者問題をまとめたサイトなどに実名が載っており、グーグルで名前などを検索すると、逮捕歴が分かる表示が検索結果に表れたため、「犯罪歴の表示は更生を妨げ、人格権を侵害する」と主張していました。本件も上記2例と同様に逮捕歴の削除ですが、上記2例が罰金刑であるのに対して、こちらは執行猶予付きの懲役刑と重い内容であることから話題になりました。

 (4)15年12月、ヤフーの検索によって、犯罪に関わっているかのような結果が表示されるとして、検索結果の削除を求めた仮処分申請に対し、東京地方裁判所は、表示を削除するようにヤフーに求める決定を出しました。

 裁判所は、「過去についての記載は現在の地位を著しくゆがめている。公共性が高いとも言えない」と指摘し、削除を求めた47件のうち11件の削除を命じました。これは、国内でヤフーに削除を命じた初の決定とのことです。

 (5)15年12月、グーグルの検索によって、12年以上前の逮捕報道が表示されるとして、札幌在住の50代の男性が検索結果の削除を求めた仮処分申請に対し、札幌地方裁判所は、表示を削除するようにヤフーに求める決定を出しました。

 裁判所は、「逮捕されてから12年以上経過し、男性の犯罪歴をネット上で明らかにすることが公共の利益にかなうとは言えない」などと判断しています。

EUの「忘れられる権利」

 これらの判断に大きな影響を与えたと考えられるのが、EUの「忘れられる権利」を認める判決です。以下、その概要について、説明していきます。

 11年11月、フランスの女性が若い頃に撮影したヌード写真がネット上で拡散していたことから、グーグルに対して写真の消去を求める訴訟を起こし、勝訴しました。この判決を契機として、EUではインターネット上に掲載された個人情報の削除を求めることを権利として確立する動きが活発化します。そして、12年1月には、EUの欧州委員会がまとめた「一般データ保護規則案」の第17条で「忘れられる権利」として明文化されました。ちなみに、同規則案は14年3月に欧州議会で修正され、「忘れられる権利」という文言自体は条文から削られ、代わりに「消去権」という文言が用いられようになったようです(実質的な中身はさほど変わっていないとされています)。

 そして、同年5月13日、EU司法裁判所が、この権利を認める判決を初めて出したとして、一躍脚光を浴びました。この訴えを起こしたのは、社会保険料を滞納したため所有していた不動産が競売にかけられた、という内容の新聞記事がグーグルの検索結果に表示されていたスペイン人の男性です。既に10年以上経過しており、滞納金を支払って問題も解決済みであるにもかかわらず、今も表示されるのはプライバシーの侵害だとして、記事を掲載した新聞社と、グーグルの現地法人、米国のグーグル本社を提訴した結果、EU司法裁判所は、新聞社への請求は適法に公表されたものだとして認めませんでしたが、グーグル2社に対する請求は認め、情報やリンクの削除を命じました。

 このケースは、「忘れられる権利」を根拠付けるEUデータ保護指令の解釈をめぐり争われたものですが、主な争点となったのは、(1)検索エンジン事業者が管理者にあたるかどうか(2)検索エンジン事業者に責任があるかどうか、です。

 (1)について、管理者とは個人データの取り扱いの目的と手段を決定するものと定義付けられることから、裁判所は、検索エンジンが個人データを収集し、検索結果を表示しているとして、管理者にあたるとしました。(2)については、検索エンジン事業者は、一定の条件下で、個人名での検索で表示される結果からリンクを削除する義務があると指摘しました。また、当初は正当な検索処理でも、時間の経過とともにプライバシー保護に反することもあり得るなどと指摘しています。一方、判決の中では、「インターネットユーザーの正当な関心と個人情報保護との間で公正なバランスが取られるべきだ」と指摘し、「知る権利」にも配慮しています。

 判決後、グーグルは、欧州の利用者から検索結果に含まれる自分の情報へのリンクの削除要請をウェブサイト上で受け付けるサービスを始め、欧州全域から削除要請が殺到したと報道されています。

ヤフーに対する削除請求に関し、京都地方裁判所が出した判決

 ここまで述べてきたように、EU司法裁判所で「忘れられる権利」を認める判決が出て、日本でも近時削除を命じる仮処分決定が相次いでいるといっても、削除が必ず認められるわけではないことは言うまでもありません。

 たとえば、ヤフーのサイトで自分の名前を検索すると、過去の逮捕記事が出て名誉が傷つけられたとして、京都市の男性が検索結果の表示差し止めなどを求めた訴訟において、京都地方裁判所は、14年8月7日、男性の請求を棄却する判決を出しました。

 判決によると、男性は、12年12月、女性を盗撮したとして、京都府迷惑行為防止条例違反の疑いで逮捕され、13年4月に執行猶予付きの有罪判決を受けました。男性の逮捕時、報道機関が記事を掲載しており、そのサイトから記事が削除された後も、第三者が別のサイトに記事を転載していました。男性の名前を検索すると、逮捕の事実が記載されたサイトへのリンクや「スニペット」と呼ばれるサイトの記載内容を抜粋したものが表示されていたことから、名誉毀損きそんおよびプライバシーの侵害にあたるとして、男性がヤフーに対して損害賠償とリンク表示の差し止めを求めていました。

 男性は、「ヤフーが逮捕事実を摘示した」と主張したのに対し、ヤフーは、(1)検索サービスは、単なる情報へのアクセス手段としての機能にすぎず、意思が反映されているとはいえない(2)検索結果は、ウェブサイトの存在・所在(URL)を示すものにすぎない(3)逮捕事実が記載されているリンク先サイト(新聞記事等)に名誉毀損が成立しないのに、アクセス手段である検索サービスが違法となるのは常識に反する(4)逮捕事実の記載があるウェブサイトがインターネット上に存在するのは真実で、情報には公益目的があり、検索結果の表示に違法性はない、などと反論しました。

 京都地方裁判所は、(1)に関して、「検索サービスの仕組みは被告が構築したもので、検索結果の表示は被告の意思に基づくものというべきだ」としながらも、(2)に関してリンク部分は、リンク先を示しているだけで、スニペット部分も検索ワードを含む部分を自動的、機械的に抜粋しているもので、逮捕事実を摘示しているとは認められないと原告の主張を退けました。なお、(4)に関しては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的で行われ、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、違法性がなく不法行為は成立しないとする、最高裁判所が示した、従来の名誉毀損をめぐる基準を適用し、違法性はないと結論付けました。また、プライバシー権の侵害についても、摘示事実が社会の正当な関心事であり、摘示内容・方法が不当なものとはいえないとし、違法性はないとして、原告の請求を棄却しました。

上記裁判の控訴審判決(大阪高裁判決)

 15年2月18日、上記裁判の控訴審判決で、大阪高等裁判所は、第1審判決の結論を支持して、やはり男性の控訴を棄却しました。しかし、その内容は第1審とは異なり、名誉毀損やプライバシー侵害に当たるとしながら、違法性が否定されるという判断をしている点が注目されます。

 大阪高等裁判所は、判決の中で、ヤフーが「逮捕事実を摘示したとはいえない」としながらも、インターネット上で逮捕事実が記載された検索結果を表示することで、より広く一般の人々に閲覧させる機会を提供しており、それは男性の社会的評価を低下させる内容であることから、原則として男性の「名誉を毀損するものだ」と指摘しています。ただ、男性が逮捕されてから約2年しか経過していないことや、逮捕事実が盗撮という内容で、社会的関心が高いことや再発防止の観点から「公共の利害に関する事実に当たる」と指摘し、違法性について否定して名誉毀損とはならないとしています。また、プライバシー侵害という男性の主張についても、「スニペット部分の表示は、他人にみだりに知られたくない控訴人のプライバシーに属する情報」と認め、「執行猶予判決を受け、社会内で更生を試みている控訴人に一定程度の被害を被らせ得るもの」としました。ただ、逮捕から時間がたっていないこと、犯罪内容の社会的関心が高いこと、表示方法がことさら不当なものとは言えないことから違法性を否定しています。

 この判決では、「忘れられる権利」を認めたわけではありませんが、「実名を含む逮捕事実が表示されることによって被る控訴人の不利益」と、「公表する理由」について比較した上で判断している点がポイントとなっています。

削除の基準は明確でない

 ニュース記事などを転載する掲示板は無数にあるため、これまではインターネット上から逮捕事実などの情報を隠すためには、一つ一つの個別サイトの情報発信者を割り出して、その削除を請求しなければなりませんでした。しかし、検索エンジンの検索結果を削除できるようになれば、犯罪歴の載ったサイトに一般の人が容易にアクセスできないようにすることができ、現在における検索エンジンの持つ機能を考慮すれば、それは、個別サイトの情報を削除したのと同様の効果を生み出すと評価できます。

 前述の通り、近年、検索エンジンに対し検索結果の削除を命じる仮処分決定が相次いでいます。ただ、どんな場合に削除を命じる決定が出るのかといった、その基準はいまだに明確になっていません。昨年10月には、脱税で有罪判決を受けた会社社長が検索結果の削除を求めた仮処分申し立てでは、事件の公表に公益性があることを理由として退けられたとも報道されています。

 裁判所の判断には、事件からの経過年数、犯罪の内容、当事者の社会的地位などが影響すると考えられていますが、その基準が必ずしも明確ではないことが問題です。刑事事件の被告人になったり、刑事罰を受けたりといった事実が、その時点では公益性が高く公表されるべきであることはもちろんですが、相当の時間が経過してくると、社会の一員として復帰し平穏な生活を送ろうと思っている本人にとって重大な障害となることも事実です。

 また、この削除を巡る問題に関し、非公開が原則の仮処分決定が増えることへの懸念も指摘されています。検索結果は誰も知らないうち、社会的な検証を受けることもなく消えてしまい、インターネット利用者は、削除が妥当かどうかを確かめることもできません。上記のように、一定期間が過ぎれば、その人の更生の観点からも、削除は認めるべきでしょうが、公共性の高い内容や、社会の関心の度合いによっては、削除が慎重であることも求められるべきであり、そのあたりの判断は非常に微妙なものがあることに留意すべきです。

サジェスト削除請求事件

 検索エンジンでは、「サジェスト機能」といって、検索したいキーワードを入力すると、そのキーワードに関連の深い言葉を予測して表示する機能が提供されています。例えば、グーグルで「東京地方裁判所」と検索すると、「立川支部」、「裁判官」、「住所」「電話番号」などの関連する言葉が表示されます。

 より速く、より効率的に検索ができるという点で、大変便利な機能ですが、相談者のように表示してほしくない言葉が表示されることにより不利益を受ける場合もあり、表示の差し止めや損害賠償を求める訴訟も起きています。

 東京地方裁判所・2013年4月15日判決では、グーグルのサジェスト機能で身に覚えのない犯罪への関与を連想させる単語が表示されて名誉が毀損され、プライバシーが侵害されたとして、グーグル本社に表示の差し止めと慰謝料の支払いを求めた事案で、原告の主張を認め、グーグルに対し、表示の差し止めと30万円の慰謝料支払いを命じました。原告が、「就職活動中に突然採用を断られたり、内定を取り消されたりするなどした」と訴えたのに対して、グーグルは「機械的に抽出された単語を並べているだけで責任を負わない」と主張しましたが、東京地方裁判所は、判決の中で「違法な投稿記事を、簡単に閲覧しやすい状況を作り出したまま放置し、男性の社会的評価を低下させた」として、グーグルの主張を退けています。しかし、その控訴審判決(14年1月15日)では、東京高等裁判所が、単語だけで男性の名誉が毀損されたとはいえず、男性の被った不利益が表示停止による他の利用者の不利益を上回るとはいえないとして、第1審の判決を破棄し、原告の請求を棄却しています。

サジェストからの排除は難しい?

 サジェスト機能は、検索エンジン運営会社のサーバーに蓄積されたデータを機械的に分析した上で、ある特定の単語との組み合わせで検索される頻度が高い単語を自動的に表示する仕組みです。このため、検索エンジンの運営会社が、検索入力されたキーワードに犯罪歴などの否定的な単語をサジェスト機能で表示しても、運営会社そのものがキーワードに対して否定的な意思を表示したことにはならないとも考えられます。また、キーワードとサジェスト機能によって表示される言葉との関連性が、必ずしも明確ではないという指摘もあります。

 このようなことから、サジェスト機能によって表示される言葉が名誉毀損やプライバシー侵害に該当することは、例外的な場合に限られるのではないかとも考えられます。

 もちろん、サジェスト機能は、否定的な言葉が表示されることにより、検索エンジンの利用者が違法な表現が含まれるウェブページに到達することを容易にしてしまう側面があり、そのような状態が放置されることにより、特定の人が被る不利益が大きくなる場合には、救済する必要性が高いとも指摘されています。

 このサジェスト機能の問題についても、今後の裁判所の動向を注視していく必要があると思われます。

ヤフーの情報削除基準策定

 15年3月30日、ヤフーは、EU司法裁判所の判決などを受けて14年11月に設置した「検索結果とプライバシーに関する有識者会議」の検討結果を踏まえ、プライバシー侵害に当たるとして検索結果の削除要請を受けた際の対応方針を発表しました。

 ヤフーが発表した方針の概要は以下の通りです。

 1.プライバシー侵害の被害者から「検索結果で非表示にしてほしい」との申告を受けた場合、削除を要請した人のプライバシーの保護(公表されない利益)と情報を公表した人の表現の自由(公表する理由)のバランスを考慮し、削除するかどうかを判断する。判断は、被害を申告した人の属性や情報の性質、社会的関心度、掲載時からの時の経過について、個別の事例に応じる。たとえば、申告した人が未成年だったり、記載された内容に性的画像や病歴、犯罪被害、いじめなどプライバシー保護の要請が高いものが含まれていたりする場合は、プライバシーの保護を優先する。一方で、申告した人が公職者、著名人、企業の代表者などだった場合や、内容が前科や逮捕歴、懲戒処分の経歴など表現の自由の保護の要請が高い情報なら、表現の自由を優先する。

 2.検索結果のタイトルやスニペットの削除に対する判断は、明白な権利侵害が認められる場合は、権利侵害情報の記載部分のみを検索ワードを限定して非表示にする。明白な権利の侵害が認められるケースとは、たとえば、一般人の検索結果のスニペットに非公表の住所や電話番号、家族の情報、病歴、すでに長期間経過した過去の軽微な犯罪に関する情報などが表示されていた場合などが挙げられる。

 3.検索結果のリンク先ページに権利侵害が含まれる場合の判断は、原則として削除を命じる裁判所の判決や決定の提出を受けた際に、非表示措置を講じる。判決がない場合でも、リンク先ページが明白に権利侵害をしている場合や、非表示の緊急性、重大性があるとヤフーが判断した場合は削除する。緊急性、重大性があるケースとは、具体的には、特定の人に生命の危険を生じさせうる情報や、リベンジポルノなど第三者の閲覧を前提としていない私的な性的動画、画像が掲載されている場合が挙げられる。

 なお、ヤフーの基準は、「忘れられる権利」に関しては踏み込んでいません。有識者会議では、「忘れられる権利」についても議論がなされたとのことですが、「忘れられる権利」が何を指すかも必ずしも明確ではなく、EUとの法制度の違いもあり、今後も議論と検討が必要として判断を保留したとのことです。

インターネットの功罪

 ここまで述べてきたように、インターネットの普及によって、国民の表現の自由と知る権利は、質、量ともに大きく拡大しました。ニュースとして報道される内容はもちろんのこと、個人的な発言であっても、内容によっては大きな注目を集め、ブログやツイッターといった手段を通じて、飛躍的に拡散していくことは今や当たり前です。そのような中で、特に大きな役割を演じているのがグーグルやヤフーといった検索エンジンです。現在、ウェブ上での情報の発信と受領をマッチングさせるのに不可欠なインフラとして機能しており、そういった情報の中には、個人情報ではあっても非常に公益性が高いものも含まれています。

 他方、爆発的な速度で情報を拡散し、それを半永久的に記録し人々に情報を提供し続けるというインターネットの持つ性質が、検索エンジンの存在と相まって、深刻なプライバシー侵害を引き起こしたり、名誉を傷つけたりする事案も少なくありません。

 そのために、前述のように、インターネット上に掲載された個人情報の削除を求める「忘れられる権利」への関心が近年高まっているのです。

 2014年5月にEU司法裁判所が初めて「忘れられる権利」を認める判決を出したことから、日本国内でも、相談者が考えている、検索サイトへの削除請求を求める仮処分申請や、検索結果の表示差し止め、損害賠償を求める訴訟などが相次いでおり、各地で司法判断も出始めています。

 これまで、多くの司法判断では、問題のある情報を削除すべきなのはコンテンツ・プロバイダーの側であるとされてきましたが、近年、グーグルやヤフーといった検索エンジンの運営企業に対しても矛先が向かうようになり、インターネットにおける情報発信の問題は、新しいステージに今立っていると言えるわけです。

相談者の場合

 これまで見てきた通り、最近の裁判例やヤフーの削除基準などを踏まえると、相談者のケースでも、10年前の軽微な暴行罪での逮捕歴だけということや、一般的なサラリーマンであることなどから、検索エンジンの運営企業に対して削除を要請すれば、逮捕歴が分かるタイトルやスニペットなどについての削除が認められる可能性は十分あると思われます。

 ただ、事業者への要請だけではなかなか応じてもらえず、裁判所への申し立てなどが必要になる場合もあると考えられます。既に紹介してきた仮処分申請は、やや特殊な手続きであり、必要に応じて、弁護士に相談するべきかと思います。一方、これまでの裁判例から考えると、サジェスト機能で表示される内容を差し止めることや損害賠償請求などについては、よりハードルが高いと思われるので、慎重な対応が必要です。

 「忘れられる権利」については、欧州では数年前から関心が高まっているのに対して、日本では02年に施行された「プロバイダ責任制限法」に基づいてインターネットサービスのプロバイダがウェブサイトの削除要請に自主的に応じてきたため、問題が顕在化しにくく、あまり議論されてきませんでした。

 ただ、インターネット上で、機微な個人情報や誹謗ひぼう中傷が際限なく拡散される事例は後を絶ちません。そういった状況の中、「忘れられる権利」はインターネットの登場によって生まれた新しい人権問題として、今後議論を深めていく必要があると考えられます。

 ただ、その一方で、検索エンジンが「知る権利」に貢献している側面を尊重しなければならないのも事実です。安易な削除要請が認められてしまうようになると、政治家など公人の不祥事や、歴史的事実など公益性のある情報まで削除されてしまう懸念もあります。それは、「表現の自由」を制限することになり、検閲につながりかねないとの指摘もあります。

 今後は、一般のインターネット利用者にも実質的に公開された協議の中で、一定の明確な基準が確立していくことが望まれるところです。

 

2016年01月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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