自転車の危険運転で講習義務化
相談者 TOさん(52)
夕刻、スマートフォンのLINEの着信音が鳴った。見ると、社会人になったばかりの娘から。「後ろから自転車がぶつかってきてけがしちゃった」と書いてある。
慌てて、「大丈夫?」と返信。娘からは「かすり傷程度だから大丈夫。でも、腰も打っちゃって」という返事だった。念のため、病院で精密検査を受けさせたが、異常はなくてひと安心。でも、娘の話によると、ぶつかってきた自転車の男は「すいません」とだけ言い残して、走り去ってしまった。
私は専業主婦。こんなことがつい先日あって、新聞を読んでいたら、自転車に関する道路交通法が改正されたという記事が載っていました。重大な事故につながる危険行為を繰り返した自転車の運転者に対して、安全講習の受講を義務づけるようになったとか。
このコーナーの2013年10月23日の記事「子供の自転車事故で、親の賠償金9500万円!」で紹介されていたように、自転車は時に自動車と同じく凶器になり得るものです。死亡者や病院で寝たきりになってしまう人すら出ているにもかかわらず、猛スピードで歩道を走行する自転車や、あたかも歩行者がよけるのが当然というように、ベルを鳴らしながら歩道を走り抜けていく自転車もよく見ます。
ああいうマナーの悪い人たちの精神構造はどうなっているのか。娘のこともあって、もっと自転車に対する規制を強化してほしいと思っていただけに、今回の改正には大賛成です。そこで、今回の法改正の内容を詳しく説明してもらえますか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)
(回答)
自転車危険運転で講習
6月1日の新聞各紙を
最近、朝方や夕方に、スーツを着たサラリーマン風の人がヘルメットを着用し、車道を
警察庁交通局の調べでは、2014年に発生した交通事故のうち、自転車が関係する事故がいまだに約2割を占めているそうです。また自転車が関係する死亡事故も交通死亡事故全体の13.5%を占めています。
自転車乗用中の死傷者数は10万6,427人(うち死者数は535人)で、このうち法令違反がある人の割合は、自転車乗用中の死傷者全体の5分の3以上を占めているということです(「平成26年中の交通事故の発生状況」)。
6月1日の読売新聞にも「自転車 凶器になる」との大見出しが掲げられ、一歩間違えれば大事故につながりかねない自転車に対する対策が必要であることが指摘されています。
自転車事故で相次ぐ、多額の損害賠償を命じる判決
相談者が指摘している、本コーナー「子供の自転車事故で、親の賠償金9500万円!」(2013年10月23日)で取りあげた、神戸地方裁判所の判決(平成25年7月4日)のように、最近は、自転車事故でも、多額の損害賠償が命じられる例が少なくありません。
この事故は、事件当時11歳の男子小学生が自転車で走行中、歩道と車道の区別のない道路で歩行中の女性(当時62歳)と正面衝突した事案です。昨年1月にも、交差点の青色信号に従って横断歩道を横断中の女性(事件当時75歳)に、信号無視をして走行してきた自転車が衝突、女性が死亡した事件で、東京地方裁判所は自転車運転者に対し4,700万円余りの損害賠償を命じています(平成26年1月28日判決)。
改正道路交通法施行直後の6月10日にも、横断歩道を渡っていた77歳の女性が、イヤホンをつけながら自転車を運転していた19歳の少年にはねられて死亡したとのニュースが流れました。被害に遭った女性は、近所に住む娘さんを訪ねた帰りの横断歩道上で事故に遭遇したそうで、何とも痛ましい話です。自転車は赤信号を無視していたとの目撃情報も報じられており、なおさら事故の悪質性が浮かび上がります。
ちなみに、上記のような「自転車対歩行者」の事故ばかりではなく、「自転車同士」の事故も多発しています。例えば、男子高校生が昼間、自転車横断帯のかなり手前の歩道から車道を斜めに横断し、対向車線を自転車で直進してきた男性会社員(24歳)と衝突、男性会社員に重大な障害(言語機能の喪失等)が残ったという事案で、東京地方裁判所は9,200万円余りの損害賠償を認めています(平成20年6月5日判決)。
このような重大事故が発生した場合、自動車における自賠責保険のような強制加入保険がない自転車では、事実上賠償を受けられないことも想定され、一層大きな問題となっています。最近は、損害保険会社が自転車事故に絞った保険を相次いで投入したり、一部の自治体では、自転車の購入者に保険加入を事実上義務づける条例を制定したりもしているようですが、そのような試みは始まったばかりであり、十分に普及しているとは言い難い状況です。
現在では、たとえ自転車であっても悪質な違反を繰り返すような運転者は、略式起訴され罰金刑を科される状況となっています。上記のように民事上の責任が重くなるのに伴い、刑事上の責任においても自転車運転者に対する厳罰化の動きが今後ますます進んでいくと思われます。
自転車運転者講習制度の開始
以上のような状況の中で、6月1日から施行されたのが、自転車の運転による交通の危険を防止するための講習(自転車運転者講習)に関する規定が盛り込まれた改正道路交通法です。
公安委員会が行う講習として、改正道路交通法108条の2第1項14号で「自転車の運転による交通の危険を防止するための講習」が設けられました。また、同法108条の3の4では、その根拠が以下のように記されています。
「公安委員会は、自転車の運転に関しこの法律
危険行為
自転車運転者講習の受講命令の要件となる危険行為は、道路交通法施行令41条の3で、次の14類型が規定されています。
(1)信号無視
(2)通行禁止違反
(3)歩行者用道路における車両の義務違反(徐行違反)
(4)通行区分違反
(5)路側帯通行時の歩行者の通行妨害
(6)遮断踏切立入り
(7)交差点安全進行義務違反等
(8)交差点優先車妨害等
(9)環状交差点安全進行義務違反等
(10)指定場所一時不停止等
(11)歩道通行時の通行方法違反
(12)制動装置(ブレーキ)不良自転車運転
(13)酒酔い運転
(14)安全運転義務違反
それぞれの危険行為の詳細
自転車は道路交通法上「軽車両」に該当しますので、自転車のルールには、多くの方が教習所などで学ぶ「自動車」のルールと異なる特有のものがあります。内容を誤解されている方もいると思われますので、少し長くなりますが、危険行為とされている14類型を簡単に確認しておきたいと思います。
(1)信号無視(法7条)
自転車の場合、車道を通行するときには原則として、車両用信号機に従わなければなりません。一方、横断歩道上を横断しようとするときには、歩行者用信号機に従わなくてはなりません。ただし、車両用信号機や歩行者用信号機に「自転車専用」や「歩行者・自転車専用」の表示がある場合には、車道を通行するときであっても車両用信号機ではなく、この信号機に従わなくてはなりません。
(2)通行禁止違反(法8条第1項)
道路標識により自転車の通行を禁止されている道路は通行してはいけません。車両通行止め、車両通行禁止、歩行者専用等の標識がある場合には、自転車は通行することはできません。また、一方通行の標識にも従う必要があります。なお、このような標識があった場合でも、自転車は軽車両とされていますので、「軽車両を除く」等の補助標識がある場合には、自転車は通行禁止の対象から除外されることになります。
(3)歩行者用道路における車両の義務違反(徐行違反)(法9条)
道路標識などによって車両の通行が禁止されている歩行者用道路を、許可を受けて通行する場合や、自転車が通行禁止の対象から除外されている場合、「特に歩行者に注意して徐行しなければならない」とされています。
「徐行」とは、歩行者に危害を加えることを確実に防ぐために、「車両等が直ちに停止することができるような速度で進行すること」です。一般には、歩道における徐行スピードの目安は、時速4~5キロ程度とされているようです。つまり、相談者が指摘する事例、すなわち猛スピードで歩道を走行する自転車は、違法ということになるわけです。
(4)通行区分違反(法17条第1項、第4項又は第6項)
歩道と路側帯と車道の区別がある道路においては、自転車は車道を通行しなければなりませんし、道路の中央部分より左側を通行しなければなりません。また、安全地帯又は道路標識等により車両の通行の用に供しない部分であることが表示されているその他の道路の部分に入ってはなりません。
(5)路側帯通行時の歩行者の通行妨害(法17条の2第2項)
路側帯は次のように定義されています。「歩行者の通行の用に供し、又は車道の効用を保つため、歩道の設けられていない道路又は道路の歩道の設けられていない側の路端寄りに設けられた帯状の道路の部分で、道路標示によって区画されたもの」。つまり、車道の端に白線を引いて車道と区分している部分です。この路側帯を自転車も通行することができますが、歩行者がいる場合には、「歩行者の通行を妨げないような速度と方法で進行しなければならない」とされています。
(6)遮断踏切立入り(法33条第2項)
法文上、「踏切を通過しようとする場合において、踏切の遮断機が閉じようとし、若しくは閉じている間又は踏切の警報機が警報している間は、当該踏切に入ってはならない」とされています。遮断機が閉じている場合のみでなく、警報機が警報している間も踏切に入ることは禁止されているわけです。
(7)交差点安全進行義務違反等(法36条)
信号機のない交差点を直進する場合、原則として、左側から来る車両が優先されることとなりますので、左側から来る自動車や自転車の進行を妨害してはいけないことになります。
(8)交差点優先車妨害等(37条)
信号機のない交差点で右折する場合には、直進や左折する車両等の進行を妨害してはいけません。
(9)環状交差点安全進行義務違反等(法37条の2)
環状交差点とは、「車両の通行の用に供する部分が環状の交差点であって、道路標識等により車両が当該部分を右回りに通行すべきことが指定されているもの」をいいます。日本では、まだそれ程多くありませんが、信号のないロータリー状の交差点を通行する場合には、侵入の際に徐行しなければならず、通行する車両の進行を妨害してはならないとされています。
(10)指定場所一時不停止等(法43条)
一時停止の標識や道路標示のある場所では停止線の直前(停止線が設けられていない場合には交差点の直前)で一時停止をしなくてはなりません。
(11)歩道通行時の通行方法違反(法63条の4第2項)
自転車通行可能とされている歩道を自転車で通行する場合、歩道の中央から車道寄りの部分(道路標識等で通行すべき部分が指定されている場合はその部分)を徐行しなければいけません。歩行者の通行を妨げる場合には一時停止しなければなりません。ベルなどで歩行者を立ち止まらせたり、よけさせたりした場合には、通行を妨げたことになります。相談者が指摘した事例、すなわち、あたかも歩行者がよけるのが当然というようにベルを鳴らしながら歩道を走り抜けていく自転車は違法ということになります。
(12)制動装置(ブレーキ)不良自転車運転(法63条の9第1項)
法文上、「自転車の運転者は、内閣府令で定める基準に適合する制動装置を備えていないため交通の危険を生じさせるおそれがある自転車を運転してはならない」とされています。内閣府令である道路交通法施行規則9条の3第1号では「前車輪及び後車輪を制動すること」とされています、したがって、前後ともにブレーキがない場合だけでなく、どちらか片方だけブレーキがない場合も危険行為に該当します。
(13)酒酔い運転(法65条第1項・117条の2第1号)
法65条第1項で酒気を帯びて自転車を運転してはいけないとされていますが、危険行為に該当するのは、酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)にあった場合に限定されています。とはいえ、酒に酔っていなくても、酒を飲んで自転車を運転して良いわけでないことは言うまでもありません。
(14)安全運転義務違反(法70条)
法文上、「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」と規定しています。これは一般的な規定なので、状況に応じて該当するかが個別的に判断されることになると考えられます。この点は、次に解説します。
安全運転義務違反の具体例
上記の「安全運転義務違反」は一般的規定であり、何が該当するかは、条文だけからは明確ではありません。
まず、片手で携帯電話を使用しながら自転車を運転することや傘を片手で差しながら自転車を運転した場合も、危険行為に該当する可能性はあると考えられます。「ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作」することができないこともあるからです。
ヘッドホンやイヤホンで、大音量の音楽を聴きながら自転車を運転した場合も、周囲の音が遮断されて、「道路、交通及び当該車両等の状況に応じ」ることができない場合があるので、やはり危険行為に該当する可能性はあると考えられます。
では、イヤホンで音楽を聴いていても片耳だけの場合や小さい音で聴いていた場合はどうでしょうか。これは運用の問題だと思われますので、自治体によって異なるかもしれません。
例えば、神奈川県警のHPのQ&Aでは、「運転中に片耳のイヤホンで音楽やラジオを聴くのも違反ですか? また、両耳のイヤホンやヘッドホンでも、小さい音で聞くのはいいのですか?」という質問に対し、「片耳でのイヤホンの使用は、それだけでは違反となりません。イヤホンやヘッドホンの使用形態や音の大小に関係なく、安全な運転に必要な音又は声が聞こえない状態であれば、違反となります。」とされています。
これは道路交通法70条の定める趣旨である「安全運転」を阻害するかどうかの問題であり、上記のように異なる運用をするところもあるかもしれません。ただ、いずれにしても、どの程度の音量で聴いているのかは見ただけではわからないので、イヤホンを使用しながら自転車を運転していた場合、警察官から注意を受ける可能性は高いと思われます。
自転車運転者講習の受講命令
改正道路交通法108条の3の4は、自転車の運転に関して、危険行為を反復していた者が、更に自転車を運転して交通の危険を生じさせるおそれがあると認めるときに、公安委員会が自転車運転者講習の受講を命じることができるとしています。
具体的には、14歳以上の自転車運転者が、対象となる危険行為によって、3年以内に2回以上、違反切符による取り締まりまたは交通事故を繰り返した場合に、自転車運転者講習の受講が義務付けられることになるとされています。
改正道路交通法が施行されたことに伴い、6月1日には各地で自転車の違反行為の取り締まりが実施されたと報道されました。大阪府警は同日、大阪市の交差点で自転車運転者に対する取り締まりを実施し、84人を指導、警告書を交付しました(内訳は、イヤホン使用48件、傘差し運転24件、信号無視5件、車道の右側通行3件)。ただし、交通違反切符を交付したケースはなかったということです。
交通違反切符と警告カードの違い
この点、誤解されている方もいると思いますが、指導、警告書を交付されただけでは、自転車運転者講習の対象となる危険行為を行ったことにはなりません。
危険行為をした自転車運転者は、警察官から指導・警告を受けることになり、その際、「自転車指導警告カード」というものが交付されます。そして、指導・警告に従わない場合には、交通違反切符が交付されることになります。なお、悪質で危険度が高い場合には、指導・警告を経ることなく、警察官が発見してすぐに交通違反切符を交付する場合もあります。この交通違反切符が交付された場合に、自転車運転者講習の対象となる危険行為を行ったものとしてカウントされることになるのです。
注意すべきは、ここで言う交通違反切符とは、いわゆる「赤切符」というものです。自動車免許をお持ちの方ならお分かりと思いますが、自動車において交通違反をした場合、交通反則通告制度によって、軽微な違反であれば、いわゆる「青切符」という交通反則告知書が渡され、反則金納付や減点、免許停止等の行政処分で済みます。「赤切符」は重度な交通違反をした場合に限られるわけです。
しかし、自転車の場合には免許制度がありませんので、交通反則通告制度の対象外となり、「青切符」が切られることはなく、いきなり「赤切符」が切られることになります。神奈川県警のHPにも「自転車の違反行為については、反則行為に該当しないことから、交通切符(通称赤切符)で手続することになり、成人は区検察庁に、少年は家庭裁判所に送致されることになります。」と記載されています。
つまり、「赤切符」が切られた場合には刑事処分の対象となるわけです。起訴猶予となる場合もあり得ますが、多くのケースで罰金刑が言い渡されることになります。そして、罰金刑が言い渡された場合、「青切符」の反則金納付とは異なり、前科がつくことになってしまうわけです。この点は、十分認識しておくことが重要だと思います。
ちなみに、危険行為をした自転車運転者が、警察官から指導・警告を受けた際に交付される「自転車指導警告カード」は、「赤切符」でなく、また「青切符」でもありません。今回の自転車運転者講習の導入に際し、自転車の場合にも、自動車と同じような青切符制度が導入されると勘違いしている人もいるようですが、そのような事実はありません。
「自転車指導警告カード」の交付を受けただけの場合には、指導・警告を受けただけであり、自転車運転者講習の対象の違反行為の回数には含まれず、また、青切符や赤切符を受けたことにもなりません。
自動車の場合には、ある程度重い違反行為(例えば、一般道で時速30キロ以上、高速道路で同40キロ以上のスピード違反や、無免許運転など)をしない限り、いきなり赤切符を切られるようなことには通常なりませんが、自転車の場合、理屈上は違反行為の軽重にかかわらず、赤切符が切られることになります。つまり、運用の仕方次第ではありますが、自動車と比べて、自転車の方が結果的に厳しい処分となる可能性もあるわけです。
自転車運転者講習
公安委員会から自転車運転者講習の受講を命じられた者は、指定された期日内に、講習受講料(5,700円程度)を支払って、3時間の講習を受けなければなりません。講習の内容は、テキストや視聴覚教材などを利用して、交通ルールに関する小テスト、自転車の通行方法に関わる基本的ルールの再確認、ディスカッションなどを行うこととなるようです。
なお、受講命令に従わず自転車運転者講習を受講しない者に対しては、5万円以下の罰金が科せられることになっています。
自転車が関係する事故の多くは、自転車運転者の方にルール違反があることが多く、自転車の交通事故を防止するには、自転車運転者の方に交通ルールを順守してもらう必要があります。そこで、危険行為を繰り返した自転車運転者に対し、将来危険な運転を繰り返さないように、ルール順守の必要性や自らの運転行動を気付かせることを目的とした講習を命じる仕組みとして自転車運転者講習制度が導入されたのです。
前述した14類型の「危険行為」に該当する違反に対する罰則自体は、今回、新たに設けられたものではなく、罰則が厳しくなったわけでもありません。しかし、自転車運転者講習制度の導入を契機として、今後、一層取り締まりが強化される可能性があると思われます。自転車を運転する方は、危険行為に該当する行為によって赤切符を切られた場合、前科がつく可能性があるということを十分に認識して、これを機に安全な自転車運転を一層心がけていただきたいと思います。