定年後も働くことができる「雇用延長」って何?
相談者 A.Kさん
私はイベント企画企業で働く会社員。今年で53歳になります。
最近は早期退職して趣味を中心にした生活を楽しむのがブームとなっているようですが、私は特に趣味もなく、むしろ働くのが生き
「あなたにとって仕事は唯一の趣味ね」と、妻にからかわれます。自慢話ととられると心外なのですが、世界中が注目するサッカーや野球などの国際大会をこれまで数多く日本に誘致してきました。このほか、ビッグネームのミュージシャンの日本公演も数々実現させ、そのほとんどを成功裏に終えることができました。中には「日本公演は絶対無理だ」とうわさされていた気むずかしいバンドをくどき落とし、ファンの人たちから喝采を浴びたこともあります。
自分が「これぞ!」と思って手がけた「商品」を顧客のみなさんに楽しんでいただき、それで感謝されるという快感。これは何ものにも代え難いものなんです。おかげさまで、これまでの実績を評価され、社内では歴代最年少でイベント本部長にも抜てきされました。
幸いにして、実家の親もまだまだ元気で、当面は介護の心配もなさそうです。子どもたちもまもなく大学卒業で、こちらも心配はまったくしていません。
そんな私にとって、今、最大の関心事は定年の問題です。実はなんとしても実現させたいマル秘プロジェクトがあるのです。契約締結に成功した暁には、毎年日本で開催できる権利が大会委員会により保証されます。もちろん、巨額のお金が動きます。まだまだ定年までには時間がありますが、そのすべてを自ら手がけたいのです。
しばらく前、何かの雑誌で定年延長に関する法律が成立したという記事を読みましたが、この種の制度は例外もたくさんあって、けっこう複雑のようです。なかなか全貌がつかめません。定年に関しては現在、どのような制度になっているのでしょうか。その辺、ぜひ詳しく教えてもらえませんか。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)
(回答)
定年制とは
定年制とは、労働者があらかじめ定められた一定の年齢に達したことを理由にして労働契約を終了させる制度です。定年に達したことで労働契約が終了するものを「定年退職」といいます。
定年制については法律の規定がある訳ではありませんが、企業の多くが導入しています。厚生労働省の「平成25年就労条件総合調査結果の概況」によれば、定年制を定めている企業割合は93.3%とのことです。こうした高い採用率は、我が国の長期雇用制度においては、一定時点で雇用関係を終了させる必要が生じるためと言えるでしょう。
民間会社では、従来55歳定年が主流でしたが、1970年代より高年齢者の雇用確保の観点から60歳定年制を採用する企業が増加し、これが主流になっていきました。背景には、政府による60歳定年制への誘導もありました。
こうした流れを受け、1986年には「中高年齢者雇用促進特別措置法」を改正するかたちで制定された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)により、60歳定年制が企業の努力義務として初めて規定されました。その後、1994年には高年齢者雇用安定法が改正され、60歳を下回る定年は禁止されるに至りました。具体的には同法第8条は「事業主がその雇用する労働者の定年の定めをする場合には、当該定年は、60歳を下回ることができない。」と規定しています。
定年延長に関する法令
相談者が指摘する「定年延長に関する法律が成立した」というのは、2012年8月の「高年齢者雇用安定法」改正のことと思います。少子高齢化が急速に進展し、若者や女性、高齢者、障がい者など、働くことができる人すべての就労促進を図ることで、全員参加型で社会を支えることが求められています。その一環として、高年齢者の雇用確保措置を充実させるため、継続雇用制度の対象となる高年齢者について事業主が定める基準に関する規定を削除するなど、同法が2012年8月に改正され、2013年4月1日から施行されたのです。
今回の改正で定年年齢を65歳まで引き上げなければならなくなる?
同法の施行当時、「定年延長」というような言葉が一人歩きしたこともあり、誤解をされている方も多いようですが、法改正によって、定年年齢を65歳まで引き上げなければならなくなった(定年引き上げの義務化)というわけではありません。
この法律はもともと、2004年改正において65歳未満の定年を定めている事業主に対しては、65歳までの雇用を確保するため、高年齢者雇用確保措置を導入する義務(法第9条)として、
<1>定年の引き上げ(世間でイメージする、いわゆる定年延長です)
<2>継続雇用制度の導入(労使協定により基準を定めた場合は希望者全員を対象としない制度も可能)
<3>定年の定めの廃止
――のいずれかの措置を取ることを「努力義務」としていました。
2012年の法改正では、いずれかの措置を取る「努力義務」を明確に企業の「義務」としたもので、定年引き上げのみを義務化したものではありません。
また、多くの会社は、定年の引き上げや、定年の定めの廃止といった選択ではなく、継続雇用制度の導入を選択しているのが実情であり、
継続雇用制度とは
では、上記法改正によって、多くの会社が選択している継続雇用制度とは、どのようなものでしょうか。
簡単に言えば、継続雇用制度とは、雇用している高年齢者を、本人の希望によって、定年後も引き続き雇用する制度です。これだけ読むと、定年の引き上げと同じじゃないかと思われる方もいると思いますが、この場合、定年の引き上げと異なり、後述のように、正社員のままで雇用する必要はなく、多くの場合、嘱託社員やパートタイマーのかたちで雇用することになるところが大きな違いです。
この制度には、定年で退職とせずに引き続き雇用する制度である「勤務延長制度」、定年でいったん退職して新たに雇用契約を締結する制度である「再雇用制度」のようなものが一般的に挙げられます。
従来は継続雇用制度の導入に関し、労使間協定によって一定の基準を定めて希望者全員を継続雇用の対象とはしないことを定めた場合には,継続雇用の希望者全員を継続雇用対象としなくて良いとすることが許されていました。ところが、今回の改正で、この制度は廃止されましたので、今後は希望者全員が継続雇用制度の対象となることになっています(継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止)。
もっとも、今回の改正前に、労使協定によって継続雇用制度の対象者を限定していた事業主については、12年間(2025年まで)の経過措置が認められています(2013年3月31日までに、労使協定で65歳までの継続雇用制度の対象者の基準を定めている場合に限られます)。
この経過措置の具体的内容は複雑ですが、簡単に言えば、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢以上の者については、継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めても良いとするものです(詳細は厚生労働省のホームページなどを参照してください)。改正法が施行された2013年4月1日から2016年3月31日までの3年間は、継続雇用制度の対象者の年齢を61歳とすることができます。2016年4月1日から2019年3月31日までは62歳、2019年4月1日から2022年3月31日までは63歳、2022年4月1日から2025年3月31日までは64歳としても良いことになります。
継続雇用制度で対象者を限定する場合
経過措置の期間は、労使協定で対象者を限定する基準を設けることが認められますが、その対象者を限定する基準の内容はまったく自由で良いというものではありません。事業主が
具体的には、「会社が必要と認める者」「上司の推薦がある者」というような基準は、基準がないことに等しく、これだけでは高年齢者雇用安定法の趣旨に反するおそれがあるとされています。また、「男性(女性)に限る」という基準は男女差別に該当するおそれがあり、「組合活動に従事していない人」という基準は不当労働行為に該当するおそれがあるとされています(厚生労働省が公表している「高年齢者雇用安定法に関するQ&A」の4-1,4-2を参照)。
同様の観点から、「過去○年間の人事考課がA以上である者であって、かつ、会社が必要と認める者」というような複数の基準を組み合わせる場合であっても、「過去○年間の人事考課がA以上である者」という要件を満たしていても、さらに「会社が必要と認める者」という要件も満たす必要があり、結果的に、事業主が恣意的に継続雇用を排除することも可能となるため、このような基準の組み合わせは、高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみて、適当ではないと考えられます。これに対し、「過去○年間の人事考課がA以上である者、または、会社が必要と認める者」という内容を基準とした場合については、少なくとも「過去○年間の人事考課がA以上である者」は対象となり、その他に「会社が必要と認める者」も対象となると考えられるため、高年齢者雇用安定法違反とまではいえないとされます(前記「Q&A」の4-3)。「または」という文言を使うか、「かつ」という文言を使うかで、法律違反となるかどうかが違ってくるので、十分な注意が必要なわけです。
さらにいえば、「協調性のある者」や「勤務態度が良好な者」という基準も、会社の恣意的な判断になりそうですが、前記「Q&A」では、「高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみれば、より具体的かつ客観的な基準が定められることが望ましいと考えられますが、労使間で十分協議の上定められたものであれば、高年齢者雇用安定法違反とまではいえません」とされています(Q4-4)。
ともあれ、経過措置期間といっても、基準については具体的・客観的であって、法の趣旨や公序良俗に反しないようなものでなければならないのであり、その判断が微妙なものであるという点は留意が必要でしょう。
希望者全員を継続雇用しなければならない?
今回の改正で継続雇用制度における例外措置が廃止され、希望者全員を継続雇用制度の対象者としなければならなくなりました。しかし、それはあくまでも継続雇用制度の対象としなければならないというだけで、希望者全員を必ず継続雇用しなければならないというわけではありません。
前記「Q&A」では、心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないことなど、就業規則に定める解雇・退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができるとされています。つまり、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられるとされています(Q1-1)。
従来と同じ労働条件でなくてはならない?
継続雇用制度の労働条件に関しては、高年齢者の安定した雇用を確保するという高年齢者雇用安定法の趣旨を踏まえ、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内であれば、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関して、事業主と定年退職者との間で決めることができるとされています。これにより、定年退職者と労働条件の折り合いがつかない場合に、事業主が継続雇用をしないことは許されます。
前記Q&Aも「高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものではありません」としています(Q1-9)。つまり、継続雇用制度を導入することになっても、事業主には定年退職者を従来とまったく同じ労働条件で継続雇用することが義務付けられたわけではないのです。
今回の法改正前の資料になりますが、東京都産業労働局による中小企業等の労働条件の調査では、再雇用者の賃金水準については定年時を10割とした場合、5-6割未満が23.3%、6-7割未満が22.6%、7-8割未満が15.3%と相当程度の賃金の減額が報告されています(「平成24年度中小企業等労働条件実態調査高年齢者の継続雇用に関する実態調査」第2事業所調査の集計結果、13「継続雇用者の賃金水準(所定時間内賃金)」参照)。
さらに、定年退職者を継続雇用するにあたっては、嘱託やパートとして1年ごとに雇用契約を更新する形態をとることも許されます。ただし、この場合、高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみれば、年齢のみを理由として65歳前に雇用を終了させるような制度は適当ではないと考えられています。
<1>65歳を下回る上限年齢が設定されていないこと
<2>65歳までは原則として契約が更新されること(ただし、能力など年齢以外を理由として契約を更新しないことは認められます)が必要であるとされています(前記「Q&A」1-4)。
企業が雇用確保措置を取らない場合はどうなる?
以上、雇用確保措置として多くの会社で導入されている、継続雇用制度について説明してきました。
では、法改正によって義務化された、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入、定年制の廃止といった高年齢者雇用確保措置が講じる義務につき、事業主が何ら対応しなかった場合にはどうなるのでしょうか。
この点、2004年の改正法により、高年齢者雇用確保措置を取らない事業主に対しては、厚生労働大臣は必要な指導及び助言(第10条1項)、助言・指導に従わない場合には勧告(第10条2項)ができるとされていました。今回の改正は、これに加えて、事業主が助言・指導や勧告にも従わなかった場合には、厚生労働大臣がその旨を公表できることになっています(第10条3項)。
具体的には、高年齢者雇用確保措置の未実施の状況などにかんがみ、必要に応じ企業名の公表を行い、各種法令等に基づき、ハローワークでの求人の不受理・紹介保留、助成金の不支給等の措置を講じることになるとされています(前記「Q&A」1-8)。事業主としても、企業名を公表されることによる影響は大きいものがあると思われますので、実際には助言、指導や勧告にも従わない事業主は少数にとどまると思われます。
それでも、事業主が何ら雇用確保措置を取らない場合、退職労働者の立場はどのようなものになるのでしょうか、何か高齢者雇用安定法に基づいた救済方法があるのでしょうか?
裁判例(高松高等裁判所・平成22年3月12日判決)は、高齢者雇用安定法に定める措置を講じないで定年退職(60歳)させた場合につき、高齢者雇用安定法は公法(行政法)上の義務を定めたものであるとして、損害賠償請求を否定しています。つまり、高年齢者雇用安定法は公法であり、国家が制度の導入を事業主に対し義務付ける制度ですので、個別の労働者と事業主との間の労働契約(私法)に対し、直接の効力を及ぼすものではないということです。この点については今後の課題になると考えられます。
有期契約労働者である場合
高年齢者雇用確保措置は、主として、いわゆる正社員に対する継続雇用制度などの導入を求めています。このため、有期労働契約のように、年齢とは関係なく一定の期間の経過により契約終了となる者は、そのまま契約終了となると考えられます。
ただし、有期契約労働者に関して就業規則などに一定の年齢に達した日以後は契約の更新をしない旨の定めをしている場合、有期労働契約であっても反復継続して契約を更新することが前提となっていることが多いと考えられ、この場合、期間の定めのない雇用とみなされることがあります。これにより、定年の定めをしているものと解されることがあり、その場合には、65歳を下回る年齢に達した日以後は契約しない旨の定めは、高年齢者雇用安定法第9条違反であると解されます。
したがって、有期契約労働者に対する雇い止め(有期労働契約の更新をしないこと)の年齢についても、高年齢者雇用安定法第9条の趣旨を踏まえ、段階的に引き上げていくことなど、高年齢者雇用確保措置を講じていくことが望ましいと考えられます(前記「Q&A」1-11)。
雇用確保措置の設計は企業によって様々
法改正に際して公表された指針(「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」平成24年11月9日厚生労働省告示第560号)では、高年齢者雇用確保措置に関し、企業が賃金・人事処遇制度を見直す場合に、高年齢者雇用確保措置を適切かつ有効に実施し、高年齢者の意欲・及び能力に応じた雇用の確保を図るための留意事項を挙げています。今回の改正によって、この指針の趣旨に沿った条件で、65歳までは勤務できる制度が整ったことになります。
そして、雇用確保措置の具体的な制度には、定年年齢の引き上げや、定年制の廃止もありますが、前述のように、企業の実態としては大半が雇用継続制度を導入しているようです。たとえば、帝国データバンクの「2013年度の雇用動向に関する企業の意識調査」によると、継続雇用制度を導入・採用する企業は69.8%となっています。それゆえ、雇用継続制度の内容、特にその典型とされている再雇用制度の内容については、定年前から軽視できないものとなってくると思われます。
特に、一般的に再雇用制度の場合、労働日数や時間などの選択肢は広がる反面、賃金や福利厚生は低下すると考えられます。再雇用制度により、定年後の賃金は約5割減などといった企業も珍しくはないようです。
2013年に読売新聞社と帝国データバンクが全国約2万3000社を対象に共同実施したアンケートによると、賃金水準については定年時の60%台というものが21.6%と最多ですが、60%台以下を合計すると35.5%というものでした(読売新聞・同年4月23日付記事)。
もっとも、少子高齢化社会における今回の改正の趣旨も踏まえ、企業側でも高年齢者の雇用について、より良い制度や条件を検討しているところもあるようです。
たとえば、改正法施行前は60歳の定年後に1年ごとの更新で最長5年間、嘱託社員として再雇用していたが、改正法施行日からは施行前の60歳の定年を65歳とする「65歳定年制」を導入し、定年の延長に取り組むこととした企業があります。また、改正法施行前は60歳が定年で、定年後は希望者を最長5年間、嘱託社員として再雇用していたが、施行日から65歳定年制度を導入する方針を発表し、現在の再雇用制度よりも待遇を改善して技能や経験が豊かなベテラン社員の労働意欲を高める制度を検討した企業もあります。
さらに、改正法施行日から定年を60歳から65歳に延長する「65歳定年制」を導入する一方で、60歳で一度辞めて65歳まで1年更新で再雇用する制度も残し、60歳時点で社員が再雇用か定年延長かどちらかを選べる仕組みにした企業もあります。あるいは、社員を65歳まで継続雇用するために現役世代の人件費上昇を抑制する賃金制度を導入し、40~50歳代を中心に平均賃金カーブの上昇を抑えて60歳から65歳の賃金原資を確保する制度を検討する企業などもあるようです。
これまで述べてきたように、企業によって、雇用確保措置制度をどのように設計するかは異なっています。相談者としては、まずは、勤務先における制度設計を確認し、その制度の中で、自分の目的を達成できるかを具体的に検討してみるべきかと思います。その上で、自分の思い描いている定年後と、勤務先の制度設計が