逮捕歴や懲戒処分歴、履歴書に書かないと経歴詐称?

相談者 K.Sさん

 私は30代男性。現在職探し中です。アベノミクスのおかげで求人は増えているものの、年齢的には転職のリミットなので毎日、必死になって求人情報を見ています。

 私がなぜ求職中かというと、以前在籍していた会社で上司とトラブルになり、会社を辞めたからです。

 バブル期入社のその上司は非常に問題の多い人でした。部下には平気であたり散らすので職場の雰囲気は最悪。少し前まではセクハラやパワハラ、マタハラにあたるようなことも平気でやっていました。ただ、部下の手柄は自分の手柄であるかのように吹聴するので、上層部の受けは良いようです。まさに嫌われる上司の典型で、私はなるべくかかわらないようにしていました。

 ところがある日、親しくしている同僚が部屋中に響き渡るような声で延々と説教をされているのを見てついに我慢ができなくなりました。上司の怒りは、上半期の営業成績が目標に達しなかったことが原因ですが、消費税アップの反動が続いているので仕方のない面があります。私は「彼一人の責任にするのはおかしい。あなたにも責任があるんじゃないか」と言ったところ、上司は「何だと」と言って机にあった分厚いバインダーファイルを持ち、私の方ににじり寄ってきました。このままでは殴られると思った私がバインダーを手で払いのけようとしたところ、上司は足を滑らせて転倒、後ろに倒れた時にテーブルに頭をぶつけて、けがをしてしまいました。上司の通報で警察が乗り込んできて、私はいったん逮捕されましたが、警察できちんと事情を説明しましたし、近くにいた同僚も聴取に対して状況をありのままに説明した結果、「あとはお互いに話し合って解決して下さい」と言われて釈放されました。

 私は、とりあえず謝罪して帰宅したのですが、翌日出社してみると、私が一方的に上司に殴りかかって警察に逮捕されたということになっていました。結局、懲戒委員会が開かれ、会社から正式に降格処分が言い渡されました。事情を知る同僚らは裁判で争った方がいいと勧めてくれましたが、むなしい争いなど続けても仕方ないですし、仮に裁判に勝ってもその上司がいなくなるわけではありません。そこで、特に争わずにその処分を受け入れ、自主退職した次第です。

 今悩んでいるのが、入社を志望する会社に提出する履歴書にどこまで記載しなければならないかということです。逮捕歴や懲戒処分歴を書くと面接までいけず、書類で落とされてしまうかもしれません。でも妻からは「書かないと経歴詐称になるって聞いたわよ」なんていわれています。妻にはこれ以上迷惑をかけたくありません。専門家のアドバイスをお願いします。(最近の例をもとに創作したフィクションです)

(回答)

経歴詐称とは

 多くの企業には、採用時に学歴・職歴や犯罪歴などを秘匿したり、虚偽の申告をしたりすること、いわゆる「経歴詐称」を懲戒事由としている就業規則があります。これには、履歴書に虚偽の記載をした場合だけでなく、採用面接時に質問されたことに対して虚偽の回答をしたような場合も含まれます。

 東京高等裁判所・平成3年2月20日判決は、「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等、企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負うというべきである」と判示して、真実告知義務を認めています。

 そして、経歴詐称については、一般的に、当事者間の信頼関係を破壊したり、労働力の評価を誤らせて人員の配置・昇進などに関する秩序を乱したりするものとして、懲戒解雇事由に該当すると考えられています。

懲戒事由としての経歴詐称の合理性

 東京地方裁判所・昭和55年2月15日判決では、「被申請人(注:企業)の就業規則が本件のごとき経歴詐称に対して懲戒事由をもって臨んでいることの合理性について考えるに、企業は、法律に抵触しない以上、その雇用する労働者の採用条件を自由に定め得るのであり、企業における雇用関係は、単なる労働力の給付関係にとどまるものではなく、労働力給付を中核とした継続的人間関係であることに顧みると、企業は、労働者と雇用関係を結ぶに当たって、労働力の評価に関する事項、例えば、学歴、技能等のみならず労働者の企業への適応性に関連する事項、例えば、性格、職歴等の事項をも調査し、もしくは、これらの事項についての申告を労働者に対して求め得ることは当然というべく、労働者としても、右の如き申告を求められた場合は、真実の申告をなすべき信義則上の義務があるといわねばならない。労働者が、右義務に違反して企業に入った場合、企業はこれによって、労働者の適正な配置を誤らされ、企業秩序に混乱を生じ、使用者との信頼関係が破壊されるに至ることは当然に予測され得ることであるから、被申請人がその就業規則において、経歴詐称によって雇用された場合は懲戒事由に該当する旨を定めていることには合理性が認められるといえる」と判示されています。

 なお、仮に就業規則に経歴詐称が懲戒解雇事由として規定されていないような場合でも、懲戒解雇ではなく、(懲戒処分ではない)普通解雇が可能と考えられています。

重要な経歴の詐称に限られる

 ただし、あらゆる詐称がすべて問題とされるわけではありません。経歴詐称として問責可能な事由は、労働者の提供する労働力の内容の評価にとって重要な要素である職歴・学歴・犯罪歴といった「重要な経歴」に関する事由に限られると考えられています。

 大阪高等裁判所・昭和37年5月14日判決は、「就業規則にいう、詐称の内容たる『重要な前歴』とは何を指称するものであるかを検討するに、具体の場合にその前歴詐称が事前に発覚したとすれば、使用者は雇入契約を締結しなかったか、少なくとも同一条件では契約を締結しなかったであろうと認められ、かつ、客観的にみても、そのように認めるのを相当とする、前歴における、ある秘匿もしくは虚偽の表示、かようなものを指称する概念であると認めるのが、右規定の趣旨、文言に適合するものと解せられる」としています。

学歴の詐称の場合

 学歴は、会社側にとって採用しようとする社員の能力が不明確な段階では、能力を把握する1つの重要な判断基準になるものであり、原則として「重要な経歴」に該当すると考えられています。

 前記大阪高等裁判所昭和37年判決も、「一般的に最終学歴は重要な前歴にあたるかどうかを考えるに、最終学歴は人の一生における修学時代の頂点を占めるものであって、ある人の有する知力、能力を必ずしも正確に表現するものとはいえないにしても、一応その判定の目安になると一般的に受け取られており、未知の人の能力評価にあたっては無視できない要素とされ、したがって、一般の公私の採用契約にあたってその表示を要求されない場合は極めて異例に属する。また使用者は従業員を採用するにあたって知得した最終学歴のいかんを、これを他の主なる職歴とともに採用後における労働力の評価、労働条件の決定、労務の配置管理の適正化等の判断資料に供するのが一般であるから、最終学歴は一般的に重要な前歴にあたるものと解するのが相当である」と判示しています。

学歴を低く偽った場合も同じ

 東京高等裁判所・昭和56年11月25日判決は、大学在学者であるのに中学卒業と申告し、製鉄会社の現場作業員に応募して採用されたという事案で、「控訴人(注:社員)の経歴とくに本人の学歴、父の職業、兄の職業、弟の学歴等に関する詐称は、これを総合的に見た場合、通常の使用者であったならば、控訴人が単純作業に堪えるかどうか、比較的低学歴者による現場の指揮統制が適切に行われるかどうか等に疑念を抱き、これをもって特に単純作業のみに従事する労働者としては不採用の理由とするであろう程度のものと考えられる」とし、高学歴を低学歴と詐称した場合にも懲戒事由になるとしています。前述の東京地方裁判所・昭和55年判決が指摘しているように、詐称により、企業において、「労働者の適正な配置を誤らされ、企業秩序に混乱を生じ、使用者との信頼関係が破壊される」ことが問題なのであって、自分を高学歴に見せたかどうかだけが問題ではないということです。

学歴詐称が「重要な経歴」の詐称には該当しないとした例も

 ただ、大阪地方裁判所・平成6年9月16日判決では、中卒であるにもかかわらず高卒と虚偽の学歴を履歴書に記載した学歴詐称の事案において、会社が高卒未満の学歴の者も採用している事実などから、会社が学歴要件を重視していることには疑問があるとし、「重要な経歴」の詐称にはあたらないとしていますし、福岡高等裁判所・昭和55年1月17日判決も、大学卒業の学歴を履歴書に記載せずに現場作業員として採用されたという学歴詐称の事案で、「被控訴人(注:社員)が労働契約締結に当り高校卒業以後の学歴を秘匿したことは雇い入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称した行為であるけれども、懲戒解雇は経営から労働者を排除する制裁であるから、経歴詐称により経営の秩序が相当程度乱された場合にのみこれを理由に懲戒解雇に処することができるものと解するのが相当で……前認定のとおり、控訴会社は現場作業員として高校卒以下の学歴の者を採用する方針をとっていたものの募集広告に当って学歴に関する採用条件を明示せず、採用のための面接の際、被控訴人に対し学歴について尋ねることなく、また、別途調査するということもなかった。被控訴人は2か月間の試用期間を無事にえ、その後の勤務状況も普通で他の従業員よりも劣るということはなく、また、上司や同僚との関係に円滑を欠くということもなく、控訴会社の業務に支障を生じさせるということはなかったのであるから、被控訴人の本件学歴詐称により控訴会社の経営秩序をそれだけで排除を相当とするほど乱したとはいえず、本件学歴詐称が経歴詐称に関する前記条項所定の懲戒事由に該当するものとみることはできない」と判示しています。

 このように学歴詐称は、原則として「重要な経歴」の詐称に該当すると考えられますが、具体的事情によっては「重要な経歴」の詐称には該当しないこともあると考えれば良いと思います。

職歴の詐称の場合

 大阪地方裁判所・平成6年9月16日判決は、職歴詐称(入社する前に勤務していたA社を学歴詐称等により解雇され、その後任意退職する旨の裁判上の和解をしていたにもかかわらず、履歴書の職歴欄に記載をしなかったこと)について、「A株式会社への入退社の事実をことさらに偽っているのは、その心情は理解できないでもないにせよ、債務者(注:会社)による従業員の採用にあたって、その採否や適正の判断を誤らせるものであり、使用者に対する著しい不信義に当たるものといわざるを得ない」と判示して、職歴詐称について、「重要な経歴」の詐称と認めています。

 また、東京地方裁判所・平成21年8月31日判決も、「履歴書や職務経歴書に虚偽の内容があれば、これを信頼して採用した者との間の信頼関係が損なわれ、当該被採用者を採用した実質的理由が失われてしまうことも少なくないから、意図的に履歴書等に虚偽の記載をすることは、当該記載の内容如何いかんでは、従業員としての適格性を損なう事情であり得るということができる」とし、「B社に正規社員として雇用された事実が必ずしも明らかではなく、また同社との係争の事実が経歴に含まれないとしても、同社への就職及び解雇の事実を明らかにしなかったことは、金融機関における業務経験とインベストメント・プロジェクトの管理・運営等の業務に対する高度の知識を求めて求人を行っていた被告会社が原告(注:社員)の採否を検討する重要な事実への手掛かりを意図的に隠したものとして、その主要部分において、『経歴詐称』と評価するのが相当である」としています。

犯罪歴の詐称の場合

 この犯罪歴の詐称については、社会一般の認識と裁判所の判断との間に乖離かいりがあると思いますので注意が必要と思います。つまり、社会一般の認識では、嫌疑を受けて逮捕されたような場合も含めて広く犯罪歴として履歴書等に記載しなければならないと考えられているようですが、裁判所は、そのように解してはいないということです。

 最高裁判所・平成3年9月19日判決における、第一審および控訴審は、「履歴書の賞罰欄にいわゆる罰とは、一般的には確定した有罪判決をいうものと解すべきであり、公判継続中の事件についてはいまだ判決が言い渡されていないことは明らかであるから、控訴人(注:社員)が被控訴会社の採用面接に際し、賞罰がないと答えたことは事実に反するものではなく、控訴人が、採用面接にあたり、公判継続の事実について具体的に質問を受けたこともないのであるから、控訴人が自ら公判継続の事実について積極的に申告すべき義務があったということも相当とはいえない」と判示しています。同様に、仙台地方裁判所・昭和60年9月19日判決も、「履歴書の賞罰欄にいう『罰』とは一般に確定した有罪判決(いわゆる『前科』)を意味するから、使用者から格別の言及がない限り、同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわゆる『前歴』)まで記載すべき義務はない」と判示しており、前歴は賞罰欄には記載する義務はないとしています。

 これらの裁判例によれば、相談者は、一度逮捕されており、いわゆる逮捕歴はあるのですが、その後釈放され、裁判にすらなっていないのですから、その点について、履歴書の賞罰欄に記載しなくてもよいことになるわけです。

前科があっても履歴書に記載しないで良い場合も

 ちなみに、上記仙台地方裁判所の事案は、1949年4月から63年3月までの間に、強盗、窃盗、傷害等の前科4犯前歴5件があったのにそれを秘匿して履歴書の賞罰欄に何ら記載せず(77年当時)、それを会社が79年8月頃認識したという事案ですが、裁判所は、履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある限り、同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないとした上で、次のように判示しています。

「刑の消滅制度の存在を前提に、同制度の趣旨を斟酌しんしゃくしたうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、職種あるいは雇用契約の内容等から照らすと、既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといった特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではない」

 つまり、この裁判例によれば、前科であっても一定の要件を満たせば、前科が労働力の評価に重大な影響を及ぼすといった特段の事情もなく、会社から前科について質問されたような場合でなければ、履歴書に記載しなくてもよいことになります。この判決が指摘する「特段の事情」がある場合とは、看護師のように、一定の前科があることが免許の欠格条件となっているような公的資格を取得することが採用の条件となっている場合や、経理担当者としての採用に応募した者に業務上横領の前科がある場合等が考えられるとされています。なお、ここで言う、刑の消滅制度とは、刑法第34条の2(禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで10年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで5年を経過したときも、同様とする)の定める制度を意味しますが、今回の相談内容からは外れるので詳細は割愛します。ここでは、前科であっても履歴書に記載する義務を免れる場合が存在するという程度に理解してもらえれば結構です。

その他の事項について

 学歴・職歴・犯罪歴以外の事項に関してはどうでしょうか。

 よく問題となるのが資格ですが、業務に必要な資格について虚偽の申告をしたような場合(外資系企業で業務に英語が必要であるのに英検資格について虚偽の申告をしたような場合等が考えられると思います)には、「重要な経歴」の詐称に該当すると考えられますが、業務と直接関係のない資格を詐称した場合(逆に英語が必要とされない企業で英検資格について虚偽の申告をしたような場合が考えられると思います)には、「重要な経歴」の詐称には該当しないと考えられます。

民放アナウンサー内定取り消し

 現在、来年の4月に入社予定のアナウンサー職の内定を取り消されたとして、女子大学生が民間放送局を相手に訴訟を提起したことが話題となっています。

 まだ裁判が始まったばかりであり、民放側の正式な主張は不明ですが、従前のやり取りでは、「アナウンサーには高度の清廉性が求められる」といった主張の他に、「セミナーで提出した自己紹介シートに銀座のクラブでのバイト歴を記載しておらず虚偽の申告だ」との主張がなされていたようです。つまり、その民放は、虚偽申告の問題を取りあげているわけであり、内定取り消しの事案ではあるものの、経歴詐称の問題ととらえることも可能かと思います。

 では、仮に上記事情が入社後に判明したと仮定した場合、単なるバイト歴を自己紹介シートに記載しなかったことをもって、経歴詐称と評価することができるのでしょうか。

 これまで解説してきた判例の傾向を見る限り、過去のバイトの種類によって、従業員採用の採否や適正の判断を誤らせるとか、採用した者との間の信頼関係が損なわれるとまで言うのは無理がありそうです。おそらく、職歴欄に全てのバイトを詳細に記載するように明記されているような場合でない限り、「重要な経歴」の詐称には該当しないものと思われます。

経歴詐称の治癒という問題

 仮に「重要な経歴」の詐称があった場合でも、長期間の雇用の継続によって、経歴詐称が治癒されて、懲戒事由にならなくなることはあるのでしょうか。

 東京地方裁判所・昭和30年3月31日判決は、「申請人(注:社員)は……との理由で有罪判決の言い渡しを受け、前記の通り本件雇用契約締結に当りその事実を隠蔽してこれを履歴書に記載しなかったのは、全人格に対する評価の重大な基準たる事実を隠蔽することにより会社に対する自己の人格の評価に甚しい過誤を生ぜしめたものでその事実を諒知りょうちしていたら雇用されなかったであろうことを肯定するのが相当であり、つ右のように詐称するという不信義的性格を有するものであるから、右は就業規則第76条第5号に該当し、一応懲戒解雇に値するものというべきである。……しかしながら前歴詐称が一応懲戒解雇を妥当ならしめる性質のものであっても、その他の事情の如何いかんかかわらず必ずしも常に妥当の判断を不変ならしめるとは限らない。すなわち解雇の意思表示をなす時期的関係とその間における諸般の事情を参酌することによって前記就業規則にいわゆる情状により解雇を不当と許価すべき場合があるであろう。……申請人は会社に雇用されてから、会社が申請人の経歴詐称を発見した時期と主張する昭和28年11月まで約6年間勤務したのであるが、その間の勤務状態について特段の非難すべき事由の主張と疎明のない本件においては、申請人は一応会社の経営秩序に順応し生産性に寄与したものと推認するのが相当であり、また、会社においても申請人の全人格を評価するに必要な判断の資料を得た訳であるので、非難すべき性格行動について別段の疎明のない限り、会社は申請人に相当程度の信頼を置くに至ったはずである。申請人がこのようにして6年間会社に勤務したということは雇入当時の前歴詐称という信義違反に対する社会的評価をなすについて情状的判断に影響を及ぼすものといわなければならない。即ち労働者の雇入前の非難すべき行動(犯罪行為)と雇入当時の背信行為(前歴詐称)はその労働者が長期間会社の経営に寄与した後においては勤務当初におけると同様の企業に対する反価値的判断をなすべきではないと考える」として、6年間勤務したことによって「重要な経歴」の詐称は治癒され、懲戒事由にはあたらないとしています。

 ただし、裁判所は、この「経歴詐称の治癒」を容易には認めない傾向にあります。大阪高等裁判所・昭和32年8月29日判決は、「その最終学歴が使用者側において採否を選考するに当り人物評価の尺度として重要視したと否とに拘わらず、被控訴人個人の教育程度を示す重要な前歴事項に該当するものと解すべきことは疑いがなく、この点につき被控訴人が自己に有利な評価を期待して前記最終学歴を偽ったものであることが被控訴人の当審における供述により認められるから、被控訴人が控訴会社の従業員として採用せられその身分を取得すると同時に右規則第71条第5号所定の懲戒原因が発生するものというべきである。……控訴会社が……えて8年間平工員で勤続した被控訴人を解雇の懲戒処分に付したことが必ずしも一般社会観念に照らし著しく妥当を欠くものとして就業規則により使用者に委ねられた制裁権の適正な行使の範囲を超越する違法あるものと解することができない」と判示して、8年間勤務した労働者に対する学歴詐称を理由とする懲戒解雇を有効と認めています。採用後長期間が経過し、労務遂行に具体的な支障が生じていないからといって、必ずしも救済されるわけではないということです。

以上より

 以上より、過去の裁判の傾向からすれば、相談者の前の会社での「懲戒処分歴」や「逮捕歴」を履歴書に記載せず、後日、新しく採用された会社からその点を追及された場合でも、裁判において懲戒事由に該当すると判断される可能性は高くはないと考えられます。ただ、仮に発覚した場合、裁判で正当な懲戒事由として認められるかどうかの問題とは別に、やはり会社との関係に影響が出るのは避けられず、相談者も居心地の悪い思いをすることになるかと思われます。指摘されたような事情があるのなら、あえて隠さずに事情をきちんと説明し理解してもらう努力をするということを検討してもいいかもしれません。この点の判断は、法的な問題と離れて、なかなか難しいところだと思います。

 

2014年12月10日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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