ストレスチェック義務化、企業は何をすればいい?

相談者 A.Kさん

 私は、ある外食産業を営む企業で人事を担当しています。

 コスト、人員の削減、ライバル他社との生き残り競争で、われわれの業界を取り巻く状況は厳しくなる一方です。店ごとに課されるノルマ、長すぎる労働時間……。本社と現場で働くパートやアルバイトの間で板ばさみになる社員の苦労は並大抵ではありません。当社でも、最近、うつ病などの心の病気で、職場を長期間休んだり、場合によっては退職にまで追い込まれたりする人が増加しています。

 先日も関東地方のある店舗の店長が無断で欠勤したので、心配になって何度も携帯電話にメッセージを入れたのですが、返事はなく、何日かたって本社に退職願が郵送されてきました。人づてに聞いたところ「もうやっていけない」と周囲にはもらしていて、東北地方の実家に戻ってしばらく静養するようです。ゆくゆくは地域を統括するエリアマネジャーを経て本社に引き上げようと目をかけていた人材だっただけに、残念です。当社もメンタルヘルス対策が急務だと痛感しています。

 産業医のアドバイスを受けながら、社員の心の健康を守る具体策を人事部内で検討していたところ、厚生労働省が、職場のメンタルヘルス対策を義務化する方針を打ち出し、今般、一定規模以上の企業は、従業員の健康診断と同様に、メンタルチェックを行わなければならなくなったと聞きました。私も新聞などの関連記事を読みあさり、情報収集にあたっているのですが、6月に法律が成立した以上、悠長なことは言っておられず、施行までに態勢を整えなければなりません。色々な情報が飛び交っていますが、今回の制度の内容と、施行までに最低限何をすれば良いのかについて、教えていただけないでしょうか(最近の事例をもとに創作したフィクションです)。

(回答)

メンタルヘルス検診の義務化

 ストレスチェック検診の義務化を盛り込んだ「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(以下、「改正法」)が、6月19日、衆議院で可決成立し、同25日に公布され、注目を集めています。

 労働安全衛生法とは、「労働基準法と相まって、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする」(同法1条)法律です。ちなみに、労働安全衛生法は、もともと労働基準法の中に規定されていた内容を分離独立させたものです。

 今回の改正は、近時の社会情勢の変化や労働災害の動向に即応し、労働者の安全と健康を確保するため、労働安全衛生対策の一層の充実を図ることを目的とするものであり、<1>「化学物質管理のあり方の見直し」(一定の危険性・有害性が確認されている化学物質について事業者に危険性または有害性の調査を義務づけ)、<2>「受動喫煙防止対策の推進」(受動喫煙防止のための適切な措置の努力義務化、国による必要な援助)、<3>「重大な労働災害を繰り返す企業への対応」(企業に対し改善計画の作成を指示する仕組みの創設、勧告に応じない場合の企業名の公表)といったポイントの他、<4>「メンタルヘルス対策の充実・強化」が挙げられています。

 この「メンタルヘルス対策の充実・強化」の内容として、労働者の心理的な負担の程度を把握するため、医師または保健師による検査(ストレスチェック)の実施を事業者に義務づけることになり、これが一般に「メンタルヘルス検診の義務化」として、特に注目を集めているわけです。

 実は、皆さんが普段何気なく会社に指示されるままに受けている年に1度の健康診断も、労働安全衛生法の規定に根拠を置くものです。同法第66条1項は、「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない」と規定し、これを受けた規則第44条1項は、「事業者は、常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、定期に、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない」と規定しているのです。

 今回の改正によって、「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない」との規定が設けられ、通常の健康診断に加えて、さらにメンタルヘルス検診も追加されることになるわけです。メンタルヘルス検診の実施は、改正法の施行期日(メンタルヘルス対策の充実・強化に関しては、平成27年12月1日)、つまり、2015年中には施行されるのであり、企業としても、それまでには、具体的にどのように制度設計し、運営していけば良いのかの検討が必要となるわけです。

メンタルヘルス検診の概要

 今回の法改正は、精神障害の労災認定件数が2010年度から3年連続で過去最多を更新するなど急増していること(09年度234件、10年度308件、11年度325件、12年度475件)や、小規模事業場でのメンタルヘルス問題に対する取り組みが遅れていることが背景に挙げられており、メンタルヘルス検診の概要は、以下のとおりです。

 <1>労働者の心理的な負担の程度を把握するための、医師または保健師などによる心理的負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)の実施を従業員数50人以上の事業者に義務付け(従業員数50人未満の事業者に対しては、当面の間努力義務にとどまります)、検査結果が、検査を実施した医師または保健師などから直接本人に通知されます(「気づきの尊重」)。なお、検査を実施した医師または保健師などは、検査を受けた労働者の同意を得ずに検査結果を事業者に提供することは禁止されます。

 <2>検査の結果、一定の要件(今後、厚生労働省令で定められる予定です)に該当する労働者から面接の申し出があった場合(「労働者の意向尊重」)には、医師による面接指導を実施することが事業者の義務となります。なお、面接の申し出を理由として、事業者が面接を申し出た労働者に対して不利益な取り扱いをすることは禁止されています。

 <3>事業者は、上記労働者の面接指導希望に基づいて、医師に対して、面接の実施を依頼します。

 <4>医師から労働者に対する面接指導がなされます。なお、事業者は、面接指導の結果を記録しておかなければなりません。

 <5>事業者は、面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、医師の意見を聴取しなければなりません。

 <6>事業者は、聴取した医師の意見に基づき、必要に応じて、就業上の措置を講じることが義務づけられます。就業上の措置とは、当該労働者の実情を考慮し、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などをいうこととされていますが、今後、指針が公表される予定となっています。

ストレスチェックの内容

 実際にどのようなストレスチェックを実施することになるかは、今後、厚労省からガイドラインの形で公表されることとされており、現時点では不透明です。しかし、厚労省からの要請に基づき、独立行政法人労働安全衛生総合研究所から、労働者のストレスに関する症状・不調を適切かつ簡便に確認するための項目として、以下の9項目のチェック項目が例示され、各項目について、「ほとんどなかった」、「ときどきあった」、「しばしばあった」、「ほとんどいつもあった」のいずれかを回答するという方法が示されています。

 (1)ひどく疲れた
 (2)へとへとだ
 (3)だるい
 (4)気がはりつめている
 (5)不安だ
 (6)落ち着かない
 (7)ゆううつだ
 (8)何をするのも面倒だ
 (9)気分が晴れない

 上記9項目(1~3が「疲労」に関連する項目、4~6が「不安」に関する項目、7~9が「抑うつ」に関する項目)に対し、「ほとんどなかった」との回答の場合には1点、「ときどきあった」との回答の場合には2点、「しばしばあった」との回答の場合には3点、「ほとんどいつもあった」との回答の場合には4点とし、それぞれの数字を単純に加算して得点を算出するというのが簡易チェックとして示されているのです。そして、面接が必要かどうかを判定するための基準として、「抑うつ」については10点以上、「不安」については11点以上、「疲労」については12点以上が要面接対象者としています。

ストレスチェックの問題点

 私のような医学的素人からみても、このように極めて簡単な9項目のチェックリストで、本当にメンタルヘルスの判定に寄与するのかは疑問と言わざるをえません。現に、日本産業衛生学会産業医部会は、上記簡易チェックが行われると想定した上で、「その妥当性や有効性はいまだに確認されていません。この事は、平成23年10月公開の労働安全衛生総合研究所が行った行政要請研究報告書『ストレスに関連する症状不調の確認項目の試行的実施』でも『実際の労働現場で使用した際の妥当性や問題点について未検証』とされ、研究の結果から『検査結果の解釈を慎重に行うことが望まれる』として、高ストレス者をより正確に推定するためには『全国から無作為抽出された労働者集団に基づく調査が必要である』としていることからも明らかです。このような有効性の検討が不十分で結果の解釈が困難な検査を、法の名で一律に全国の事業場と労働者に強制することは、単に産業保健の現場を混乱させるだけであり、行うべきではありません」と批判しています。

 前述のように、実際にどのようなストレスチェックを行うことになるかは未定であり、上記9項目の簡易チェックが採用されるかどうかははっきりしません。ただ、医学的な有効性・妥当性が未検証なストレスチェックが導入された場合、明確な根拠もないのに、事業者の安全配慮義務および予見可能性の範囲が拡大されることにつながりかねないと懸念する向きもあります。また、労働者がどれだけ正直に回答するかも不透明で、判断が困難になる可能性があり、本来問題ない者が問題ありとされたり、また、その逆のパターンが起こったりすることもあり得るものと考えられます。特に前者の場合における判定結果には、事業者によって濫用らんよう的に利用される可能性もあるとの懸念を示す向きもあるようです。

メンタルヘルス検診に伴う企業の新たなリスク

 従業員が、検査の結果を受けて面接を申し出た場合には、当然、ストレスの存在やその程度が企業に推測されてしまうことになり、それに伴い、意に沿わない配置転換などが命じられる恐れも出てきます。そこで、改正法では、面接の申し出を理由として、事業者が面接を申し出た労働者に対して不利益な取り扱いをすることを明確に禁止しています。ただ、不利益取り扱いの定義も含めた詳細についても、厚労省によって今後作成されるガイドラインに委ねられており、現段階では、どのような措置が不利益取り扱いに該当するのか必ずしも明確ではありません。ガイドラインの内容によっては、不利益取り扱いに関する判断を巡ってトラブルになる可能性も出て来るのであって、事業者の中には、その点を危惧する向きもあります。

 また、ストレスチェックを実施した医師または保健師などは、検査を受けた労働者の同意を得ずに、検査結果を事業者に提供することは禁止されていますが、何らかの理由で、通知に同意していなかった労働者の検査結果が事業者に開示されてしまうという事態が生じた場合、当該労働者のプライバシー権が侵害されたとして、検査実施機関およびそこに業務委託した事業者が責任を問われる可能性も出てきます。ストレスチェックの検査結果の管理については、十分な体制構築が必要ということです。

 そして、一般的に、今回の法改正における一番大きな問題とされているのが、この制度の導入によって、企業における安全配慮義務が、事実上拡大するのではないかという懸念です。

安全配慮義務違反

 使用者の労働者に対する安全配慮義務は、以前から判例法理として確立しており、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用しまたは使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護すべき義務」と定義されています(最高裁判所・昭和59年4月10日判決)。2007年制定の労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定して、使用者の労働者に対する安全配慮義務を明文化しています。また、労働安全衛生法1条では、「職場における労働者の安全と健康の確保」を同法の目的として規定しており、労働者の安全と共に、健康も保護の対象とされていることから、メンタルヘルス対策も使用者の安全配慮義務に当然含まれると考えられています。

 使用者が、この安全配慮義務を怠って、それこそ社員が自殺したような場合、多額の損害賠償が命じられる可能性も出てくるわけなのです。

電通事件判決

 この点、メンタルヘルスに関する安全配慮義務違反について判示した、電通事件判決が参考になります(最高裁判所・平成12年3月24日判決)。この判決は、従業員の過労自殺に関わる民事上の損害賠償請求事案につき、因果関係を認めた初めての最高裁判所判決として有名です。

 最高裁判所は以下のように判示しています。

 「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。……大手広告代理店に勤務する労働者Aが長時間にわたり残業を行う状態を1年余り継続した後にうつ病に罹患し自殺した場合において、Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、Aの上司は、Aが業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、Aに対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘引となってうつ病に患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ったなど判示の事情の下においては、使用者は、民法715条に基づき、Aの死亡による損害を賠償する責任を負う」

 つまり、裁判所は、Aの業務の遂行とそのうつ病罹患による自殺との間には因果関係があるとした上で、その上司が、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置をとらなかったことに基づき、会社の責任を認めているわけです。そうなると、今回の法改正によりメンタルヘルス検診が義務付けられ、ストレスチェックを実施した結果、特定社員がうつ病などに罹患している可能性があると判定されたにもかかわらず、それを放置して、その後、当該社員の自殺といった事態が発生した場合、同検診が、事業者の責任を肯定する方向に作用するものと考えられます。つまり、場合によっては、医学的に有効性・妥当性が疑われているストレスチェックの結果により、事業者の予見可能性の範囲が拡大される、つまり企業の責任が肯定される可能性が高くなるのではないかと、企業は懸念しているわけです。

就業上の措置

 今回の法改正により、事業者は、聴取した医師の意見に基づき、必要に応じ、就業上の措置を講じることが義務づけられます。就業上の措置とは、当該労働者の実情を考慮し、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などをいうこととされており、今後、指針が公表される予定となっていますが、就業上の措置が不十分であるとして、事業者が安全配慮義務違反を問われる可能性も出てきます。

 現在でも、うつ病等により休職した労働者が復職する場合、使用者には慎重な対応が求められており(厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」参照)、復職の判定、復職後の措置、休職期間中の解雇、休職満了退職などに関してトラブルになっている事例も決して少なくありません。

 ちなみに、うつ病などにより休職となった場合(疾病休職)、休職期間中に病気から回復して就労可能となれば、復職となりますが、逆に回復しなければ解雇となることから、どの程度まで回復(治癒)すれば就労可能と判断されるかがよく問題となります。この点、休職前に担当していた仕事を従前通りに遂行できる程度までの回復はしていないものの、比較的軽易な仕事ならできると労働者が主張した場合、最高裁判所は、疾病のため労働者が使用者に命じられた現場作業に従事することができないとしても、ただちに債務の本旨に従った履行がないとはいえないとし、労働者の職種の限定がない限り、労働者の能力、経験、地位、使用者会社の規模、業種、使用者会社における労働者の配置・異動の実情および難易などに照らして、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきであるとしており(平成10年4月9日判決)、企業に対し、労働者の復職に向けての相当の配慮義務を負わせています。

企業が講じるべき対策

 企業としては、2015年12月1日に予定されている改正法の施行までに何をしておく必要があるのでしょうか。

 上述のとおり、実際に行われるストレスチェックの内容や必要とされる就業上の措置などに関しては、いまのところ明確にされているわけではなく、今後、厚生労働省からガイドラインや指針といった形で示されることになりますので、企業としては、まず、メンタルヘルス検診に関する情報の収集に努めることが必要です。また、産業医と連携を強化するとともに、ストレスチェックの委託先選定、面接指導を委託する医師の選定・確保等、メンタルヘルス検診の運営体制構築の準備を進めておくことも重要です。

 一方、そもそも論として、この法改正の背景には、精神障害の労災認定件数が3年連続で過去最高を更新するなど急増しているにもかかわらず、本件問題に対する取り組みが遅れていることなどの事情が存在するわけであり、職場環境を改善・整備し、人事労務体制を見直し、社員が精神的疾患に罹患することを防止するような取り組みを積極的に行うことが不可欠です。

 もちろん、社員のストレスは、必ずしも職場にだけ原因があるわけではなく、家庭環境や友人関係など、プライベートな事情が大きく影響することもあります。ただ、社員は、1日のうちの多くの時間を社内で過ごすわけであり、原因がどこにあるかにかかわらず、今回、法改正によって導入されるストレスチェックも含めた総合的な対策により、社員の変化にいち早く気がついて、大事に至る前に対応するのは、社会的存在としての企業に求められている役割ではないかと思います。

 今回の法改正について、企業としては、体制整備に関わる負担の増加と受け止めるのではなく、貴重な人材を、精神的疾患によって失うことのないようにするための好機ととらえて、積極的に対応してもらいたいところです。

 

2014年10月08日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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