不動産ネット広告、「おとり」は取り締まれないの?

相談者 A.Kさん

 私は、結婚して6年になりますが4歳になる娘がおり、今年の秋には2人目の子どもが生まれる予定です。

 現在住んでいる住居は夫が勤務する企業の社宅で家賃も安いのですが、間取りは2DK、子供2人の4人家族では手狭になるのではないかと考えています。幸い、会社の業績もアベノミクスの恩恵を受け好調で、今年は定期昇給もありましたし、今後のボーナスも増額が期待できそうです。そこで、この機会に、もう少し広い賃貸物件に移り住もうかと考えて、物件を探し始めたところです。

 まずは、どのような物件があるのかをインターネットで探してみました。住むならおしゃれな街、家族でくつろげるリビングルームもほしい、賃料もなるべく安く、と欲張りな私ですが、探してみるとそのような条件を満たし、なおかつ賃料も周辺物件と比べて割安感がある物件がいくつかありました。ところが、広告を掲載している不動産屋さんに電話して話を聞いてみると、「その物件は昨日話がまとまってしまいましてね」とか、「その家の近くには“怖い人”が住んでいるんですよ」などと言って私が見たい物件を全然紹介してくれず、代わりに「こちらの物件はいかがですか」と私には魅力的とは思えない物件を紹介してきました。もちろん、私はそのたびに断りましたが、その後もネット検索で見つけた魅力のある物件について問い合わせをすると、同様の対応をされるということがたびたび起きました。

 何回もそういった経験をしたことから不思議に思い、大手不動産会社の知り合いに聞いてみたところ、インターネットを通じた不動産広告には、実際には契約済みになっているにもかかわらず、魅力的で顧客の興味を引くような物件につき、未成約のように装ってネット広告に掲載し続ける、いわゆる「おとり広告」が多くて、業界でも問題となっているとのことでした。ひどい場合には、実在しないような物件情報を掲載している業者もいるということで驚いてしまいました。

 私もそうですが、多くの人にとって、住むところを探すというのは人生の一大事なので、そのような不当な不動産広告を野放しにするのは問題だと思います。インターネットを通じた不動産広告には、不当な内容に関する、法的な規制はないのでしょうか(最近の事例をもとに創作したフィクションです)。

(回答)

増加するインターネット上での不動産おとり広告

 最近、新聞の折り込み広告に、以前よりも不動産関連の広告が増えたような気がします。2014年3月に国土交通省より発表された公示地価によると、3大都市圏の平均では、住宅地がプラス0・5%、商業地が同1・6%と、ともに6年ぶりに上昇に転じました。他方、経団連が6月に公表した今春の労使交渉の最終集計によると、大手企業の定期昇給とベースアップをあわせた賃上げ率が2・28%と15年ぶりに2%を超えたとのことで、不動産が値上がりする前に購入しようとする人や、相談者のように、収入の増加に伴って、新しい賃貸住宅に移り住もうと考えている人が増えているのかもしれません。

 ただ、日本経済が活性化することは良いのですが、こういった時世の中で、インターネット上での不動産の「おとり広告」が問題となっています。

 公益社団法人・首都圏不動産公正取引協議会(法律の規定に基づいて申請し認定された不動産業界の自主規制機関、以下、「協議会」とします)は、不動産広告を常時監視し、ルールに違反した広告表示を行った不動産会社に対して必要な調査をした上で、再び同様の不当表示をしないよう警告し、違反内容によっては違約金の名で制裁金を課徴するなどの活動を行っています。協議会によると、13年4月~14年3月に協議会が出した厳重警告は58件で、前年度に比べ29%増え、全体の9割にあたる52件がインターネット広告で、33%増と過去最多を更新したとのことです。そして、その多くが「おとり広告」であり、協議会が出している「公取協通信」の最新号(平成26年8月号)にも、4件の違反事例が掲載されていますが、いずれも、インターネット上でのおとり広告となっています。例えば、ある不動産会社は、賃貸物件9件について、「新規に情報公開した後に契約済みとなったが、以降更新を繰り返し、広告時点まで長いもので3か月間、短いものでも22日間継続して広告」を出していたとのことです。

 相談者が経験したように、ネット上で発見した興味を引かれる物件に限って、「その物件は昨日話がまとまってしまった」「その物件、実は近所に“怖い人”が住んでいるといった問題がありまして」などと言われ、他の物件の紹介を受けるというような事例が相次いでいるということです。

おとり広告とは

 おとり広告とは、一般的には、広告、ビラなどにおける取引の申し出に係る商品やサービスが、実際には申し出どおり購入することができないものであるにもかかわらず、一般消費者がこれを購入できると誤認するおそれがあるような表示のことを意味し、このような表示は、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがある不当な表示として規制されています。

 具体的には、当連載にも度々登場している「不当景品類及び不当表示防止法」(景品表示法)に基づき、「おとり広告に関する表示」(平成5年公正取引委員会告示第17号)という告示により規制されています。例えば、スーパーなどが「○○メーカー製品3割引」、「○○製品5割引から」などとチラシなどで表示した場合に、実際には、そのような割引による販売数量が著しく限定されているにもかかわらず、そのことが説明されていないようなケースを思い浮かべれば理解しやすいと思います。その場合、お客さんは、その商品を買おうと思ってお店に行ったのに、それはほとんど置いておらず、すぐに売り切れてしまい、仕方なく別の商品を買って帰るというような事態を招くことから、不当な顧客の誘引として、規制の対象とされているわけです。

 最近の実際の事例としては、1月21日、消費者庁が、食料品などの小売業者が販売したうなぎ及びうなぎ蒲焼きの表示に対し、景品表示法に基づく措置命令を出したケースが挙げられます。その内容は、「平成25年7月20日から同月22日までの期間に、自社ウェブサイトにおいて、『愛知県三河一色産 うなぎ蒲焼 1本 1980円より』と記載するなどして、あたかも対象商品を販売するかのように表示していた」が、実際には、「対象商品を仕入れておらず、対象商品の全部について取引に応じることができないものであった」というものです。

 おとり広告のことを英語では、「bait-and-switch advertising」と呼ぶそうですが、まさに、bait(釣り針やわなにしかける餌)に釣られて集まってきた鳥などを捕獲するような取引である点が問題であり、最も反消費者的な広告方法の一つなどとも言われています。

不動産のおとり広告

 上記は一般的なおとり広告ですが、特に不動産取引を対象としたおとり広告に関する告示が「不動産のおとり広告に関する表示(昭和55年4月12日公正取引委員会告示第14号)」です。

 そこでは、「自己の供給する不動産の取引に顧客を誘引する手段として行う次のような表示」をおとり広告として規制しており、相談者のケースは<2>や<3>に該当する可能性があるわけです。

<1>取引の申出に係る不動産が存在しないため、実際には取引することができない不動産についての表示(例、実在しない住所・地番を掲載した物件、広告の物件と実際の物件とが、その内容・形態・取引条件等において同一性を認めがたい場合など)

<2>取引の申出に係る不動産は存在するが、実際には取引の対象となり得ない不動産についての表示(例、広告に表示した物件が売却済又は処分を委託されていない他人の不動産であるような場合、広告に表示した物件に重大な瑕疵かしがあるため、そのままでは当該物件が取引することができないものであることが明らかな場合など)

<3>取引の申出に係る不動産は存在するが、実際には取引する意思がない不動産についての表示(例、広告に表示した物件に合理的な理由がないのに案内することを拒否する場合、広告に表示した物件に関する難点をことさらに指摘して当該物件の取引に応ずることなく顧客に他の物件を勧める場合など)

この手の広告は以前から問題に

 今回の相談者のケースでは、不動産のおとり広告の中でも、インターネットを利用したものが問題となっていますが、実は、広告媒体としてのインターネットの価値の高まりとともに、以前から、この種の広告については問題となっていました。

 08年3月26日、協議会は、構成団体の長あてに、「インターネット広告の適正化について(お願い)」と題する書面を送付しています。

 協議会のHPによれば、違反事案の中でインターネット上の広告表示における「おとり広告」事案が増加しているため、これらの違反行為を未然防止する観点から、「『おとり広告』の規制概要及び不動産業者の留意事項」をとりまとめ、会員各社がこれを理解の上、インターネット広告の情報管理を徹底し、取引することができないなどの物件の広告表示を行うことがないよう周知を徹底するためとのことです。

 ちなみに、その留意事項には、「おとり広告の具体的な態様」として、協議会が過去に違反と認定した、次のようなインターネット上の事例が挙げられています。

<1>適切な更新を怠ったために、掲載途中から取引不可能になった例

 最初にインターネットに広告を掲載した時点では、取引することができる物件であったが、掲載後に成約済みとなった物件を削除することなく更新を繰り返す等、適切な更新を怠ったために、長期間にわたり、実際には取引することができない物件となっていたもの。

<2>当初から成約済みであった物件をインターネット上に掲載していた例

 成約済みの物件を、成約状況等を適切に確認することなくインターネット上に広告を掲載したことから、実際には掲載した当初から取引することができない物件であったもの。

<3>架空物件をインターネット上に掲載していた例

 不動産業者が一般消費者の関心を引くために、まったく架空の格安物件や既に入居者が存在する成約済みの物件をもとに賃料を安くするなどした架空物件を掲載したことから、実際には取引することができない物件であったもの。

過去、大手企業に対する処分も

 以上のような説明を聞くと、そのような違反行為をしているのは、ごく一部の中小の業者だけだろうと思う方も多いかと思います。しかし、必ずしもそうとばかりは言い切れません。

 08年には、不動産仲介大手のエイブルが、景品表示法違反(おとり広告)で公正取引委員会から排除命令を受けています。

 公正取引委員会の認定では、エイブルは,一般消費者に対し,住宅の賃貸借を媒介するに当たり、同社がインターネット上に開設したウェブサイト、「CHINTAI NET」と称するインターネット上の賃貸住宅を検索するウェブサイト、または「CHINTAI」と称する賃貸住宅情報誌に掲載した広告において、「存在しない物件」「賃借中の物件」などを表示したとして、「おとり広告」などに該当するとされています。

 その結果、それら物件について、「実際には取引することができない不動産又は取引の対象となり得ない不動産についての表示である旨を公示すること」、「再発防止策を講じて、これを役員及び従業員に周知徹底すること」、「今後、同様の表示を行わないこと」などを命じられているのです。

インターネットでおとり広告が増える原因

 このように、業界においても注意喚起がなされて、たびたび監督官庁などによる処分が下されているにもかかわらず、冒頭に述べたように、インターネット上におけるおとり広告が後を絶ちません。

 この原因として、協議会は、<1>不動産業者の「おとり広告」に対する理解が不十分であること<2>インターネット広告に係る一般消費者の認識についての不動産業者の意識が希薄なこと<3>不動産業者が管理能力を超えた多数の物件広告を掲載していること<4>新規掲載時又は更新時に物件の成約状況等の確認を怠っていることなどを挙げています。

 確かにインターネット広告においては、物件情報の掲載や更新が容易であり、小規模事業者でも多数の情報を提供することが可能となり、自らの身の丈を超えた規模の物件を容易にネット上に掲載できます。それこそ、郊外の駅前で、当該地域の情報だけを扱っていた小規模な業者であっても、ネット上に立派なHPを構えて、より広く多数の物件を紹介することも可能なわけです。協議会も、「インターネット広告においておとり広告となった事案では、これを少人数でしかも管理能力を超えた多数の物件を掲載していたこと、これらの管理をアルバイトに任せっきりにしていて責任者によるチェックを怠っていたことなどを挙げることができる」と分析しています。

 また、今やインターネット通販サイトにおいて、在庫をリアルタイムに更新するのは当たり前であって、そういった状況に慣れた一般消費者は、不動産広告においても、常に新しい物件の広告が掲載されており、広告された物件は実際に取引できるものと認識するのが一般的です。しかし、不動産という商品の特殊性もあり、そういった厳格な表示に慣れ親しんでいない業者には、一般消費者が抱く表示に対する信頼を甘く考える傾向が見られます。成約状況の確認を怠り、成約済みの物件を掲載したり、成約済みとなっているのにそのまま更新したりするといったことが、サイトに対する信頼をいかに傷つけるかという認識に欠けているということかと思います。

 ちなみに、インターネット通販サイトなどで、仮に在庫ありと明記されていたのに実は欠品していたというような事態が発生すれば、間違いなく注文した消費者から、「在庫があるとサイトに表記されていたから注文したのに、それがないというのはどういうことだ。だったら、よそのサイトで購入した。すぐに利用したいのにどうしてくれるんだ」といった激しいクレームを浴びせられることになります。そのため、多くの業者では、在庫表示には細心の注意を払っています。まさに、協議会も指摘するように、一般のネット通販業者における在庫管理と同様に、「不動産業者は、成約状況等の確認を怠り、成約済みの物件を掲載したり、成約済みとなっているのにそのまま更新するといったことがあってはならないことを肝に銘ずべき」だということです。

 さらに、言うまでもなく、上記のようなチェックミスや、認識の甘さという理由だけにとどまらず、意図的に、つまり成約済みであることを知りながら、相場より安い等魅力的な物件を掲載することによって、一般消費者の興味をひいて、一人でも多くの人を自身の店舗に誘導し、他の物件の成約につなげていこうという悪質な事例もあるでしょう。その最たるものは、一般消費者の関心を引くために、まったくの架空の格安物件を掲載するようなケースかと思います。不動産業に限らずどの業界でも同じでしょうが、お客さんに来てもらわないと商売になりませんから、違法と分かっていながら、おとりでも何でも何しろお客さんに来てもらおうと考える業者がいても不思議ではありません。

インターネットでのおとり広告と思ったら

 相談者の事例も「おとり広告」の典型的な事例ではないかと考えられます。業界の自主規制団体は、上記のように、このような不当表示をなくすべく努力をしていますが、一般消費者としても、不動産業者が提供する情報は十分吟味して検討し、その過程で「おとり広告」などの不当表示の疑いがある広告を見つけたときは、各地区の不動産公正取引協議会に連絡して、相談や苦情申し立てをしたり、広告主である不動産会社の免許番号を調べて、該当する免許官庁(国土交通省、各都道府県庁など)に相談したり、消費者庁に連絡するなど、積極的な対応を取ることが、不動産市場の適正化のためには必要ではないかと考えられます。

 また、ネットユーザーの皆さんも、ネットで不動産物件を探索する際には、うまい話に安易にのらないという姿勢が重要です。高利回りの金融商品に関わる詐欺事件の話題が頻繁にニュースをにぎわせますが、うまい話ほど疑ってかかる必要があります。どの世界でも、「掘り出し物」など普通は存在しないということを自覚すべきかと思います。もちろん、本連載「購入した家で前所有者が餓死…説明なしでいいの?」(2014年6月25日)でご紹介したような、いわゆる「事故物件」のように、好条件であることに合理的な説明がつくものであれば別ですが、そういった特別の事情のない場合、それほど好条件の物件であれば、ネット上に情報が流れる前に成約しているのが普通でしょう。相場より明らかに安い物件は最初から疑ってかかるのが肝要かと思います。

 

2014年08月13日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


Copyright © The Yomiuri Shimbun