自分の利用履歴が規約変更で知らないうちに他社へ…許される?

相談者 T.Yさん

 私は、あるポイントサービスの会員です。4、5年前に友人に勧められて会員になったのですが、ポイントをめるのが面白くなり、今ではすっかりはまっています。

 本やCD、DVDを買う時はもちろん、コンビニやドラッグストアでの買い物、レストランでの食事、ホテルの予約など、毎日あらゆる場面でポイントを貯めることができます。先日は貯めたポイントを使って、高級レストランでディナーを楽しみ、仕事で頑張った自分へのご褒美にしました。ポイント加盟店はどこか、どんな使い方が得なのかを日々研究しているので、私の生活はポイントサービスを中心に回っていると言えるかもしれません。

 ところが、先日、新聞を読んでいて驚きました。その企業が、会員の利用履歴などを他の企業に提供し、行動記録や嗜好しこうを分析して広告に活用することにしたというのです。しかし、そんな大事なことなのに、私のところにメールなどで連絡が来たわけではありませんし、現に、私は報道があるまで全くそのことを知りませんでした。サイト上には利用規約を変更する旨が表示されていたらしいのですが、サイトのすみずみまで見るわけでもないので、そのような表示が出ていたことに全く気付きませんでした。

 私は、あらゆる場面でこのサービスを利用しています。自宅で楽しむDVDやCD、普段飲んでいる薬、応援しているアイドルグループ、夏休みの旅行先まで、まさに生活の全ての情報がその企業に蓄積されているので、そうしたプライベート情報が、私の知らないうちに他社に提供され、広告などに利用されると思うと何となく気持ち悪くて不愉快な思いになりました。

 このように、個別に本人の了解をきちんと得ないままに利用規約を変更し、他社に利用履歴の情報などを提供することが本当に許されるのでしょうか。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)

(回答)

履歴 知らぬ間に他社へ

 7月15日付の読売新聞で、「履歴知らぬ間に他社へ」「ヤフー、Tポイントが相互提供」という見出しの記事を見て驚かれた方も多いかと思います。

 いずれのサービスも、多数の会員を抱えており、それら会員によって生み出される膨大なデータが、日々、企業内に蓄積されてきているわけですが、それらを相互に提供しあって、行動記録の分析により効果的な広告を配信しようというのが双方の狙いのようです。 つまり、Tポイントを運営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)は、レンタルDVDや加盟店での利用に関わる生活履歴などをヤフーに提供し、ヤフーは、関連サイト内の閲覧履歴などをCCCに提供することにより、それら情報をお互いに利活用していこうということです。

 アマゾンのリコメンド機能によって、自分の趣味嗜好にあった様々な商品に巡り合うことができるのと同様に、利用者にとって、自分の興味のある事項に関する有益な広告配信などが実施され、生活が便利になることは歓迎されるべきかもしれません。しかし、そのような広告配信に違和感や嫌悪感を持つ人も多数存在するのであり、記事の見出しにあるように「知らぬ間に」利用者に関わる情報が他社に提供されることについては、ビッグデータに関わる法改正の動きと相まって、議論を呼んでいます。

思い出されるスイカを巡る騒動

 この読売新聞の記事を見て、多くの方が思い出したのが、昨年6月に大きな話題となった、JR東日本のIC乗車券「スイカ」の履歴情報に関わる事件かと思います。日立製作所が、スイカの履歴情報(具体的には、スイカでの乗降駅、利用日時、鉄道利用額、生年月(日は除く)、性別およびスイカID番号を他の形式に変換した識別番号)をビッグデータ解析技術で活用し、駅エリアのマーケティング情報として企業に提供するサービスを開始する旨を発表したことに対し、著名ブロガーなどが問題として取り上げたことを契機にネット上で拡散し、多くのスイカ利用者が反発する騒動に発展しました。「気持ち悪い。何だか嫌だ。日立もJRも嫌いになりそう」「スイカの件、吐き気がする」「ものすごい嫌悪感」など、辛らつな批判コメントがネットで発信され、苦情も含めて多数の問い合わせが殺到し、結局、JR東日本は、「利用者への説明が欠けていた。反省している」と陳謝し履歴情報の販売を停止する方針を明らかにしました。

 この騒動については、本連載「『ビッグデータ』売却で浮気も発覚?個人情報どう保護」(2013年8月14日)で解説したように、日立製作所は、対象データから氏名や住所等を削除し、各データをどのように組み合わせても個人を特定できないとの対応を取っていたことから、個人情報保護法の適用外なので利用者の同意を得なくても良いと考えていたようですが(こうした考え方の当否については上記過去の記事をご参照下さい)、そうした法理論とは別に、利用者の感情に対する配慮に欠けていたことが非難を浴びたわけです。

ヤフーとCCCはそれなりの対応をしているが……

 今回のヤフーとCCCとの間での取り組みも、スイカの場合と基本的に同様です。ただ今回の場合、例えば、CCCの企業サイト上では、「ヤフー株式会社発行のIDを指定IDとするT会員向け特約」と題する情報が表示されており、そこには、「当社は、本件会員がTカードを提示し、または本件会員としてログインしたうえで、商品を購入された履歴に関する情報、本件会員の属性や嗜好性に関する『傾向データ』、当社または株式会社Tポイント・ジャパンとヤフーが共同で行う各種販促等(キャンペーン)に参加された履歴に関する情報について、特定の会員個人を識別可能な情報と容易に照合することができない状態に加工して、ヤフーに提供する場合があります」と明記されています。

 つまり、情報の匿名化という点で、個人情報保護法上の問題についてきちんと対応しているほか、今回の取り組みでは、利用者に対して、情報を第三者に提供する旨を明示した形の規約内容の改正をサイトで告知もしているわけです。また、情報の第三者提供を拒否したい利用者に向けて、オプトアウト(情報提供の停止)の仕組みをあらかじめ用意しているなど、スイカの騒動で問題とされた点を十分に検討した上での配慮が為されているように思えます。

 ただ、残念ながら、スイカの場合と同様に、今回の対応に不安を訴える人が出ているのも事実であり、利用者への告知の仕方が十分ではなかったのではないか、との指摘もあり、現在政府が進めているビッグデータ利活用の議論にも影響を与えそうです。報道によれば、今回のヤフーとTポイントの規約改正を契機に、今年6月24日に公表された「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱」に、「個人情報を取得する際に特定した利用目的から大きく異なる利用目的に変更されることとならないよう」にする旨の一文が追加されたとのことです。

利用規約の変更を巡る問題

 既に述べてきたように、今回報道されたケースは、スイカのケースと同様、個人情報の第三者への提供と情報の匿名性の問題が主に指摘されていますが、それとは別に、利用規約などの「約款」に関わる問題点を指摘することができます。

 すなわち、相談者の疑問は、個別に本人の了解をきちんと得ないままに利用規約を変更し、他社に利用履歴の情報などを提供するようなことが許されるのかという点にあります。ヤフーとCCCのケースでも、「約款」の一形態である利用規約の改正を行った上での処理であり、個人に関わる情報の第三者への提供といった、極めて重要な内容の規約につき、利用者が知らないうちに変更されることの適否が問題となってくるわけです。

 そこで今回は、個別に本人の了解を得ないまま(了解ばかりか認識すらされないまま)、一方的に利用規約の変更を行い、他社に情報を提供するようなことが許されるのかという問題に焦点をあてて、説明していきたいと思います。

「約款」とは

 ウィキペディアによれば、約款とは、「企業などが不特定多数の利用者との契約を定型的に処理するためにあらかじめ作成した契約条項のことである」とされています。

 我々は、鉄道を利用する際にいちいち鉄道会社と契約を結びませんが、「運送約款」に拘束されています。例えば、東京メトロのサイトには運送約款というページがあり、そこには「旅客営業規程」「ICカード乗車券取扱規則」「SFメトロカード取扱規則」「身体障害者旅客運賃割引基準」など、多数の規定類が列挙されています。普段意識されていませんが、我々は、東京メトロに乗るたび、これらの規程の内容によって拘束されているわけです。つまり、不特定多数の利用者と定型的な取引が行われる場合に、予め約款によって取引条件を定め、個別契約を取り交わすことを省略するという対応は、現代社会において広く行われているわけです。そして、ほとんどの人は、この約款の内容などいちいち確認していません。

 ネット上でも、我々がどこかのサイトで提供されているサービスを享受する場合、そのサイトに掲示されている利用規約などに拘束されることになるわけですが、その内容を隅から隅までいちいち確認している人などほとんどいないと思います。ただ、上記のように、内容を認識しているか否かに関わらず、我々は基本的にその内容に拘束されることになるのです。

 なお、「約款」については、「利用規約」「規約」「利用案内」「ガイドライン」など様々な名称が用いられていますが(おそらく「利用規約」という名称が一番使われていると思われます)、企業と利用者との権利義務を定める内容である限り、基本的に効果はすべて同じと考えてもらって結構です。契約書面の題名が「契約書」ではなく「覚書」「合意書」「念書」といったものでも法的効果が変わらないのと同じことです。

ネットにおける約款の重要性

 約款は、本稿「“一方的な通告”で買い物ポイントが失効した…」(2011年10月12日)でも解説したように、ネットビジネスにおいて、非常に重要な機能を果たしています。リアル店舗で営業している従来型企業とは異なり、サイバー空間で実際に会ったことのない多数の利用者に対し様々なサービスを提供するネット企業の場合、サイトに表示した約款によって取引に関わる権利義務を規定するのが現実的であり便利だからです。サイトの会員になるたびに、例えば、サイトにアップされている契約書PDFをダウンロードしてもらい、それに署名押印して送付してもらうなどという作業をいちいちしていたのでは、広くネットビジネスを実践することなど不可能です。

 ネットにおいて、約款が多くの場面で活用されるのは、あらかじめ利用者に対して適切に開示されているなどの条件を満たす限りにおいて、仮に、利用者がその内容を認識しなくとも、原則として拘束されることになるというメリットがあるからです。サイトにおいて、取引の申し込み画面などに、わかりやすくリンクが設置されていないとか、容易にたどり着けないような場所に表示されているなどの特殊な場合でなければ、利用者が、その内容を認識していない場合であっても、サイト上に掲示されている約款に拘束されるという建付たてつけは、リアルな事業以上に、ネットビジネスに親和性があるわけです。

 ちなみに、ヤフーオークションで詐欺被害を受けたとする被害者が、ヤフーに対して損害賠償請求を求めた訴訟において、利用規約と同様の役割を果たす「ガイドライン」につき、裁判所は、利用者とヤフーの間で利用契約の内容として成立している旨を判示しています(名古屋地方裁判所・平成20年3月28日判決、名古屋高等裁判所平成20年11月11日判決)。裁判所は、「本件ガイドラインは、本件利用契約においていわゆる約款と位置付けられるところ、上記認定によれば、本件サービスの利用者は、本件サービスの利用につき、約款である本件ガイドラインによることに同意しており、これが利用者と被告の間で本件利用契約の内容として成立していると言うべきである」としています。

民法改正で約款の明文化へ

 このように、企業(特にネット企業)にとっては使い勝手の良い約款ですが、利用者が内容を確認しなくても、その内容に拘束されることになることから、企業と消費者との間でトラブルが生じることも多く、近時問題となっています。このような契約形態では、消費者の側からすれば、交渉の余地がなく言われるままの契約条件をのまざるを得ないことから、不満も多く出て来るわけです。

 ちなみに、これほど大きな社会的機能を果たしている約款ですが、実は民法には明確に約款に関する規定は存在していません。そこで、現在進んでいる、民法の債権分野の改正作業においては、約款に関する明文規定が盛り込まれることになっています。つまり、法務省が2015年の通常国会に提出を予定している民法(債権分野)の改正(120年ぶりの大改正)ですが、契約を結ぶ前に、約款による取引であることを相手に表示する必要がある、消費者が合理的に予測できないような内容は契約として認めない、企業が一方的に約款を変えるときは消費者の利益に沿っていることが条件になるなど、約款を巡る考え方については、従来とは様変わりしそうな状況となってきています。とはいえ、当分の間は、従来通りに考えざるを得ないわけです。

約款の一方的な変更は可能

 このように約款は社会で広く活用されており、ネットビジネスの隆盛に伴い、その存在感を増しており、民法改正のテーマにすらなっているわけです。では、相談者の指摘するように、利用者の知らぬ間に、個人情報などの取り扱い方法を規定した、利用規約などの約款を変更することができるのでしょうか。この点、多くの企業の約款には、その改定の方法が具体的に記載されていますので、以下、誰もがよく知っている大手企業の約款を、いくつかご紹介したいと思います。

 「当社は、利用者に事前の承諾を得ることなく、本サービス上で告知あるは弊社が適当と判断する方法で利用者に通知することにより本規約を変更できるものとします」(セブンネットショッピング)

 「当社は、利用者の事前の承諾を得ることなく、本規約を変更できるものとします」(ユニクロ・ジーユー オンラインストア)

 「リクルートは、ユーザーの承諾を得ることなく本規約を変更することができるものとします。変更後の本規約は、リクルートが別途定める場合を除いて、本サイト上で表示された時点より効力を生じるものとし、ユーザーが、本規約の変更の効力が生じた後に本サービスをご利用になる場合には、変更後の本規約の全ての記載内容に同意したものとみなされます」(ポンパレモール)

 「弊社は、弊社が定める方法により、会員の承諾を得ることなく、本規約への新たな追加又は変更をすることが出来るものとします。会員は、追加又は変更後の規約内容を承諾したものとみなします。会員は、本規約変更後は変更された条件に拘束される事になりますので、定期的にこの規約を見直すようにしてください」(ヤマダウェブコム)

 「当社は、利用者の事前の承諾を得ることなく、サイト上での掲載又はメール等の当社が適当と判断する方法で利用者に告知又は通知することにより、適宜、本規約の全部又は一部を変更できるものとします」(ZOZOTOWN)

 ちなみに、ヤフーの利用規約も「当社が必要と判断した場合には、お客様にあらかじめ通知することなくいつでも本利用規約を変更することができるものとします」とされています。

 以上のように、多くの企業の約款は、企業側が、利用者の事前の承諾を得る必要はなく、また個別の通知などを行うことなく、自由に約款の変更を行うことができるような建付になっています。つまり、このような規程を置いている限り、企業は、いつでも自由に約款の内容を変更する事が出来ることになるわけです。

 ちなみに、ヤフーとCCCの件でも、規約変更につき、利用者の個別の承諾を取っていないわけですが、上記のように、そのような承諾を一々取ることなく約款を改正することは一般的であり、しかも、本件では、ある日突然改正したというわけではなく、規約の改正を事前にサイトで告知していたとのことであり、そういった告知を見逃して、「知らぬ間に」利用者に関わる情報が他社に提供されることになったとしても、法的には特に問題とならないわけです。

 つまり、相談者が抱いた疑問(個別に本人の了解をきちんと得ないままに、他社に利用履歴の情報などを提供するようなことが許されるのか)については、少なくとも法的には、個人に関わる情報の取り扱いにつき規定した約款を適正に改正する限りにおいて、問題にはなりづらいということになります。ここでは、利用者の認識や承諾は基本的に必要ないからです。

利用者の納得を得られる丁寧な手続きを

 以上説明してきたように、ヤフーとCCCの案件については、前述のように、匿名化という点で個人情報保護法上の問題についてはきちんと対応しているほか、規約等の改正(第三者に情報提供を行う旨)についても適正に実施されており、さらに念を入れてオプトアウト(情報提供の停止)の仕組みを用意しているなど、法的に問題はないように見えます。

 とはいえ、スイカの騒動の時と同様に、もう少し、突然自らの情報が第三者に渡ってしまうという事について利用者がどのように感じるかという点を重視して、より丁寧な告知の手続きを実施することが必要ではなかったかという気もします。つまり、プレスリリースなどにより十分な告知を行う、メールなどにより個別に今回の改正内容を告知する、サイトのトップページの目立つ場所に掲示するなど、様々な手段を実行することにより利用者の周知を図るなど、可能な手段をすべて取ることを検討しても良かったのではないかと思えます。

 もちろん、ほとんどの企業は、利用規約を変更するたびに、そのような丁寧な対応を取ってはいません。ただ、スイカにおける騒動の記憶がまだ残っており、ビッグデータの利活用について法改正の動きがある最中、ネット業界における両社の地位にかんがみれば、他にもっとやりようがあったのではと考えるのは私だけではないと思います。

 政府のIT総合戦略本部は、6月24日、「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱」を決定し(現在パブリックコメント募集中)、一定の規律の下で、原則として本人の同意が求められる第三者提供等を、本人の同意がなくても行うことを可能とする枠組みを導入するといった方向で動き出しました。そこには、2015年1月以降、可能な限り早期に関係法案を国会に提出することも明記されており、これらの新しい制度が確定するまでは、当分の間、今回のようなケースが話題になりそうです。

 

2014年07月23日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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