購入した家で前所有者が餓死…説明なしでいいの?
相談者 A.Aさん
この春、待望のマイホームを購入しました。古い家ですが、長年大事に使われていたようで、多少のリフォームをしただけで見違えるような建物になりました。駅からやや遠いとはいえ、勤務先まで45分で行けますし、スーパー、学校、病院などもすぐ近くにあり全く不便さは感じません。
何より、ついに一国一城の
そんな私に、突然大きな災難がふりかかってきました。その発端は、妻が、地元のコーラスグループに入ったところ、古くから近くに住んでいる人から、嫌な
(回答)
自殺物件を巡る報道
今月初め、不動産仲介業大手が、福岡市内の2件のマンション物件について、以前の入居者が室内で自殺したことを説明せず、新たな入居者に賃貸して問題となったことが報道されました。社内システムに物件情報が入力されていなかったことが原因とのことであり、同社は、物件の説明義務を定めた宅地建物取引業法に違反した可能性があるとして、入居者に謝罪したとのことです。
詳しい事実関係が分からないので、この業者の対応に対するコメントは差し控えますが、ネットでは、「謝罪して済むような問題か」という趣旨の書き込みがある反面、「相場より賃料が安いなら問題ない」「気にならない」といった趣旨の書き込みもあり、この手の問題に対する人の受け止め方の違いを反映し、事件への評価も分かれているようです。現に、賃料や販売価格の割安さに着目し、この手の物件の購入を希望する人を対象とした、専門の不動産業者も存在しています。
ただ、一般的には、新しく住み始めた賃貸住宅で、自分の前の住人が、その部屋で自殺していたり、自殺でないとしても不審な死を遂げていたり、場合によっては殺害されていたというような場合、それが分かっていたら引っ越してこなかったのに……と考える人が多いと思います。もちろん、そういう事実に無頓着で気にならない人だとしても、だったら賃料の減額交渉をしたのに、ということにもなるでしょう。
過去に自殺といった死亡事故が起きるなど、心理的に敬遠される事情を抱えた不動産物件は、業界で「事故物件」とか「訳あり物件」などと呼ばれています。これは報道された事件のような賃貸物件ばかりではなく、物件を購入する場合にも同様にあてはまります。今回は、そういった物件を、事情を知らずに購入してしまった場合、どのような対応を取ることができるかという相談となります。
「事故物件」の定義・内容
「事故物件」とは「訳あり物件」などとも呼ばれ、法的に明確な定義があるわけではありませんが、一般的には、販売や賃貸を予定するマンション・アパートの部屋や、土地、家屋などの物件において、以前、自殺、殺人、火災などによる焼死、不審死、事故死などの人の死亡に関わる事件があった場合を指すと説明されたりしています。こうした物件は、居住したり購入したりするにあたり、通常は心理的な抵抗が生じるので、「心理的
判決でも曖昧な基準が
ちなみに、大阪高等裁判所・昭和37年6月21日判決は、売買の目的物となった建物内で
「売買の目的物に瑕疵があるというのは、その物が通常保有する性質を欠いていることをいうのであって、右目的物が家屋である場合、家屋として通常有すべき『住み心地のよさ』を欠くときもまた、家屋の有体的欠陥の一種としての瑕疵と解するに妨げない。しかしながら、この家屋利用の適性の一たる『住み心地のよさ』を欠く場合でも、右欠陥が家屋の環境、採光、通風、構造等客観的な事情に原因するときは格別、それが、右建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景など客観的な事情に属しない事由に原因するときは、その程度
……瑕疵といいうるためには、単に買主において右事由の存する家屋の居住を好まぬというだけでは足らず、さらに進んで、それが、通常一般人において右事由があれば『住み心地のよさ』を欠くと感ずることに合理性があると判断される程度にいたったものであることを必要とする、と解すべきである」
この判決では、「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があるかどうかという、非常に曖昧な基準が示されているだけであり、特段の明確な基準が提示されているわけででもなく、実務上は、過去の裁判例を参考にしながら、個別に判断していくしかないわけです。ちなみに裁判所は、心理的瑕疵の有無とその程度を判断するにあたっては、問題となった事件の内容のみではなく、事件の重大性、経過年数、買い主の使用目的、近隣住民に事件の記憶が残っているかどうかなどを総合的に考慮して判断しており、一層、基準が不明確になっています。
今回のケースは人の死に関わる心理的瑕疵
今回相談のケースは、購入した物件で過去に居住者が不審死したということになりますので、事故物件の類型のうちの心理的瑕疵物件として、売り主や、仲介業者に対して、何らかの責任追及ができるかどうかが問題となるわけです。
前述のように、事故物件の概念は広く、そのすべてをここで説明することは困難ですから、本稿においては、人の死に関する心理的瑕疵の態様に絞って、解説を行いたいと思います。また、本稿では、損害賠償請求の内容(法的性質)や仲介業者の責任(宅地建物取引業法の問題)といった難しい法的問題については深入りせず、あくまで、どういったケースの場合に、何も事情を知らなかった物件の買い主が、責任追及をしていけるかに焦点を絞って説明していきます。
実際に責任追及していこうという場合、契約の解除までできるか、損害賠償の範囲はどこまでか、仲介業者の責任はどこまで認められるかなどについては、事案の内容によって異なりますので、弁護士などの専門家にご相談頂きたいと思います。
以下、過去の裁判等で問題となった事例を類型化すると、<1>殺人事件など他殺の場合、<2>自殺の場合、<3>火災等の事故による死亡や変死の場合、<4>自然死・病死の場合などに分けることができると思われますので、その順に説明していきます。
殺人事件などの他殺の場合
基本的に、殺人事件などの場合、その残虐性が大きいことから、一般人における嫌悪性も強く、周辺住民の記憶により長く残ることもあり、心理的瑕疵の程度も大きいと考えられます。
例えば、大阪地方裁判所・平成21年11月26日判決は、不動産業者である原告が、被告所有のマンションの1室を買い受けたのですが、その部屋ではかつて殺人とみられる死亡事件が発生しており、そのことを被告は知っていたにもかかわらず原告に告げなかったというものです。原告は被告に対し、売買契約の解除を主張し、支払い済みの代金額及び約定の違約金の支払いを求め、裁判所はいずれも認容しています。
同様に、東京地方裁判所・八王子支部平成12年8月31日判決は、農山村地帯における
自殺の場合
次に、この手の事故物件の典型と言われている、自殺について見ていきたいと思います。
横浜地方裁判所・平成元年9月7日判決は、家族の居住のため、マンションを購入した人が、そのマンションで6年前に縊首自殺があったことを理由として、売買契約の解除と損害賠償を求めたケースです。この判決は、前述の大阪高裁と同様の基準を前提として、「原告らは、小学生の子供2名との4人家族で、永続的な居住の用に供するために本件建物を購入したものであって、右の場合、本件建物に買受の6年前に縊首自殺があり、しかも、その後もその家族が居住しているものであり、本件建物を、他のこれらの類歴のない建物と同様に買い受けるということは通常考えられないことであり、右居住目的からみて、通常人においては、右自殺の事情を知ったうえで買い受けたのであればともかく、子供も含めた家族で永続的な居住の用に供することは、はなはだ妥当性を欠くことは明らか」であると判示し、原告の請求を認めています。
これに対し、東京地方裁判所・平成21年6月26日判決は、建物の売り主の家族が居室で睡眠薬を多量に飲んで病院に搬送され、約2週間後に病院で死亡した、つまり自殺を図ったが当該物件内ではなく病院で死亡したというケースにおいて、「いわゆる首つりなどの縊死の場合や、殺人事件などの場合とは社会的な受け止め方が異なる」とし、売買契約の解除は認められず、本件不動産の売買代金額の1パーセントに相当する金額の限度で損害賠償請求を認容するにとどまっています。すなわち、同判決は、「本件においては、自殺といっても、いわゆる縊死などではなく、睡眠薬の服用によるもので、病院に搬送された後、約2週間程度は生存していたというのであって、本件建物内で直接死亡したというものではないから、もともと瑕疵の程度としては軽微なものということができる。しかも、そのような事実があったとしても、一般的には時間の経過とともに忘れ去られたり、心理的な抵抗感は薄れるものであるところ、原告が本件建物を取得した平成17年12月2日時点において、本件自殺から既に1年11か月が経過していたのであるから、この意味からも、『瑕疵』としては極めて軽微なものになっていたと認めるのが相当である」とし、上記のような結論を導いているのです。
なお、賃貸物件の事案ですが、東京地方裁判所・平成19年8月10日判決は、「自殺があった建物(部屋)を賃借して居住することは、一般的に、心理的に嫌悪感を感じる事柄であると認められるから、賃貸人が、そのような物件を賃貸しようとするときは、原則として、賃借希望者に対して、重要事項の説明として、当該物件において自殺事故があった旨を告知すべき義務があることは否定できない」と前掲の判決と同様に一般論を指摘した上で、次のように判示しています。
「しかし、自殺事故による嫌悪感も、もともと時の経過により希釈する類のものであると考えられることに加え、一般的に、自殺事故の後に新たな賃借人が居住をすれば、当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情がない限り、新たな居住者である当該賃借人が当該物件で一定期間生活をすること自体により、その前の賃借人が自殺したという心理的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れるものと考えられるほか、本件建物の所在地が東京都世田谷区という都市部であり、かつ、本件建物が2階建10室の主に単身者を対象とするワンルームの物件であると認められることからすれば、近所付き合いも相当程度希薄であると考えられ、また、Aの自殺事故について,世間の耳目を集めるような特段の事情があるとも認められないことに照らすと、本件では、原告には、Aが自殺した本件○号室を賃貸するに当たり、自殺事故の後の最初の賃借人には本件○号室内で自殺事故があったことを告知すべき義務があるというべきであるが、当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り、当該賃借人が退去した後に本件○号室をさらに賃貸するに当たり、賃借希望者に対して本件○号室内で自殺事故があったことを告知する義務はないというべきである」
つまり、原則として、自殺があったことを告知する義務はあるものの、具体的事情によっては、告知すべき期間につき限定的にとらえる余地もあるということが理解できます。結局は、通常一般人において、当該事由があれば「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があると判断される程度にいたっているかどうかにより判断せざるを得ないのではないかと思われます。
事故死、変死の場合
東京地方裁判所・平成22年3月8日判決は、売買の目的たる土地上にあった建物内で、3年7か月前に失火による死亡事故が発生し、焼死者が出たというケースですが、次のように判示しています。
「売買の目的物に瑕疵があるというのは、その物が通常保有する性質を欠いていることをいうのであり、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれると解されるところ、上記事実関係のもとでは、本件土地あるいはこの上に新たに建築される建物が居住の用に適さないと考えることや、それを原因として購入を避けようとする者の行動を不合理なものと断じることはできず、本件土地上にあった建物内において焼死者が発生したことも、本件売買契約の目的物である土地にまつわる心理的欠陥であるというべきことになる。本件土地で生じたのが殺人や自殺ではないことは、被告が主張するとおりであるが、焼死などの不慮の事故死は、一般に病死や老衰などの自然死とは異なって理解されるから、生じたのが事故死であるからといって、瑕疵の程度問題の考慮要素にとどまるものであり、従前争われたケースの多くが自殺又は他殺の類型であることも、上記判断を左右しない」
また、名古屋高等裁判所・平成22年1月29日決定は、競売がなされたマンションにおいて、買受人が競売物件の中で死亡後4か月を経過した元所有者の遺体(死因不明の変死)を発見したケースですが、次のように判示しています。
「本件においては、上記のとおり、本件債務者兼所有者がその居住していた本件物件内において死亡し、春から真夏にかけて4か月以上もの間遺体が残置され、平成21年8月21日の遺体発見時には腐乱した状態で強烈な異臭を放っていたことが認められ、このような場合には、床や敷物の状況等にもよるが、遺体が残置されていた場所の床が変色したり、床、天井、壁等に異臭が染みついて容易には脱臭できなくなるのが通常であり、それにもかかわらず、その後本件物件内には特に手を加えられた形跡がないというのであって、腐乱死体による床の変色や異臭の床、天井、壁等への残存といった状態が現在も継続しているのであれば、相当広範囲にわたり床、天井、壁紙の貼替え等を要するところであり、それ自体が本件物件の交換価値を低下させる物理的な損傷であるということができる上、たとえ床の変色が当初から存在せず、現在では室内の異臭が解消しているものであるとしても、前記認定によれば、本件物件内に死因不明の前居住者の遺体が長く残置され、腐乱死体となって発見された事実は、周辺住民に広く知れ渡っていることがうかがわれることからすると、本件物件を取得した者が自ら使用することがためらわれることはもちろん、転売するについても買手を捜すのは困難であり、また、買手が現れたとしても、本件のような問題が発生したことを理由にかなり売買価格を減額せざるを得ないことは明らかであるから、本件物件の交換価値は低下したものといわざるを得ず、このことは、本件債務者兼所有者の死因が自殺、病死又は自然死のいずれであるかにかかわらないところである」
自然死・病死の場合
自然死は社会通念上の心理的瑕疵とは原則として判断されません。事故死・変死のところで指摘した、東京地方裁判所・平成22年3月8日判決も「焼死などの不慮の事故死は、一般に病死や老衰などの自然死とは異なって理解されるから」としており、自然死などは当然問題になり得ないという前提であることがうかがわれます。例えば、病気の親を、その希望に従って、病院から家に連れて帰って自宅で最期の時を迎えたからといって、不動産取引の際に買い主に対して告知しないといけないという結論が不合理であることは言うまでもないと思います。ただ、特段の事情として、孤独死で長期間放置されていたなど事件性が認められるような場合は、上記変死の類型として考えられるものと思われます。
この点、賃貸物件の事案ですが、東京地方裁判所・平成18年12月6日判決は、「本件建物の階下の部屋で半年以上前に自然死があったという事実は、社会通念上、賃貸目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥に該当するものとまでは認め難いといわざるを得ず、したがって、賃貸目的物に関する重要な事項とはいえないから、かかる事実を告知し、説明すべき義務を負っていたものとは認め難いというべきである」と判示しています。
相談者は契約解除や損害賠償請求の検討を
今回の相談者のケースですが、台所にいた娘さんが突然脳梗塞で倒れそのまま死亡したという点は病死に該当すると思われます。それに対し、その後誰からも面倒を見てもらえず母親が餓死した点については、自然死・病死とも評価できるかもしれませんが、現代の日本において餓死という死因は極めて珍しいですし、その原因も考え合わせると、変死と評価することができると思います。
また遺体が長期間放置されており、おそらく発見された際の遺体は相当傷んでいたことが想定されるのであり(前記名古屋高等裁判所判決をご参照下さい)、心理的瑕疵に該当するとされる可能性は高いと思われます。さらに、相談者は、家族全員で居住するために物件を購入したのであり、遺体が発見された建物自体が目的物であったという点、一時は警察も関与して事件性が疑われ、近隣の住民にも事件が広く知れ渡っていたということからすれば、その心理的瑕疵の程度は大きいとも言えそうです。
売り主は、「別に殺人事件があったり、誰かが自殺したりしたわけじゃないんだから、一々説明などする必要はない」と述べていたそうですが、確かに、本件は、一般に事故物件と言われる、他殺や自殺といった典型的ケースとは異なります。ただ、本件判断の原点に立ち返り、既にご紹介した、大阪高等裁判所・昭和37年6月21日判決が示した基準と照らしあわせれば、本件が買い主に対し告知すべきものであることを容易に理解してもらえると思います。すなわち、「それが、通常一般人において右事由があれば『住み心地のよさ』を欠くと感ずることに合理性があると判断される程度にいたったものである」かどうかが問題なのであり、他殺や自殺といったケースに限定されるわけではないのです。
相談者が述べるように、夜中にトイレに行った時、台所の方に人のいるような気配がして思わず振り返ってしまったり、ベッドで天井を見上げていると、この家で人が餓死したんだ、辛かっただろうなあなどと考えたりしてしまうというのは普通の感覚と思われるのであり、本物件について「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があると、通常は判断されるのではないかと思われます。
従って、相談者としては、売り主に対する契約解除の要求や、売り主及び仲介業者に対する損害賠償請求を求めるといった、法的手段を取ることを検討されてもよろしいかと思います。
不動産を購入する際には
不動産物件を購入する場合、後日、前述のような不具合が判明すれば、法的請求を行うことが可能です。ただ、当然のことながら、相手方が争ってきた際には、裁判などで争うこととなり、大変に手間のかかる事態になります。購入する前に、物理的瑕疵は当然のことながら、心理的瑕疵についても、その存在の有無を十分に調査した上で、購入するか否かを判断することが望ましいことになり、そのための事前の情報収集が重要になります。
「告知事項あり」「重要告知事項あり」などと明記された物件資料があれば、事故物件であることは容易に分かりますので、その具体的内容を確認すべきですし、不動産情報サイトで「瑕疵あり」や「事故」などと検索すると、瑕疵物件の一覧が出てきますので、そういったところから情報収集ができる場合もあると思われます。
ただ、売り主と仲介業者が共謀してそういった情報を秘匿することも考えられますので、内覧などで物件を見に行く機会に、近隣の人にさりげなく聞いてみるということも良いかもしれません。特に、購入を検討している物件が、付近の相場からみて明らかに安いといったような場合は、少し慎重に、なぜ価格が安いのかの理由について情報収集し、事故物件と知らずに購入してしまうような事態とならないように十分気をつけたいものです。