出産後に「マタハラ」、無事に職場復帰できる?

相談者 AAさん(33)

 私は大学を卒業してからある全国的な流通系の企業に入社してそれなりのキャリアを積んできました。5年前に結婚した夫の収入だけでも何とか暮らしていけたのですが、子供が生まれたときの教育費のことも考え、会社は辞めずに働いてきました。

 勤務先の会社については、「女性の働き方にも理解がある企業風土」と思って選んだつもりだったのですが、それはとんでもない思い違いでした。リストラで数が減った社員のぎりぎりの働きで回っているのが実態であり、体力が落ちている会社が社員に十分な福利厚生を提供できるわけがありません。

 私が産休・育児休業を申請した時も、会社の社員に対する余裕のなさが如実に表れていました。私の申し出に上司は露骨に嫌な顔をしました。最終的に許可してくれたのですが、「君の戻る場所があればいいね」と言われたのが忘れられません。その時は、私は単なる嫌味だと思っていました。

 親や周りの友人などからは、これを機に会社を辞めて専業主婦になることを勧められました。しかし、私はまだまだ働きたいと考え、夫もそれを支持してくれたので辞めずに踏ん張ったのです。

 この時、悩んだ私を勇気づけてくれたのが、フェイスブック社のシェリル・サンドバーグCOO(最高執行責任者)の著書「LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲」という本でした。彼女は、良き夫と2人の子どもに恵まれた母親でありながら、世界的な企業の経営者として、2011年には「フォーブス」誌が選ぶ世界で最もパワフルな女性ランキングで5位に入るほどの活躍をしています。

 一介の社員がこんなスーパーウーマンを手本にしても、鼻で笑われるのがオチで口に出したことはありません。しかし、私としては彼女を目標にこれからも会社で頑張っていきたいと思い、退社しないという道を選んだわけです。

 その後、長男を無事出産し、保育園も決まりました。いよいよ育児休業から復帰という段になり、会社の上司に話したところ信じられない言葉を投げつけられました。

 「残念だが君の戻る部署はない。派遣社員なら復帰も可能だがどうする」

 そんなはずはないと思い、ネットなどで調べていくと、こういった事例は結構世間ではありふれた事象であり、「マタハラ(マタニティー・ハラスメント)」などとも呼ばれているそうです。

 安倍首相も、これからは女性の時代だと高らかに宣言しているのに、このような事が許されて良いわけがありません。妊娠を機に産休に入り、その後職場復帰するケースにおける、女性の保護に関わる法律について教えていただけないでしょうか。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)

(回答)


「マタハラ」が阻む「女性が輝く日本の実現」

 今年1月20日、産業競争力会議は、「成長戦略進化のための今後の検討方針」を発表しました。その冒頭には、働く人と企業にとって世界トップレベルの活動しやすい環境を実現するとの視点から、「我が国最大の潜在力である女性の力を最大限発揮させるための取組」を進めることが掲げられています。

 そして、「女性が輝く日本の実現」を目指し様々な提言を行っており、具体的には「女性の活躍を支える社会基盤整備を強力に進める。」とした上で、「『待機児童解消加速化プラン』を確実に実施する。あわせて、保育士不足に対応するための方策を検討する。また、就学前のみならず、小学校入学後も、子どもが安心して過ごせる居場所を確保し、子どもを持つ女性等の就業を更に促進する観点から、待機児童解消等に向けた学童保育の充実等について検討を行う。また、働き方の選択に対して中立的な税制・社会保障制度の在り方や、ベビーシッターやハウスキーパー等の家事・育児支援サービスの利用者負担軽減に向けた方策、品質保証の仕組みの導入、人材供給の拡大のための方策等について検討する。」として、総理主導で、「女性が輝く社会の実現に向けた全国的なムーブメントを作り出す。」などとしています。

 ただ、近時、そういった社会の流れに水を差す動きとして、マタニティー・ハラスメントが、新聞等で話題となっています。そこで、今回は、働く女性が妊娠・出産を理由に不利益な取り扱いをされないように、法がどのような規制をしているかについて整理してみたいと思います。

「マタニティー・ハラスメント」とは?

 マタニティー・ハラスメントとは、働く女性が妊娠・出産を理由に、解雇されたり雇い止めされたり、その他の不利益取り扱いをされたりすること、及び妊娠・出産にあたって職場で受ける精神的・肉体的なハラスメントのことを言います。

 セクシャル・ハラスメント(セクハラ)、パワー・ハラスメント(パワハラ)は、既に一般社会や企業において問題の重要性が認識され、企業法務における重要な一分野ともなっていますが、近時、この新しいハラスメントにも注目が集まっています。ちなみに、マタニティー・ハラスメントも他のハラスメントと同様に、用語を省略して「マタハラ」と呼ばれることが多く、本稿でも引用等以外は、マタハラという言葉を使いたいと思います。

 なお、近時は、マタハラにとどまらず、男性の育児参加を妨げる事象が、パタハラ(「パタニティ=父性=・ハラスメント」)と呼ばれ注目されつつあり、育児を巡る社会の意識の変化が、こうした新たな用語を次々と生み出しているわけです。企業も、この時代の変化にきちんと対応していかないと、かつて、一部の企業が社内におけるセクハラやパワハラを原因として、大きなダメージを受けたようなことになりかねないので、注意が必要です。

マタハラの具体例

 マタハラの具体例としては、例えば次のような事例がよく挙げられます。いずれも、後述する、妊娠・出産に関連して女性労働者を保護する法令に抵触していると思われるような事例ばかりです。
 <1>会社に妊娠の報告をしたところ、出産後、「すぐの職場復帰は難しいだろうし、会社は人手不足だから」として一方的に解雇された。
 <2>契約社員として長く働いていたが、産休を取得したいと申し出たところ「次の契約期間中、まったく出勤できないなら契約の更新はできない」と言われた。
 <3>妊娠したことを会社に報告したところ、「つわりや体調不良で何かと会社を休みがちになるだろうから」ということで配置転換され、それまでの仕事を与えられなくなり、減給もされた。
 <4>妊娠して体が疲れやすくなったために、勤務時間を毎日1時間短縮し、休憩時間の回数を増やしてもらったところ、「勤務状態が不規則だから」として降格された。
 <5>妊娠の検診や体調不良等で早退することが多くなったところ、上司から「早く帰れていいね、私はその分残業かなあ」と他の社員も聞いている中で嫌みを言われた。

妊娠・出産に関連して女性を保護する法令

 ハラスメント(嫌がらせ)と呼ばれる以上は、それに対応して保護されるべき権利や状態などが存在していることになりますが、マタハラの場合はどうでしょうか。以下、妊娠・出産を経験しながら働こうとする女性に関する法律上の保護に関して、主なものを取りあげてみたいと思います。

<1>労働基準法


産前産後の休業中プラス30日間の解雇は禁止

 労働基準法第19条1項本文は、「使用者は、…産前産後の女性が第65条の規定(筆者注:後述する産前産後の休業などに関する規定)によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。」と規定し、女性労働者の母体保護の観点から付与される産前産後の休業を取得したことを理由とする解雇を認めていません。あくまでも例外的に、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能になった場合」に解雇できるにすぎません(同条1項但書)。もっとも、その場合でも、使用者の一方的判断に委ねたのでは労働者に不利益になる場合があるため、この事由があることについて行政官庁(労働基準監督署長)の認定を受けなければなりません(同条2項)。

法律で定められた産前産後の休業

 労働基準法第65条1項は、「使用者は、6週間(多胎妊娠の場合にあつては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。」とし、同条2項は「使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。」としています。

 なお、産休・育休について、会社の規模が小さいからそういった制度はないというような発言をたまに耳にしますが、社内で制度として明文化されていないとしても、これは法律で定められた制度なのですから、会社が、その規模を理由として、産休・育休の請求を拒むことは出来ません。また細かい話ですが、産休期間や育休期間は、年次有給休暇の発生要件である出勤率(所定労働日数の8割以上の出勤)の算定にあたっては、出勤日として計算されることになっています(同第39条)。

簡易業務への転換

 労働基準法第65条3項は、「使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない」と定めており、身体に大きな負担を与える業務(販売員等長時間の立ち仕事、階段の頻繁な昇降を伴う作業、腹部を圧迫する作業、重量物を扱う作業)については、負担の少ないデスクワークや軽作業への転換を請求することができます。

残業、夜勤、休日出勤も拒否できる

 ほかにも、労働基準法第66条では、妊産婦が請求した場合、会社は、時間外労働や休日出勤、深夜業をさせることができない旨規定していますし、変形労働時間制の場合でも、妊婦は1日(8時間)及び1週間(40時間)の法定労働時間を超えて働く必要はありません。

 また、同第67条では、生後満1年に達しない子を育てる女性は、休憩時間の他に、1日2回、少なくとも30分、その子を育てるための時間(育児時間)を請求することができ、使用者は育児時間中、その女性を使用してはならないとも規定されています。

<2>男女雇用機会均等法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)


妊娠中・産後1年以内の解雇は原則無効

 男女雇用機会均等法第9条4項は、「妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。」と定めています。つまり、妊娠中・産後1年以内の解雇は、事業主が妊娠、出産、産休を取得したこと以外の正当な理由があることを証明できない限り無効とされるわけです。

妊娠、出産等を理由とする不利益取り扱いは禁止

 男女雇用機会均等法第9条1項~3項は、事業主の以下の行為を禁止しています。
 <1>女性労働者が婚姻、妊娠、出産した場合には退職する旨をあらかじめ定めること。
 <2>婚姻を理由に女性労働者を解雇すること。
 <3>厚生労働省令で定められている事由を理由に、女性労働者に対し不利益な取扱いをすること。

 なお、「厚生労働省令で定められている事由」とは、次のようなものを言います。
 (1)妊娠したこと
 (2)出産したこと
 (3)母性健康管理措置を求め、または受けたこと
 (4)産前休業を請求したこと、または産前休業したこと、産後に就業できないこと、または産後休業したこと
 (5)時間外等に就業しないことを請求しまたは時間外等に就業しなかったこと
 (6)育児時間の請求をし、または取得したこと
 (7)妊娠または出産に起因する症状により労働できないこと、労働できなかったこと、または能率が低下したこと
 (8)坑内業務・危険有害業務に就けないこと、これらの業務に就かないことの申出をしたこと、またはこれらの業務に就かなかったこと
 (9)軽易業務への転換を請求し、または転換したこと。

 また、「不利益な取扱い」には、
 (1)解雇すること
 (2)降格させること
 (3)就業環境を害すること
 (4)不利益な自宅待機を命ずること
 (5)減給、または賞与等において不利益な算定を行うこと
 (6)昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと、
 (7)不利益な配置の変更を行うこと
 (8)期間を定めて雇用される者について契約の更新をしないこと
 (9)あらかじめ契約の更新回数の上限が明示されている場合に当該回数を引き下げること
 (10)退職の強要や正社員からパートタイム労働者等への労働契約内容の変更の強要を行うこと
 (11)派遣労働者として就業する者について派遣先が当該派遣労働者の勤務を拒むこと
 などが該当します。

勤務時間内でも検診に行ける

 さらに、男女雇用機会均等法第12条は、会社に対し妊婦が保健指導や妊産婦検診等を受診するために必要な時間(通院休暇)を確保することを義務付けており、妊婦は会社に申請すれば勤務時間内でも受診することができます。同法第13条では、妊婦からフレックスタイムの活用や休憩時間の延長・休憩回数の増加等の対応を求めた場合、会社はそれに対して措置を講じなければならないことになります。

<3>育児・介護休業法(「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」)


母親も父親も育児休業の取得が可能

 育児・介護休業法第5条は、従業員が会社に申し出ることにより、子の1歳の誕生日の前日まで、原則1回に限り、育児休業をすることができます。また、会社は3歳未満の子を養育する従業員について、従業員が希望すれば利用できる短時間勤務制度を設けなければなりませんし、3歳未満の子を養育する従業員が申し出た場合、その従業員を所定労働時間を超えて労働させてはならないとしています。ちなみに、育児休業は母親ばかりでなく、父親も取得が可能です。

現職または現職相当職への復帰が原則

 育児・介護休業法第10条は、「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」としており、産前産後休業や育児休業を取得した場合の休業明けの労働条件は、「原職」または「原職相当職」への復帰が原則であり、一方的に労働条件を不利益に変更することが許されない旨を規定しています。

働く女性の9割がマタハラのことを知らない!

 マタハラは、それほど珍しい問題ではなく、多くが実際に起こり得る問題です。しかし、連合が2013年5月にインターネットにより実施した「マタニティー・ハラスメントに関する意識調査」の結果によると、マタハラという言葉やその意味を知っていたか否かという質問に対しては、79.5%の人が、言葉も意味もはじめて知ったと回答しています。聞いたことはあるが意味はよく知らなかったと回答した人も含めると約94%の方がマタハラについてほとんど知らないと回答しています。つまり、マタハラの認知度は約6%にすぎないということになります。

 他方、言葉の認知度とは別に、実際にマタハラに該当するような被害を受けたことがあると回答した人は25.6%に上っており、連合が2012年に実施したセクハラに関する調査データ(上記マタハラの調査とは母集団は異なります)によると、セクハラを受けたことがあると回答した女性が17.0%であったことからみれば、マタハラは、実はセクハラよりも大きな問題となっていると言うことができるかもしれません。

妊娠・出産に関する法律の保護について認識が低い現状

 マタハラについては、被害にあっている女性労働者自身でさえ、ハラスメントを受けているという認識が低く、それと関連して、法令についての周知徹底も図られていない現状が大きな問題点と言えると思われます。

 再び、上記の連合による調査結果を見てみると、「働く女性の妊娠・出産に関しては様々な法律で権利を保護されていることを知っていたか?」という質問について、半数の女性が法律の存在、またはその内容を知らないと回答しています。「職場に妊娠した社員をフォローする、ケアする仕組みがあるか?」という質問に対しては、仕組みは特にない、仕組みはあるが機能していないと回答した人が過半数となっています。

 冒頭に掲げた「女性が輝く日本の実現」のためには、マタハラという問題についての今後の周知徹底は大きな課題であると言えます。そのためには、妊産婦の働く環境を整えるための社内制度の整備や活用が必要になるでしょうし、社内制度を周知してもらう必要もあります。

 さらに、女性労働者だけではなく、男性社員、管理職社員等に広く認知してもらうとともに、上記法制度に関する知識向上が重要となります。それにより、制度を活用しようとする女性労働者だけでなく周囲でフォローする労働者にとっても制度活用の抵抗感を減らすことが可能になります。特に管理職は、実際に職場の業務調整を行いサポート体制づくりを指揮する立場にあるわけですから、研修を実施するなどによって理解を深めることが重要でしょう。

マタハラ被害に遭った場合の対処法

 さて、これまでご説明したように、相談者のケースでは、産休や育休を取得したことに関し、不利益な取り扱いを禁止した法律に反するものと考えられます。

 仮に、会社に妊娠や出産の報告をしたことや産前産後の休業を申し出るなどしたところ解雇等を言い渡された場合ですが、解雇理由証明書を請求するのがよろしいかと思われます。

 厚労省の通達では、その理由は具体的に記載しなければならないとされていますから、まずはそのような書面を請求してみて、自分が解雇された理由を確認することから全てが始まるわけです。

 もちろん、既にご説明したように、労働基準法第19条や雇用機会均等法第9条等に明確に違反した解雇は無効となりますから、真正面から産前産後の休業を解雇理由とされることはないでしょう。むしろ、これを契機に会社と話し合いをすることが可能となるかもしれませんし、その後の交渉の際における前提資料ともなります。また、仮に「能力不足」などの他の理由による解雇を主張されたとしても、解雇は合理的な理由と社会通念上の相当性が必要とされますので(労働契約法第16条)、具体的にどの様な能力が不足していたと評価されたのか、その評価はどのような事実から導き出されたのかなどの説明を求めていき、不当な解雇であることを主張して争っていくことも十分可能です。

 いずれにしても難しい話になりますので、一人で悩まずに、まずは、都道府県労働局等の公的機関などに相談してみるのが肝要です。また、大きな会社では内部に相談部門を設けているところもありますので、そこに相談してみることも考えられます。それでもらちがあかない場合は弁護士などの専門家に相談することになるかと思います。 

「妊娠したら退職」という古き慣例にとらわれずに

 シェリル・サンドバーグの「LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲」という本は私も読んで感銘を受けました。アメリカのように女性進出が進んでいるように思える国でも、女性が仕事を続けていくことに様々な障壁があることは意外でした。そして、この本の中で、女性の社会進出が遅れている国の例として、日本が何度も取りあげられていますが、夫と2人の子どもに恵まれた母親でありながら、世界的な企業の経営者となった彼女の奮闘の記録は、日本の多くの女性を勇気づけるものであると思います。

 私のクライアント企業でも、産休・育休から復帰した後に、子どもを育てながら、以前以上に華々しく活躍している女性をたくさん見ることができます。これからの日本の企業は、冒頭にも述べたように、「我が国最大の潜在力である女性の力を最大限発揮させるための取組」を、真剣に実践していかなければならないのであり、企業においては、既にご説明した様々な法規制を十分に認識して、「妊娠したら退職」というような古き慣例にとらわれずに、きちんとした対応を取ることが望まれます。

 

2014年03月26日 09時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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