日本でネットでの選挙活動が制限されているのはなぜ

   

日本でネットでの選挙活動が制限されているのはなぜ?

相談者 KCさん
  • イラストレーション・いわしま ちあき

 「フォー・モア・イヤーズ(あと4年)」。私のiPhoneに、こんな英文の“つぶやき”が表示された瞬間、横に座っていた若い白人女性が、歓声を上げて私に抱きついてきました。私は、思わずビールのグラスを手から落としそうになりました。

 「ワァーオーー」

 彼女だけではありません。周りにいる巨体の白人や黒人の男性が大声を上げて足を踏みならし、バーの中はお祭り騒ぎです。

 2012年11月6日、駐在先のニューヨークで体験した大統領選の勝利確定の瞬間です。勝利演説よりも2時間も早く、オバマ大統領の再選のつぶやきがツイッターで伝えられたのです。民主党支持者たちは、待ちに待った再選を自分のことのように興奮して喜び合っていました。   

 この時ほど、民主主義がアメリカの庶民の血肉になっていること、さらにインターネットにより有権者と政治家が結びついていることを、実感したことはありませんでした。長年暮らしてきたアメリカでは、大統領選をはじめ、ネットを利用した選挙活動が盛んです。特に、2008年の大統領選でオバマ陣営が本格的に活用したソーシャルメディアは、今では重要な選挙活動の手段となっています。

 フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアだけでなく、動画サイト・ユーチューブも大いに活用されて選挙戦を盛り上げています。有権者の多くは、ネットから選挙関連の情報を入手しています。今や、ネットのない選挙活動はアメリカでは考えられないのです。

 大統領選の翌月、久しぶりに日本に帰ってくると“師走選挙”のまっただ中でした。12もの政党が入り乱れた第46回衆院選、私も有権者の一人として候補者のホームページやツイッターで、政策や人柄を見極めようとしました。ところが、全くと言っていいほど選挙や政策に関する候補者の意見や考えは載っていないのです。

 「よろしくお願いします」「~をさせていだきます」「~でございます」と、街頭での選挙戦は昔と何ら変わらず、候補者がウグイス嬢を引き連れて選挙カーで自分の名前やワンパターンの政策のフレーズを絶叫するだけです。候補者がいったい何を主張しているのか、全くわかりません。

 新聞には政治家の発信するツイッターやフェイスブック、ブログなどの選挙期間中の更新は法律で禁止されている、と書いてありました。

 仕方ないので、候補者が所属している政党で判断して投票しました。候補者は所属政党が掲げる綱領などに賛同しているのでしょうが、微妙な意見の違いもあるはずです。選挙では、投票の判断材料となる候補者ごとの考えの違いが伝わってきませんでした。

 ソーシャルメディアは、候補者と有権者の距離を容易に近づけられるのに、日本では選挙での利用をなぜ禁止しているのか、その根拠がわかりません。

 日本で、ネットでの選挙活動が制限されている理由を教えていただけますでしょうか?(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

回答


ネット選挙解禁への動き

 近時、インターネットを使った選挙運動解禁の話題がメディアをにぎわせています。

 昨年12月21日、当時の安倍自民党総裁は、eビジネス、ITビジネスなどを行う企業群が参加する「新経済連盟」(代表理事:楽天三木谷社長)との懇談会で、今年夏の参院選までにインターネットを活用した選挙運動を解禁させたい考えを示し、話題になりました。

 その後、衆院選挙で圧勝し首相に就任した安倍総理は、就任後最初の記者会見で、選挙期間中のネット利用につき「参院選までの解禁を目指していきたい」と明言しました。

 「今の公職選挙法自体がポジティブリストになっており、この法律ができたのは、ずいぶん昔の話。今はインターネットを多くの人たちが活用している」とした上で、「選挙でインターネットを使わないのは不自然だと考えている。むしろ、自分の考えを多くの人に知ってもらう上では予算もかからないし効果的。多くの人が、同じ土俵で戦えることにもなる」と、ネット選挙の意義を強調しました。

 ちなみに、安倍総理による「公職選挙法自体がポジティブリストになっている」との指摘ですが、ポジティブリストとは、法規制の一つの手法であって、原則としてすべて禁止とし、許されるものだけを一覧表(リスト)にする形で示して規制を行うものです。このような手法だと、リストに載っていない、新しく生まれた選挙手法などは、原則として禁止されることになります(このあたりは後述します)。

 それを踏まえて、1月31日、自民党の選挙制度調査会は、公職選挙法で禁じられているインターネットを利用した選挙運動をほぼ全面的に解禁する法案の概要を了承しました。それによると、
(1)選挙期間中でも候補者が自らのホームページやツイッター、フェイスブックなどを更新できる
(2)受け取りを希望している人に限って電子メールを送信できる
(3)政党に限ってインターネットに有料広告を出せる
――などを認めるというものです。

 いよいよ動き出したネット選挙解禁ですが、夏の参院選でどのような選挙活動が行われるか、今から楽しみです。

米大統領選で威力を発揮したソーシャルメディア

 ご相談者も指摘するように、アメリカではネットによる選挙運動が積極的に実施されており、その活用度合いが勝負を分けるとも言われています。

 2008年にオバマ氏とジョン・マケイン氏が対決したアメリカ大統領選挙では、ユーチューブ(2005年にサービス開始)、フェイスブック(2006年に一般向けサービス開始)、ツイッター(2006年にサービス開始)といったソーシャルメディアのインフラが出そろい、候補者と有権者とを結ぶ接点として、本格的に活用されました。

 特に、オバマ陣営は、公式サイトに、支援を目的にしたSNS「マイ・バラク・オバマ・コム」を組み込み、支援者との双方向の交流を積極的に行いました。SNSを通して支持層の輪が拡大し、集会の参加者も増えて小口の集金活動などで大きな成果を発揮したと言われています。また、ユーチューブ上では、「Yes We Can」が2000万回以上という記録的視聴数となりました。

 オバマ氏によるソーシャルメディア戦略は、2012年の大統領選において、さらに進化し、フェイスブックの「いいね!」の数は、オバマ氏が約3380万なのに対して、ロムニー氏は約1200万。ツイッターのフォロワー数で見ると、オバマ氏が約2400万人に達するのに対して、ロムニー氏は174万人で、いずれもオバマ氏が圧倒していました。

 大統領再選が確実になったオバマ氏が、「フォー・モア・イヤーズ(Four more years.)」という簡潔なツイートで勝利宣言したことは、まさに2012年の選挙が「米国の政治史において最もツイートされたイベント」であったことを表しています。

 ミシェル夫人を抱きしめるオバマ大統領の写真を載せた、この3文字の言葉は、30分以内に26万回リツイートされ新記録を樹立したそうです。ちなみに、それまでの最高記録は、世界的な人気歌手のジャスティン・ビーバーの22万3376リツイートです。この新記録樹立は、いかにアメリカの選挙がソーシャルメディアと深く結びついているかを表す象徴的な出来事であったと思います。

ネット選挙をしばる公選法「文書図画」の「頒布」

 日本では、インターネットを利用した選挙運動は原則として禁止されています。禁止されているのは、ホームページやブログの開設、電子メールやメールマガジンの発信、ツイッターによる情報発信などです。

 選挙運動について規定する法律として「公職選挙法」がありますが、同法では、第129条から第178条にかけて、選挙運動について詳細に規定しています。アメリカなどで盛んに行われている戸別訪問に関しても、公職選挙法第138条で禁止されています。

 それらの規定の中に、「文書図画の頒布」について規定した、公職選挙法第142条があります。

 同条1項は、「…選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に規定する通常葉書並びに第1号から第3号まで及び第5号から第7号までに規定するビラのほかは、頒布することができない。」としています。前述したように、「次の…のほかは、頒布することができない」という規定の仕方をしているわけです。

 そして、例えば、同条項で「頒布」が許されるものとして掲げられている第1号には、「衆議院(小選挙区選出)議員の選挙にあっては、候補者1人について、通常葉書3万5千枚、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に届け出た2種類以内のビラ7万枚」とあり、他にも、選挙の種類ごとに詳細に規定されています。

 また、「第1項第1号…のビラは、新聞折込みその他政令で定める方法によらなければ、頒布することができない。」(公職選挙法第142条第6項)、「第1項第1号…のビラは長さ29・7センチメートル、幅21センチメートルを…、超えてはならない。」(同第142条第8項)などと、ビラの大きさについても事細かに規定されています。

 つまり、安倍総理が指摘するように、選挙運動のために使用する文書図画の頒布は禁止するが、法律の規定する範囲内で「通常葉書」と「ビラ」だけ許されるという形にしているわけです。

 ちなみに、この第142条が規定する「文書図画」とは、広範な概念で、「文字若しくはこれに代わるべき符号又は象形を用いて物体の上に多少とも永続的に記載された意識の表示」と解されています。選挙運動のための「文書図画」は、人の視覚に訴えて選挙運動の効果を期待するものであって、書籍、新聞、名刺、挨拶状、ポスター、立て札、看板、ちょうちん、プラカード、葉書、電報、スライド、映画、ネオンサイン、アドバルーンなども含まれ、壁・塀に書かれた文字、路面に書かれた砂文字などに至るまで含まれると解釈できます。

 したがって、コンピューターなどのディスプレー上に表示された文字などの意識の表示に該当する、インターネットのホームページやブログ、電子メール、メールマガジン、ツイッターなどは、第142条で規定される「文書図画」と考えられています。

ホームページの音声はぎりぎり合法?

 また、第142条が規定する「頒布」とは、不特定または多数の者に配布する目的で、その中の1人以上の者に「文書図画」を配布することを意味し、配布の方法も、直接に手渡す方法はもちろん、郵送、新聞折り込みによるもの、文書図画を置き自由に持ち帰らせることを期待するような相手方の行為を伴う方法による場合まで、全て含まれるとされています。

 したがって、不特定または多数の者の利用を期待して、ホームページ、ブログなどの開設や更新をすること、不特定または多数の者に電子メールやメールマガジンを発信し、またツイッターで発信することなどは、ここに言う「頒布」とみなされることになります。そのため、これらの行為は公職選挙法により禁止されるというわけです。 

 ちなみに、政府は、2009年7月21日の閣議で、ツイッターによる選挙運動は公職選挙法に違反するとの見解を示しています。

 ただ、上記のように、ホームページは、ビラなどと同じだから違法となっているものの、ホームページで音声だけ流したら「ぎりぎり合法」という話もあります。ここまでくると、もはや公職選挙法による規制とは一体何だろうという疑問が生じます。

 ちなみに、2011年の統一地方選挙で出馬した候補者が、「法律に規定がないのに『禁止』はおかしい」として、選挙中もブログや動画を連日更新し、県警に公職選挙法違反容疑で書類送検されるという事件も発生しました。結局、地検は不起訴としています。

「文書図画」の「掲示」とは?

 また、公職選挙法第143条では、選挙運動のための「文書図画」の「掲示」も規制しています。同条は、「選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号のいずれかに該当するもののほかは、掲示することができない。」と規定し、さきほど説明した142条と同じような構造になっています。

 そして、ここで言う「掲示」とは、文書図画を一定の場所に掲げ、人に見えるようにすることのすべてを言うとされています。その状態は、ポスター・看板などの文書図画を壁・塀に貼付し、取り付け、あるいは立て掛ける場合はもちろんのこと、直接に選挙事務所の壁に文字、絵画を書き、人目に触れるようにすることも含まれます。

 したがって、パソコンのディスプレーに表示された文字などを一定の場所に掲げ、人に見えるようにすることは「掲示」にあたると理解できます。つまり、コンピューターのディスプレーにホームページや電子メール、フェイスブック、ツイッターに表示された文字などを表示させ、一定の場所に掲げ人目に触れるようにすることは「掲示」に該当し、公職選挙法により禁止されるわけです。

ネット選挙のマイナス面も

 この連載を日ごろから読まれており、インターネットを使いこなしている方は、ネット選挙が制限されている実質的な理由について疑問に思うはずです。安倍総理も指摘しているように、候補者が自分の考えを多くの人に知ってもらうのに、インターネットを利用すれば予算もかからず、効果的です。多くの候補者が政策本位に同じ土俵で戦えるわけで、ネットを使わないのは逆に不自然です。

 ネット利用人口が増加し、ネット選挙は候補者と有権者双方にとってメリットばかりが強調されるきらいがあります。しかし、一方でマイナス面についてもいくつか指摘されています。

 まず、インターネットを使いこなす人とそうではない人との間で、受け取る情報量や発信する情報量に格差が生まれるという点です。特に、高齢者の方々などは、パソコン、携帯電話、スマートフォンなどを使いこなす人は少ないはずです。デジタル端末を使いこなせない有権者に選挙運動の情報が十分に届かないという懸念があります。同様に、インターネットを使いこなせない候補者が、選挙運動で不利になるという問題も指摘されています。

 ただ、今時、デジタル機器やソーシャルメディアを駆使できない候補者は、政治家としての情報発信力を問われることになり、「選挙運動で不利」という主張は説得力がありません。一方で、パソコンやインターネットを使いこなせないことで生じる格差(デジタルデバイド)は旧来のメディアに慣れた高齢者に対してほど大きくなるはずで、ネット選挙が解禁されたら考慮されるべき点でしょう。

 さらに、ネット選挙でよく指摘されるのが悪用のリスクです。候補者に対するネット空間での誹謗ひぼう中傷、候補者のホームページへの第三者による改ざん、候補者を装った偽のホームページの登場、迷惑メールの問題……など様々な問題が挙げられています。

 他にも色々と指摘されていますが、いかなる手段にもマイナス面はあるのであって、だから全て禁止するという結論に直結はしないはずです。こういったマイナス面と、安倍総理が指摘するようなプラス面を比較検討して、ネット選挙解禁の是非は判断されるべきかと思います。

今度こそは実現?

 ご相談者が指摘するように、ソーシャルメディアなどを利用したインターネットでの選挙運動は、候補者と有権者の距離を近づけられる安価な手段として大いに活用されるべきと、近年強く主張されてきました。しかし、日本では、公職選挙法の規定により禁止されているため、いまだに、ネットを活用した自由な選挙活動が制限されています。

 冒頭でも取りあげた新経済連盟が2月5日、「インターネットを使った選挙運動の解禁に向けて」と題するシンポジウムを開き、ネット利用の解禁について国会内で与野党のネット選挙問題担当者が参加して意見交換を行ったと、新聞などで報道されています。その中で、楽天の三木谷社長が「ネット選挙は費用がかからず、フェアな選挙活動ができる。環境にもやさしい」と強調しています。

 過去にも、ネット選挙解禁の動きがあるたびに異論が出て、公職選挙法の改正が見送られてきました。ほとんどの党が、大筋ではネット選挙解禁で足並みをそろえている以上、各論でもめて、結局、従前のままというような事態にならないように、今回こそは期待したいところです。

2013年02月13日 09時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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