メール内容を解析して広告表示 秘密の侵害では

   

メール内容を解析して広告表示 秘密の侵害では?

相談者 SKさん

  • イラストレーション・いわしま ちあき

 「どうして俺の趣味がバレたのかな?」。パソコン画面を見て驚きました。ディスプレーには、若い女の子の水着グラビア写真集の広告が表示されています。50歳目前のオヤジながら、私は、かわいい女の子に夢中です。そう、アイドルオタクなのです。アイドルのコンサート通いやグッズ集めは、自分だけのひそかな楽しみにしてきたのですが…。

 会社では謹厳実直な堅物で通っていますが、実はAKB48などのアイドルが大好きなのです。大学時代はアイドル研究会に所属していました。禁欲の受験勉強の反動で、軟派な方向に突っ走ったのです。25年以上も前の当時は、バブル経済に突入する直前で、「おニャン子クラブ」が一世を風靡ふうびしていました。彼女たちのコンサートに通っては鉢巻きを締めて、声を張り上げたものです。会社に就職してからも、コンサート通いはやめられませんでした。

 そして、まだ見ぬ理想のアイドルを探して私はいまだに独身です。「誰かいい人はいないの」と、実家で一緒に暮らす老母からは、嫌みと愚痴が入り交じった“口撃”を受け続けています。女性に興味がないわけではありません。女性に好意を持たれたこともあります。しかし、一度として好きになったことはないのです。“幻影”に振り回されて、無為な時間を過ごしてきたわけではありません。私は、アイドルのおかげで、公私ともに毎日が充実しています。彼女たちが元気に跳び回る姿を見ると、リフレッシュできるのです。

 アイドル専門のネット掲示板で、同好の士とも知り合いになりました。メールでコンサートの日程を教えあったり、レア物のグッズ・写真集の収集で情報交換をしています。会社のメールアドレスは内容をチェックされているので、無料メールサービスに入会しました。

 メール利用の申し込みの際、「趣味」欄には「釣り」と記入しているので、私の嗜好しこうはメールの運営会社には知られていないはずです。それなのに、なぜかアイドル関連の商品広告が頻繁に出てきたのです。

 「誰かにメールの中身をのぞき見されている」

 部屋の中を盗撮されているような、言いようのない不快感にさいなまれ始めました。パソコン内の情報を違法に収集するスパイウエアにでも感染したのか、とも疑いました。セキュリティー対策ソフトでチェックしたものの、異常は見つかりません。そして、相変わらず、あの広告が出てくるのです。

 ネットで調べたところ、謎が解けてきました。メールのタイトルや本文を機械的に解析して、その中で使われている言葉に応じて、関連商品の広告を表示する仕組みが開発されているようなのです。例えばメールの文中に「サッカー」という言葉があれば、サッカーボールやウエアの商品広告が表示さる、といった具合です。

 確かに、メールの内容が最近の関心事である場合が多いので、それに関係のある情報を提供してもらえれば、とても便利かもしれません。しかし、何となく腑に落ちません。日本国憲法第21条に「通信の秘密は、これを侵してはならない」とあります。大学の授業で習いました。勝手に、手紙、電話、電子メールなど、通信の内容を漏らしてはいけないことが、憲法で保障されているのです。しかし、私が経験した広告手法は、まるでメールの中身をのぞき見るようなやり方です。こんなことが許されるのでしょうか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

回答


インタレストマッチ広告と通信の秘密


 今年の6月、ヤフーが8月から開始を予定していた新しい広告サービスについて、総務省が、「通信の秘密」を侵害する可能性があるとして、調査を開始する旨の報道がなされました。この調査対象となったメール広告サービスこそが、まさに今回ご相談の対象となっている広告手法です。

 ヤフーの新広告は、メールの文面から機械的にキーワードを拾って分類し、それに関連する広告を配信する仕組みです。例えば、旅行に関する内容をメールでやりとりしている人には旅行関連の広告が提供されますし、同様に、サッカーに関する内容をやり取りしている人には、関連する用具やウエアの広告が提供されることになるわけです。この広告類型は、「インタレストマッチ広告」などと一般に呼ばれているものであり、一方的な情報発信ではなく、利用者の興味関心に連動した広告を表示するところに特徴があります。

 ちなみに、従来、広く実施されてきた「検索連動広告」も、利用者が検索対象とした言葉に広告内容を連動させるという点で、上記広告と同様の視点を持っており、対象者の興味を効果的に把握できて広告効果が高いとされ、通常のネット広告に比べ売り上げ的にも高い伸びを示しています。電通による調査では、2011年の日本における広告費のうち、PCインターネット上の広告費は5021億円(前年比103%)であり、うち検索連動広告は2194億円(前年比107.8%)と大きな比重を占めるに至っています。

 このように、利用者の興味関心に連動する広告形態は、広告主から、大きな効果を上げると期待されている中、今回のヤフーの新広告は、興味関心事項の分析に際して、利用者が日常的に使用するメールの文面上のキーワードを利用することから、通信の秘密との関係が問題になったわけです。

 この問題は、9月19日に行われた総務大臣の記者会見において総務省の見解が示され(後述します)、通信の秘密に配慮した一定の厳格な条件が順守されることを前提に広告実施を認めることとなり一件落着しましたが、今回は、この新しい広告手法に関する問題点や背景事情などについて、説明したいと思います。

ヤフーだけが問題とされた背景

 ヤフーが実施する新広告ですが、実は、グーグルが、既に自社のメールサービス(Gメール)上で同様の広告手法を導入し成果を上げています。にもかかわらず、今回、総務省から、ヤフーだけが問題とされたのは理由があります。

 ご相談者も指摘している、憲法の定めた「通信の秘密」を具体的に規定した、電気通信事業法には第4条に次のような規定が置かれていますが、これは国内のみで効力を有するものです。

電気通信事業法第4条
1 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。 
2 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。


 そして、ヤフーは国内にサーバーを保有しているのに対し、グーグルは国内にサーバーを保有していない(準拠法もカリフォルニア州法になっています)という大きな違いがあり、その結果、グーグルには電気通信事業法の制約はなく、同様の広告手法を既に前から導入しているにもかかわらず、ヤフーだけが問題とされることになったわけです。

 このように、国内にサーバーを持つ事業者だけが電気通信事業法の網にかかり制約を受けるという状況が不平等であり、現状のままでは、ネット広告市場を海外事業者に奪われてしまうとの懸念を、多くの国内事業者は抱いており、そういった背景の中で、ヤフーが、通信の秘密に関わる問題を認識しながら、あえて新広告の実施をリリースすることで一石を投じたわけです。

通信の秘密の内容

 先ほどから出てくる「通信の秘密」ですが、ここでの「通信」とは、手紙、はがきだけでなく、電報、電話、ネット上のメールなども含まれ、(1)通信の内容及び通信の存在に関する事柄を調査されないこと(積極的知得行為の禁止)、(2)職務上知り得た通信に関する情報を漏洩ろうえいされないこと(漏示行為の禁止)--などを内容としています。

 通信の秘密の範囲は、通信内容はもちろん、通信の日時、場所、通信当事者の氏名、住所、電話番号などの当事者の識別符号、通信回数等、これらの事項を知られることによって通信の意味内容が推知されるような事項全てを含むとされています。

 これらを前提に考えると、メールのタイトルおよび本文を、人間による確認作業を通してではなく機械的に解析をし、解析結果から特定の個人や本文内容を識別できない仕組みになっているとしても、総務省が指摘したように、今回のヤフーの新広告が、通信の秘密を侵害している可能性があることは否めません。ただ、仮に侵害していると認定しても、利用者自らが、当該ネット広告の仕組みを十分に理解した上で、メール解析などに同意をしていれば問題ないことは言うまでもありません。

総務省の判断

 前述したように、本件問題は、9月19日に行われた総務大臣の記者会見にて総務省の見解が公表され、その内容に即してヤフーが新広告を実施することになりました。

 その内容は、平成24年9月27日に総務省が発表した「重要なお知らせ ヤフー株式会社における新広告サービスについて」にて詳しく説明されています。簡単に言えば、「通信の秘密の侵害の意味・内容を利用者が正しく理解できるための情報を出す」「メール本文等の解析を望まない利用者への対応をとる」「サービス利用開始後、いつでも本サービスの存在を認識し、解析を中止することができる」「メールの本文等の解析自体は、受信箱ページ等に並んだ個々のメールの件名等をクリックする行為に基づいて開始される」――といった条件を順守すれば問題ないとしています

 「重要なお知らせ ヤフー株式会社における新広告サービスについて」

 (1)第1に、本件新広告サービスを利用することに伴い同意することとなる、本サービスにおけるメール解析という通信の秘密の侵害の意味・内容を利用者が正しく理解できるための情報として、例えば解析の目的、方法、時期、対象範囲、第三者提供をしないこと等が利用者においてあらかじめ明確に認識できるよう、メールトップページのスクロールせずに見ることができる位置に分かりやすく表示されること。

 (2)第2に、メール本文等の解析を望まない利用者への対応として、いつでも解析を中止することができる旨及びその方法について、メールトップページのスクロールせずに見ることができる位置及びそのリンク先に分かりやすく表示されること。 

 (3)第3に、サービス利用開始後もいつでも本サービスの存在を認識し、解析を中止することができるよう、2度目以降も、トップページや受信箱ページにおいて、メール本文とタイトルが解析される旨及びいつでも解析を中止することができる旨及びその方法が、分かり易い位置に表示されること。

 (4)第4に、メールの本文等の解析自体は、受信箱ページ等に並んだ個々のメールの件名等をクリックする行為に基づいて開始され、それまでは解析はなされないこと。

メール解析を許容するかどうかは利用者の判断

 ご相談者が述べるように、自分のメールの中身に連動した広告が毎回のように出現すれば、メールの中身をのぞき見られたような嫌な気持ちを持つ人もいるでしょう。他面、ご相談者も認めているように、メールに書いている内容が、利用者の最新の関心事であることは多いので、それに関係ある情報を随時提供してもらうのを便利と感じる人もいるかと思います。

 この点の判断は人によって異なるのであり、どちらが正しいということではありません。現に、報道によれば、ヤフーがこの新広告の方針を公表後、26万人の利用者が広告を拒否する登録をしたということですが、ヤフーのメール利用者の人数全体を考えれば、わずかな人数であると評価することもできます。

 ご相談者の方は、近時のネット広告の仕組みを十分に理解された上で、情報取得における利便性を取るのか、利便性を多少犠牲にしても自分のメールの内容について第三者に一切関与されないとする方を選ぶのか、自らの責任で判断されるしかないと思われます。

パーソナライズが進むネットの世界

 現在、インターネットでは様々なサービスが次々と生まれています。特に、広告の世界では、いかにして利用者の関心事項を抽出して広告に反映させようかと、様々な工夫がなされています。近時、スマートフォンの利用拡大に伴い、GPS情報や購買履歴など、スマートフォンから得られる膨大な情報を企業が活用する機会を狙っており、今後も、今回同様の背景事情を持った問題が発生するかもしれません。

 通販サイトのアマゾンが、過去の閲覧履歴などから、おすすめ商品を提供し、利用者が、その中から商品を選択するという購買行動は既に一般的なものとなっています。当初、「自分の情報をこんなに握られているのか」と違和感を持った人も大勢いましたが、今や、それに疑問を差し挟む人などほとんどいません。 

 むしろ、自分の欲している商品情報を積極的に提供してくれることを多くの利用者が楽しんでおり、アマゾンはネット通販世界最大手にまで成長しました。

 かように、ネットの世界では、利用者一人一人の属性や購買・行動履歴に対応して最適化した商品や情報を提供する「パーソナライズ」(personalize)が日々進化し、利用者もそれに伴う利便性を積極的に享受しています。今回のヤフーのネット広告も、そうした世界の趨勢(すうせい)の延長線上のスキームであり、グーグルが既に同種のサービスを、日本国内においても提供していることは既に述べたとおりです。にもかかわらず、日本企業のサービスだけが、そのような世界の趨勢に取り残される状況に置かれることには疑問があります。

 今回、ヤフーが提起した問題は、単に、一つの新しいネット広告手法の問題にとどまらず、世界の中での、日本のインターネットビジネスの将来を考える契機になったものと思われます。

 ちなみに、前述のように、グーグルが実施している同様の広告サービスについては従来、問題とされてきませんでしたが、先の記者会見において、総務大臣は、「同様のサービスを提供する電気通信事業者がある場合には、少なくとも本件と同様の対応が必要であると考えられます。海外事業者であっても、我が国の利用者を対象に提供する場合には、同様の対応を自主的にとっていただくことが望まれる」と述べており、今後は、グーグルはよくて、ヤフーはだめというような状況が出てこないことが期待されます。

 なお、今回の件も、グーグルがサービス提供しているから良いというわけでは当然ありません。今回の総務省の調査のように、新しいサービス内容について、常に利用者の権利がきちんと守られているかどうかの検証が実施されることが不可欠の前提となることは言うまでもないことです。

2012年10月10日 09時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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