違法サイトと知らず曲をダウンロード、私は犯罪者?
相談者 YOさん
社内では、私の通称は「アイドルおじさん」です。当方、48歳の中年オヤジながら、アイドルが大好きなのです。
アイドルといっても、「AKB48」や「KARA」といった今をときめく超売れっ子ではなく、80年代にデビューしたわが青春時代の“女神”たちです。小泉今日子、石川秀美、おニャン子クラブ、河合奈保子…。ヒット曲をカラオケで歌ったり、携帯電話の着メロで聴いたりしています。それだけで仕事のストレスも忘れ、爽快な気分になってくるのです。
ファンクラブ限定のコンサートで合唱できるよう、通勤中には携帯プレーヤーで曲を聴いています。事前の準備も怠らないのです。満員電車の中、イヤホンをつけた口パクのオヤジを見かけたら、私かもしれません。
曲は楽曲の配信サイトからダウンロードしています。有料の配信サイトを以外にも、無料サイトにアクセスすることもあります。ウイルス感染の心配がありますが、得した気分になるのです。無料サイトの多くは、著作権者の許可を得ていない、いわゆる違法サイトのようですが、自分ひとりの楽しみで利用する分には問題ないと聞いています。
ところが、先日、新聞を何気なく読んでいたら、著作権者の許可なしにインターネット上から映像や音楽をダウンロードすることに罰則を科す改正著作権法が国会で成立した、と書いてありました。違反者には2年以下の懲役、または200万円以下の罰金が科されるようです。著作権がどうなっているのか分からない、怪しげな音楽や動画が、現在、ネットにはあふれています。たまたま、ダウンロードしたファイルが違法サイトだった場合には法律違反に問われ、犯罪者になる恐れが出てくるということのようです。
今回の法律改正で、これまでと一体何が変わってくるのか教えていただけますか?(最近の事例を参考に創作したフィクションです)
回答
違法ダウンロードに対する刑事罰の新設
既に新聞雑誌などで盛んに取りあげられているように、「著作権法の一部を改正する法律」が平成24年6月20日に成立しました。
この法律改正には様々な内容が盛り込まれていますが、その中でも特に注目されているのが、いわゆる「違法ダウンロード」について罰則を設ける規定が置かれたことです。つまり、平成24年10月1日に本法律が施行された後は、違法ダウンロードを行うと「2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金」に処せられる可能性が出てくるわけです。
この著作権法改正には、賛成・反対の様々な議論がありましたが、特に注目を集めるようになったのは、国際的なハッカー集団と言われている「アノニマス(Anonymous)」が引き起こした、一連のサイバー攻撃事件です。
アノニマスは、この法改正に反発し、「著作権で保護された音楽や映画をダウンロードした人なら誰でも懲役刑を言い渡される可能性のある法律の成立により、無数の無実の市民に不必要な懲役刑を多数言い渡すことにつながる」などと批判して、政府機関を攻撃すると表明したと報道されています。現実に、6月26日に、財務省サイト内の国有地物件情報に「我々はアノニマス、我々は許さない」などの文書が挿入されたり、最高裁判所のサイトが一時的に接続できなくなるなどの事件が起こり話題となりました。
そこで今回は、ご相談者の質問である「今回の法律改正で、これまでと一体何が変わってくるのか」について、音楽や映像のダウンロードを巡る、従来の状況をご説明しながら解説したいと思います。
平成21年末まで 違法アップロードだけに刑罰規定
日本では、平成21年末までは、著作権者の許可を得ずにコンテンツを違法に「アップロード」する行為については、自動公衆送信権(著作権法23条)、送信可能化権(著作権法92条の2、100条の4)の侵害となり、刑事上も「10年以下の懲役ないし1000万円以下の罰金」が規定されていました(著作権法119条2項)。一方で、違法にアップロードされたコンテンツを「ダウンロード」する行為に関しては、私的使用目的で行われる限り適法とされていました。つまり、著作権法30条1項は、「著作権の目的となっている著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とするときは、…その使用する者が複製することができる。」と規定しており、それに該当する限り適法とされていたわけです。
平成22年1月から ダウンロードも違法に(刑罰規定はなし)
しかし、アップロードについては違法とされ、刑罰まで規定されているにもかかわらず、相変わらず、著作権者の了解を得ないで、音楽や映像を配信する違法サイトが存在しており、違法サイトと知りながら、そこから音楽や映像をダウンロードする利用者も増加していました。特に、携帯電話の音楽ダウンロードでは、著作権を侵害して配信する違法サイトからのダウンロード数の方が、合法的に配信しているサイトからのダウンロード数を超えるほどになっていました。日本レコード協会「違法な携帯電話向け音楽配信に関するユーザー利用実態調査」によれば、平成20年の正規配信事業での携帯電話向け音楽配信実績は3億2900万曲なのに対し、違法サイトからの総ダウンロード数は4億曲以上と推計される状況にまでなっており、著作権者が本来得る収益が大幅に減少する原因となっている――などと指摘されていたわけです。
それまでも権利者団体などを中心に、違法アップロード対策は行われてきていましたが、違法な流通の規模は年々増加。しかし、技術的な制約もあり、有効な対処が困難であることに
ただし、この時の著作権法改正では、刑事罰の対象とまではされませんでした。これは、私的目的の複製については、違法性が軽微なものとして従来、罰則の適用が除外されていたので、違法ダウンロードについても同様とする、といった理由からといわれています。
平成24年10月1日から 違法ダウンロードにも刑罰規定
しかし、その後もスマートフォンの普及に伴い、違法ダウンロードは増加し続けました。日本レコード協会「違法配信に関する利用実態調査」によれば、平成22年1年間の違法ファイルの推定ダウンロード数は43.6億ファイルとなっており、正規有料音楽配信のダウンロード数4.4億ファイルのおよそ10倍となっているとのことです。
そこで、違法ダウンロードにも刑事罰を科すことによって、そのような行為を抑制しようというのが今回の著作権法改正ということです。罰則は2年以下の懲役ないし200万円以下の罰金とされており、懲役刑が入っていますので、理屈から言えば、アノニマスが指摘するように「著作権で保護された音楽や映画をダウンロードした人なら誰でも懲役刑を言い渡される可能性」があるわけです。
どのような行為が刑事罰の対象に?
では、具体的には、どのような行為が違法ダウンロードとして刑事罰を科されるのでしょうか。
新設される改正著作権法119条3項は、「第30条第1項に定める私的使用の目的をもって、有償著作物等(録音され、又は録画された著作物又は実演等であって、有償で公衆に提供され、又は提示されているもの)の著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、自らその事実を知りながら行って著作権又は著作隣接権を侵害した者は、2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と規定しています(※読者の皆さんが理解しやすいように条文の一部を省略しています)。
ここでの要件は、以下の通りとなります。
(1)私的使用のための複製であること
(2)音楽・映像であること
(3)正規版の音楽・映像が有償で提供・提示されていること
(4)音楽・映像が配信サイトやファイル交換ソフトなどを通じて自動公衆送信(ネット配信)されていること
(5)音楽・映像が違法にアップロードされたものであることを知りながらデジタル方式の録音または録画(ダウンロード)したこと
上記の要件について簡単にご説明します。
(2)については、音楽・映像であることが要件となっていますので、音楽・映像以外、例えば電子書籍やアプリなどは対象外となっています。
(3)については、正規版の音楽・映像が有償で提供・提示されていることが要件となっていますので、具体的には、CDとして販売されていたり、有料でインターネット配信されているような音楽作品やDVDとして販売されていたり、有料でインターネット配信されているような映画作品などが挙げられます。単にテレビで放送されただけのテレビ番組は有償ではないので、対象外となります。
(4)については、自動公衆送信されていることが要件となっていますので、友人から送信されたメールに添付されていた違法複製の音楽・映像をダウンロードした場合、友人からのメールは自動公衆送信されたものには該当しないため、対象外となります。
(5)については、デジタル方式の録音または録画(ダウンロード)とされていますので、ユーチューブの映像を視聴する行為、いわゆるストリーミングは処罰されないと考えられています。ストリーミングは、音楽や映像を端末に保存するものではないためです。ただし、ソフトウエアを使用して、ストリーミングした映像を端末に保存した場合には、処罰対象になります。
なお、著作権法123条1項によって、当該違法ダウンロードは、名誉
今回の違法ダウンロード刑事罰化に関する反対の意見について
今回の著作権法改正による違法ダウンロードに刑事罰を科すことには、多数の反対意見がでています。疑わしいサイトから、違法なものかもしれない音楽や映像をダウンロードした場合などに処罰対象になるのかどうかの明確な線引きは難しく、実際の運用に懸念があるとも考えられているからです。
まさにこの点の運用がいい加減に行われれば、アノニマスが指摘するように「無数の無実の市民に不必要な懲役刑を多数言い渡すことにつながる」可能性すらもあるわけです。
日本弁護士連合会は、6月21日、<1>私的領域における行為に対する刑事罰を規定するには極めて慎重でなければならないところ、私人による個々の違法ダウンロードによる財産的損害は極めて軽微であり、いまだ刑事罰を導入するだけの当罰性ある行為であるとは認識されるには至っていないと考えられること<2>違法アップロードに対する罰則規定の活用や著作権教育の一層の充実など、他により制限的でない違法ダウンロード規制手段が存在すること<3>ダウンロードを民事上違法とした平成21年改正著作権法の適用の実態を見極める必要があること――などを理由として、改正に反対する会長声明を出しています。
ちなみに、文化庁は、違法ではなく適法にアップロードされたものかを判別する方法として、「エルマーク」が表示されているか否かで確認することを推奨しています。「エルマーク」は、日本レコード協会が発行しているマークで、音楽・映像を適法に配信するサイトに表示されています。
しかし、「エルマーク」は、レコード会社などとの契約によって発行されているものに過ぎず、「エルマーク」の表示されていないサイトにおいて配信されている音楽・映像がすべて違法であるとは限らないことになり、実際の運用には、やはり懸念が残るものと考えられます。
実際の運用は?
今回の違法ダウンロードの刑事罰化によって、アノニマスが指摘するような事態に本当になるのでしょうか。この点、現実にはそれほど懸念する必要はないのではないかと言われています。
まず、今回の改正著作権法の附則第9条には、「運用上の配慮」として、「運用に当たっては、インターネットによる情報の収集その他のインターネットを利用して行う行為が不当に制限されることのないよう配慮しなければならない」とされています。また「著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」では、「違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音又は録画することを私的使用目的でも権利侵害とする第30条第1項第3号の運用に当たっては、違法なインターネット配信等による音楽・映像と知らずに録音又は録画した著作物の利用者に不利益が生じないよう留意すること。」と明記されています。
そして、文化庁のHPでは、上記附則や附帯決議を受けて、「警察は捜査権の
かように、警察や著作権者が、今回の法律改正を巡る議論を十分に認識して、自制心をもって慎重に対応していく限りにおいて、いきなり損害賠償請求を受けたり、警察に逮捕されたりするような事態にはならないはずです。よほど悪質なやり方で違法にダウンロードするのでない限り、これまでと何かが大きく変わることはないと考えた方がよさそうです。
ただ、アノニマスが指摘するような危惧が存在するのは事実であり、我々ネットユーザーとしては、今後の運用について厳しくチェックしていく必要はあると思います。