オレオレ詐欺や住宅リフォーム詐欺から高齢の母を守るには
相談者 TKさん
「ボケもきていないし、歯も大丈夫。100歳まで生きるつもりだからね」と1週間前に電話で元気に話した80歳の母。実はその時、既に100万円の住宅リフォーム詐欺の被害者になっていたのでした。
弟からの連絡に、受話器を手に言葉を失っていました。
母は父が数年前に亡くなってから、中国地方の地方都市で一人暮らしをしています。独身の弟も近くに住んでいて、時々、実家に寄って様子を見てくれています。私は首都圏の大学を卒業してから、東京の会社に就職して結婚、家庭を築いています。
「一緒に暮らそう」
父の死後、何度も誘ったのですが、「周りに誰も知り合いのいない都会より、気心の知れた顔見知りの多い田舎の暮らしの方がいい」と母は、頑固に一人暮らしを続けています。
実は、私は内心ホッとしていました。世間の嫁・姑の例に漏れず、妻と母は折り合いが悪いのです。2泊3日で家族と母で伊勢神宮に旅行したときに、亀裂は決定的になりました。帰りの新幹線の中で、妻と母はほとんど口をきかず、「同居は不可能だ」と悟りました。母も「嫁と同居するくらいなら」と内心思っているはずです。
母は、食事の準備から買い物、掃除まで一人でこなしています。息子たちの世話にはなりたくないという、意地もあるのでしょう。しかし、弟によると、数か月前から物忘れがひどく、母に認知症のような症状が出始めていたらしいのです。
ただ、一日中、誰とも口をきかずに過ごしていると、人恋しさが募り、話し相手がほしくなるようで、訪問販売やセールスの電話にもいちいち応対していたようなのです。
「おばあちゃん、壁から水が染みてきたら、大変だよね」
そんな中、年寄りの昔話や繰り言を最後まで親切に聞いてくれた、住宅リフォームの営業マンがいました。この奇特な営業マンは、大きなヒビが入っていた外壁を無償で修理してくれたのです。しかし、タダほど高いものはない――という言葉通り、その後に高額のリフォーム契約を断れなくなり、判子を押してしまったようです。素人目でどう高く見積もっても10万円もかからないような、リフォームとは名ばかりの工事です。
お年寄りが多額の現金をだまし取られる手口は、リフォーム工事の訪問販売だけではありません。オレオレ詐欺も無視できません。不景気のせいか、最近、高齢者が被害者になる事件が増加しているような気がするのです。
私としては、母が今後も正常な判断ができずに、財産を浪費するような事件が発生することを懸念しています。雑誌で、高齢者を守るための成年後見制度というものがあると知りましたが、その制度が具体的にどのようなもので、私の母親のような場合でも利用できるのかについて教えていただけますか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)
回答
高齢者を狙う事件の多発
警察庁が6月20日に発表した「特殊詐欺の認知・検挙状況等について」という資料によれば、平成24年1月~5月の間における、いわゆる「オレオレ詐欺」事件の認知件数は1358件で、このうち1233件が既遂、その被害総額(既遂のみ)は32億9662万円余り、検挙件数は502件、検挙人員は312人となっています。わずか5か月間で33億円もの被害がでていることにも驚かされますが(1件当たりの平均は約270万円にもなります)、特にこの資料の中で注目すべきなのは、被害者の年齢構成です。被害者のうち60歳~69歳が33.8%、70歳以上が57.6%となっています。つまり、60歳以上のお年寄りが、被害者の9割以上を占めているわけです。
また、平成17年に、埼玉県に住む80歳と78歳の姉妹が、3年間に計約3600万円の住宅リフォームを繰り返し、代金が払えずに自宅が競売にかけられるというような事件が発生して社会問題化したことを覚えていらっしゃる方も多いと思います。
一戸建てに住む高齢者や認知症の方を狙い、「無料で点検します」などと言って言葉巧みに近づき、床下や天井裏などの欠陥を指摘し不安を
高齢者を保護するための成年後見制度の利用
高齢化社会が急速に進み、核家族化が顕著な日本において、高齢者の介護や生活を守ることの必要性が一般的に認識されてきています。心身ともに健全で長生きできるのであれば良いですが、どうしても身体的な問題や、認知症等を含む判断力の低下といった問題は避けられません。多少の能力の低下は誰にでも生じるものであって、それが実害を及ぼさない限りは良いかもしれません。しかし、今回のご相談のように、一定程度の資産を有しながら、判断力が低下したり認知症になったりといった場合には、詐欺被害に遭ったり、悪徳商法によって無駄な商品を購入したりといった、資産の浪費のおそれが出てきます。
ご相談者のように、家族が遠くに離れて暮らしているといった事情の場合、それを防止することが難しいのは言うまでもありません。仮に、近隣に暮らしている、あるいは一緒に暮らしているとしても、常時監督することはできないでしょうから、同様の問題が生じることを完全に防止することは困難です。
そこで、そのような場合に、法的な対応策として考えられるのが、「成年後見制度」の利用です。
認知症などの理由で判断能力が不十分となった人が、不動産や預貯金などの財産を管理したり、身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだり、遺産分割の協議をしたりする必要があっても、自分でこれらのことを実行するのが難しいことは言うまでもありません。よく分からないままに、自分に不利益な契約を結んでしまい、被害に遭うおそれもあります。そこで、このような判断能力の不十分な人を保護し、支援する制度が「成年後見制度」となります。そして、成年後見制度には、「任意後見制度」と「法定後見制度」とがありますので、状況によって、制度を使い分ける必要があります。
任意後見制度の利用
任意後見制度というのは、本人が十分な判断能力を有している間に、将来、判断能力が不十分な状態になった場合に備えて、あらかじめ自らが選んだ代理人(「任意後見人」)に対して、自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務などについて、代理権を与える契約(任意後見契約)を締結しておくという制度です。誰を任意後見人に選任にするか、任意後見人にどこまでの権限を与えるかは、すべて任意の契約によって定められるのであり、これによって、将来、本人の判断能力が低下しても、任意後見人が、任意後見契約で決めた事務について、本人を代理して契約などをすることによって、本人の意思に従った適切な保護・支援が可能となります。
なお、任意後見契約を締結するには、公証人の作成する「公正証書」によることが必要であり、また、契約を締結しても直ちに効力が発生するわけではなく、家庭裁判所によって「任意後見監督人」の選任がなされて、はじめて効力が生じます。従って、任意後見契約を締結しても、実際に効力が発生するまでは、報酬も発生しません。ちなみに、効力が発生した後、身内が任意後見人になる場合は無報酬が一般的かと思いますが、第三者の場合は一定の報酬を定めるのが普通です。
今はまだお元気で頭もしっかりしている方なら、将来、認知症などになった時に備えて、信頼できる人(家族、友人知人、弁護士や司法書士などの専門家等)と任意後見契約を締結しておけば、万が一、痴呆の症状等が出始めたら、その任意後見人に、契約で定めた仕事を任せてしまうことができるわけです。
上記のように、将来お世話になる任意後見人について、あらかじめよく知っている信頼できる人を自らの意思で決めておくことは、何より安心感につながると思いますし、さらに、その任意後見人の仕事を、家庭裁判所が選任した後見監督人が監督しますので、二重の意味で安心と言えるかと思います。
なお、この任意後見契約は、将来の老いの不安に備えた「老後の安心設計」などとも言われていますが、言うまでもなく、任意後見契約を締結しても、それを使うような事態にならないまま、お元気で大往生ができるならそれに越したことはありません。任意後見制度を利用するには、先ほど述べたように公正証書を作成しなければなりませんから、仮に、任意後見契約だけ締結し、幸いにも、実際にそれを利用するような事態にならなければ、その費用が無駄になってしまいます。ただ、2万円程度の金額(詳細は最寄りの公証役場にお問い合わせ下さい)ですので、ご自分に何かあった場合に備えるという意味での掛け捨ての保険と考えれば、十分に検討する余地があるかと思います。
日常生活に不安なら通常の委任契約も
さて、ご相談者のお母様の判断能力が、まだ十分にあるというのであれば、この任意後見制度を利用することがまず考えられます。なお、お母様のように、判断能力の衰えに予兆が見られ始めたケースでは、ご本人に任意後見契約を締結するだけの能力がまだ備わっているかどうかについて、医師の診断書や関係者の供述等を参考にして、公証人が慎重に判断することになります。
ただ、任意後見契約を締結できても、上記のように、ただちに任意後見人による業務が開始されるわけではないので、ご相談者のお母様のように、既に憂慮すべき事態が現実に発生しつつあるような場合、ご相談者としては、安心できないと思います。
そこで、任意後見契約を締結するだけの能力はあるが、日常生活に不安を感じているというような場合には、任意後見契約と併せて、財産管理等の事務を委任する内容の、通常の委任契約を、第三者との間で締結するということも考えられます。この場合には、判断能力が衰えた段階で、任意後見契約に基づく処理へ移行することになります。ただ、正式の任意後見の場合と異なり、裁判所が選任する後見監督人によるチェック機能等が働きませんので、本当に信頼できる人に対して委任する必要はあると思います。
なお、ご相談者のお母様が、上記のような任意後見契約を自らの意思で判断して締結することができない状況にまでなっているのなら、そもそも、この制度は利用できません。そこで、次にご紹介する法定後見制度を利用することを検討することになります。
法定後見制度の利用本文
法定後見制度は、「後見」「保佐」「補助」の3つに区分されていて、「判断能力が欠けているのが通常の状態の場合」は後見、「判断能力が著しく不十分の場合」は保佐、「判断能力が不十分の場合」は補助など、判断能力の程度という本人の事情に応じて制度を選べるようになっています。
成年後見制度を利用する場合、具体的に、どのような保護を図ることができるかという点については、それぞれの区分に応じた、「成年後見人」「保佐人」「補助人」に選任された者の「同意」などを要件として、不必要な財産の処分行為等を事前に防止したり、既になされてしまった財産の処分行為等を取り消したり、一定の範囲で、成年後見人等に代理権が付与され、その判断にて法律行為(売買契約等)を行うことができるようになったりします(「後見」「保佐」「補助」といった区分に応じて、同意が必要な行為や、取り消しが可能な行為などが異なります)。
なお、あくまでも、不合理な資産の減少等から対象者を保護するための制度ですので、成年後見人等の同意を要する法律行為や取り消し可能な法律行為等は、対象が限定されており、成年後見人等が選任された場合において、全ての法律行為が高齢者等の意思で自由に行えないということではありません。
また、成年後見人等の役割は、本人の生活・医療・介護・福祉など、本人の身のまわりの事柄にも目を配りながら本人を保護・支援することにありますが、その職務は、本人の財産管理や契約などの法律行為に関するものに限られており、食事の世話や実際の介護などは、一般に成年後見人等の職務ではありませんので注意が必要です。
実際に法定後見制度を利用する場合、判断能力が不十分であることが要件となりますが、任意後見制度と異なって、裁判所における「審判」を経る必要があり、その判断能力の程度について、裁判所を通じて、医師による鑑定を行うことになります。鑑定を経て、判断能力の程度を確認した上で、適切な制度を利用するということになるわけです。
法定後見制度を利用するには,本人の住所地の家庭裁判所において、後見開始の審判等を申し立てる必要があり、審判の申立費用は、裁判所実費として収入印紙代800円、登記手数料として2600円、連絡用の郵便切手代等の他に、鑑定が行われた場合は鑑定費用として10万円程度かかることになります(詳細は最寄りの家庭裁判所にお問い合わせ下さい)。
任意後見のように、本人が自らの意思で誰を後見人にするかについて指定するわけではありませんから、成年後見人等に選任されるのは、ご本人の親族の場合もありますし、裁判所の判断で、法律・福祉の専門家その他の第三者や、福祉関係の公益法人等が選任される場合もあります。
以上のように、鑑定手続きや成年後見人等の候補者の適格性の調査や本人の陳述聴取などのために、審判手続きは、一定の審理期間を要することになります。多くの場合、申し立てから成年後見等の開始までの期間は、4か月以内と考えればよいと思います。ちなみに、平成23年における成年後見関係事件の終局事件合計3万1436件のうち2か月以内に終局したものが全体の約79.1%、4か月以内に終局したものが全体の約94.5%となっています。
成年後見が開始されると、成年後見人等は、前述のように、本人の生活・医療・介護・福祉など、本人の身のまわりの事柄にも目を配りながら本人を保護・支援し、適宜その行った事務について家庭裁判所に報告するなどして、家庭裁判所の監督を受けながらその業務を進めることになります
成年後見制度の利用拡大
最高裁判所事務総局家庭局が出している、「成年後見関係事件の概況-平成23年1月~12月-」によれば、成年後見関係事件(後見開始、保佐開始、補助開始及び任意後見監督人選任事件)の申立件数は合計で3万1402件(前年は3万79件)であり、対前年比約4.4%の増加となっており、この5年間毎年増加し続けています。
申立人については、本人の子が最も多く全体の約37.6%を占め、次いで本人の兄弟姉妹が約13.9%となっています。
本人の男女別割合は,男性が約39.8%、女性が約60.2%、また、男性女性ともに、80歳以上が最も多く(男性は全体の約34.4%、女性は全体の約61.1%)、次いで70歳代となっています(男性は全体の約23.5%、女性は全体の21.1%)。
主な申し立ての動機として、最も多いのは、預貯金等の管理・解約、次いで、介護保険契約(施設入所等のため)、身上監護、相続手続き、不動産の処分、保険金受け取りと続いています。
成年後見人等(成年後見人、保佐人及び補助人)と本人との関係をみると、配偶者、親、子、兄弟姉妹、その他の親族が成年後見人等に選任されたものが全体の約55.6%を占めているほか、親族以外の第三者が成年後見人等に選任されたものとしては、弁護士、司法書士、社会福祉士などとなっています。
お母様をどうするか
今回のご相談では、ご相談者の方のお母様の判断能力は、まだそれほど低下していない可能性がありますので、前述したような、任意後見契約の締結や、それと併せて、財産管理等の事務を委任する内容の、通常の委任契約を、第三者との間で締結することなどが考えられます。
また、公証人の判断で、任意後見契約の締結が困難なほどに能力が低下しているとなった場合には、法定後見制度の利用を考えることになります。通常は、ご相談者または弟さんなどの身内の方を成年後見人に選任してもらうということになるでしょうし、裁判所の判断で、弁護士、司法書士等の別の第三者が選任されるかもしれません。
成年後見人は、財産管理権を有しており、預貯金の管理の一環として通帳を預かるのが一般的であり、また、任意後見の場合でも、契約の条項として財産管理(預貯金の管理)を規定しておけば、同様に、通帳を預かることもできますので、それによって、多額のお金を本人に管理させないようにすることで、オレオレ詐欺の被害を防げるようになるかと思います。
また、成年後見の場合、日用品(食料品や衣料品等)の購入や、その他日常生活に関する行為を除いて、本人がした不利益な法律行為を後から取り消すことができますので(成年後見の類型ごとに、どの範囲の法律行為を取り消せるのかは細かい話ですので割愛します)、万が一、お母様が不当なリフォーム契約等を締結しても対応することが可能となります。
お母様の能力の程度により利用できる制度が異なりますし、お母様ご自身の希望もあるでしょうから、まずは、公証役場・家庭裁判所などの公的機関や、お知り合いの弁護士・司法書士などに、今後どのようにお母様の財産を守っていくべきかについて、相談されてみてはいかがでしょうか。