嫌がらせ同然の上司による退職勧奨

   

嫌がらせ同然の上司による退職勧奨、法的に問題は?

相談者 YIさん

  • イラストレーション・いわしま ちあき

 「社内にはあなたの居場所はありません」。その日も、部長はロビーに私を呼び出し、ミーティングとは名ばかりの嫌がらせの“口撃”を延々と始めました。

 「判断はあなたの自由ですが、いい話はこれから絶対にありません」「あなたは優秀だ。転職市場で有望だ」「あなたの条件に合った再就職先はあると思いますよ」

 まじめ一辺倒で人当たりがいいと思っていた部長が、こんなにもボキャブラリーが豊富で饒舌じょうぜつな人間だったとは、このとき初めて知りました。

 好奇の目を私たちに向ける社員や来客を気にする様子はみじんもなく、部長は一方的にしゃべり続けるのです。さらし者にされた私は、「ここで負けてたまるか」と反発する一方、「意地を張ってもしかたないかな」と心が折れかけてしまうのです。

 私は、大手の家電メーカーに勤めている50歳の技術者です。入社したのは1980年代半ばで、バブル経済に突入する直前のころ。そのときは、仰ぎ見るような巨艦に乗り込んだ気分でした。半導体、PC、白物家電、液晶パネルと、会社は自社製品の販路を世界中に広げ、我が世の春を謳歌おうかしていました。

 「定年までは、うちの会社が傾くことはないだろう」と思い込んでいました。会社が成長すれば従業員も報われる、いい時代でした。 

 ところが、バブル経済が崩壊して景気が低迷。2008年のリーマン・ショックが追い打ちをかけました。このころ会社の売り上げは最盛期の3分の1にまで落ちていました。

 新興国の台頭も打撃でした。「技術力のある日本メーカーには逆立ちしても、かないっこない」と見下していた韓国のサムスン電子、中国のハイアールといった家電メーカーに市場を奪われ始めたのです。

 会社の業績は厳しいとはいえ、これだけの“巨艦”ですので、一応、最低限の利益は上げています。いきなり倒産するとか、整理解雇を言い渡される状況ではありません。ですので、新聞に時々載る解雇を巡るトラブルについては人ごとのように考えていました。

 しかし、新社長が就任してからは事態が一変しました。「事業の選択と集中」をスローガンに、採算の悪い部門を片っ端から縮小・閉鎖し始めたのです。にわかに周囲が慌ただしくなり、とうとう私にも、部長が個人面談をしたいと言ってきたのです。「もしかすると…」思ったところ、案の定、退職勧奨の話でした。

 部長は、退職した場合の優遇措置や退職支援制度について延々と説明しました。でも、私もこの年です。簡単に転職もできません。転職できたとしても、年収はかなり下がるでしょう。子供も高校生で、大学に行くと学費もさらにかかります。住宅ローンも残っています。そこで、私としては、退職勧奨を受け入れるつもりは全くないものの、上司と事を荒立てるのも得策ではないと考えて、「会社の事情はどうであれ、今の時点で退職するつもりはないのですが…」と部長にやんわりと伝えました。

 「そうですね。みんな事情がありますから。ただ一応、役目として私は伝えただけですから」と部長は分かってくれた様子で、私は安心しました。

 ところが、それから部長はあきらめるどころか、執拗しつようにロビーや会議室に私を呼び出して、同じ事を繰り返し説明し始めたのです。

 「会社に残った場合、転勤などで希望する条件に合わないところに行くかもしれませんよ」「再就職斡旋あっせん会社の担当者と会ってみませんか」「今日は結論を出しませんが、じっくり検討してください」「これから定期的に話し合いましょう」「あなたが承諾してくれるまで、いつまでも説得を続けます」……。          

 やがて、私が首を縦に振りそうにないことがわかると、やり口はエスカレートしてきました。前の部署の先輩社員に、勧奨退職に応じるよう説得してほしいと頼んだのは序の口。共通の知人を介して妻を呼び出し、退職勧奨について意見を聞こうとまでしたのです。

 ある日、上司は労務担当の常務の部屋に私を呼び出しました。口をへの字に結んだ常務が同席している場で、「退職勧奨の対象者が5名いるが、君からだけ退職願が出ていない。これについてどう思うか」と尋ねてきました。

 その場の雰囲気に萎縮した私は、やっとの思いで「もう少し勤めたい」というようなことを小声で言いました。「それだけでは理由にならない。理由はそれだけか」と部長。「そうです」と私は声を絞り出します。

 部長は、たたみかけるように、「企業人としての職業観をどうとらえていますか」とか、「わが社の企業憲章を第1項から10項まで言って下さい」と嫌がらせのような質問をぶつけてきます。

 黙って見ていただけの常務もやっと口を開き「退職勧奨を受けた社員全員が、不本意ながらも退職している。君も会社のためにも考えを変えてはどうかね」と迫ってきました。

 私は我慢できず言い返しました。「私をどうしてもクビにしたいのでしょうが、こんなやり方は不当ですよ」と言い返しました。

 部長は「べつに解雇を言い渡したわけじゃないんです。退職勧奨に応じるかどうかは、あなたの自由です。私は単に退職を促しているにすぎないので、法的にも全く問題はありません」と開き直ってきました。堂々巡りの無間地獄です。

 このようなことが延々と続くかと思うと、精神的に耐えきれず、うつ状態が続いています。いっそのこと会社を辞めて楽になろうと思うこともありますが、やはり退職後の生活が心配です。実際に解雇されたのであれば、その解雇の適法性を巡って争うこともできると思います。私のように、会社側が解雇を言い渡したのではなく、退職をただ勧奨し続けるような場合には、部長の言うように法的には問題ないのでしょうか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

回答


退職勧奨が行われる背景と原則論

 昨年12月28日、東京地方裁判所は、日本IBMの社員が、2008年秋のリーマンショックの後、人権侵害の退職勧奨を受けたなどとして、1人300万円の慰謝料などを会社側に求めた訴訟において、原告側の請求を棄却する判決を言い渡しました。裁判所は、日本IBMによる退職勧奨につき、「違法性なし」の判断を行ったわけであり、新聞等でも話題になりました。

 近時、長引く経済不況や、企業の構造改革の流れの中で、企業として人件費をどのように削減するかが問題となっている反面、日本では簡単に正社員を解雇することはできませんので、本件のように、あくまでも、社員の自由意思による退職を促すという退職勧奨(いわゆる「肩たたき」)が広く行われることになるわけです。

 退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であって、言うまでもなく、これに応じるか否かは対象となった労働者の自由な意思に委ねられるべきものです。

 したがって、会社側が、社員に対して退職勧奨を行うにあたり、当該社員に対して実施する説得活動については、そのための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限りにおいて、会社による正当な業務行為として行い得ることになります。そういう意味では、ご相談者の上司が述べるように「退職勧奨に応じるか否かは君の自由であって私は単に退職を促しているにすぎない」という発言そのものは正しいと言えます。

 ただ、当然のことながら、労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、または、その名誉感情を不当に害するような発言を行ったりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるような、不当な行為ないし言動をすることは許されず、そのような退職勧奨行為は、もはや、その限度を超えた違法なものとして不法行為を構成することになります。

 つまり、退職勧奨は、そのやり方によって、違法にも適法にもなり得るわけです。

裁判所が退職勧奨を違法と判断した事例

 退職勧奨に関する著名な最高裁判所の判決として、下関商業高校事件(最高裁判所昭和55年7月10日判決)があげられます。

 この判決は、市立高校教諭に対し、十数回におよび行われた退職観奨につき、その態様があまりにも執拗であって、退職勧奨として許容される限度を超えて退職を強要したとして、精神的苦痛に対する慰謝料の支払を命じた事例です。

 最高裁判所は、原審である広島高等裁判所の判断(昭和52年1月24日判決)をそのまま是認したのですが、広島高裁は以下のように認定しています。 「本件退職勧奨についてみるに、前記認定のとおり、被控訴人ら(注:退職勧奨を受けた職員)は第1回の勧奨(2月26日)以来一貫して勧奨に応じないことを表明しており、特に被控訴人らについてはすでに優遇措置も打切られていたのにかかわらず、甲らは被控訴人Aに対しては3月12日から5月27日までの間に11回、同Bに対しては3月12日から7月14日までの間に13回、それぞれ市教委に出頭を命じ、甲ほか6名の勧奨担当者が1人ないし4人で1回につき短いときでも20分、長いときには2時間15分に及ぶ勧奨を繰り返したもので、…しかもその期間も前記のとおりそれぞれかなり長期にわたっているのであって、あまりにも執拗になされた感はまぬがれず、退職勧奨として許容される限界を越えているものというべきである。…加えて甲らは被控訴人らに対し、被控訴人らが退職するまで勧奨を続ける旨の発言を繰り返し述べて被控訴人らに際限なく勧奨が続くのではないかとの不安感を与え心理的圧迫を加えたものであって許されないものといわなければならない。」

 同様に、退職勧奨を違法とした著名な判決としては、東京女子医大判決(東京地方裁判所平成15年7月15日判決)があり、次のように認定しています。

 「被告甲(注:被告医大の教授)は、平成10年10月22日の脳神経外科の職員会議における書面配布により、原告(注:退職勧奨を受けた助教授)を名指ししないものの、研究費を集めることができる人等の要件に該当しないスタッフは、定年までとどまる必要はなく、退職をすべきであると記載することにより、原告自身が自らのことを指していると認識できるような態様の文書を配布した。さらに、被告甲は、同年12月15目の忘年会における配布文書において、やはり原告の名指しは避けたものの、原告はもちろん、X学長やY教授にも対象者は原告であると認識できる内容の退職勧奨文書を配布し、同内容の挨拶を多くの被告大学脳神経外科関係者の前で行った。その内容は、スタッフの中には、学会にも出席せず、研究もせず、手術症例もほとんどないお荷物的存在がいること、死に体でこれ以上教室に残り生き恥をさらすというような侮辱的な表現を用いたものであった。さらに、同月17日の被告大学脳神経センター医局室における被告甲と原告との口論の中で、医局メンバー等衆人環視の下で、原告に対し、勤務ぶりをなじったり、23年間も助教授をして教授にもなれないのはだめであるという趣旨の発言をして早期に辞職すべきであるという趣旨の発言をしたものである。……被告甲は、被告大学の脳神経外科の主任教授であり、原告は同教室の助教授であるから、被告甲が、原告の勤務ぶりについて問題点を指摘し、指揮監督を行うこと自体は、違法行為であるとはいえないし、上司として、その組織のために部下の退職勧奨をすることも、それ自体としては許容され得るといわなければならない。しかし、本件認定の被告甲の行為は、古くからの知己も含む衆人環視の下で、誰にでも認識できるような状況下で、ことさらに侮辱的な表現を用いて原告の名誉を毀損する態様の行為であって、許容される限界を逸脱したものである。また、同月17日の被告大学脳神経センター医局室における被告甲と原告とのやり取りは、前記認定事実のとおり、売り言葉に買い言葉の口論の中で、相互の攻撃も含むものであったと認められるが、被告甲は、原告にとって上司の立場にあることを考えれば、助教授からの降格をにおわせたり、ことさらに名誉を毀損する態様の行動は違法な行為であると評価せざるを得ない。そして、以上の被告甲の行為は、原告に対して精神的苦痛を与えるだけでなく、原告の医師としての、又は教育者としての評価を下げ得るものであって、多大な損害を与え得る違法性の高い行為である。そこで、以上の行為について、被告甲は、原告に対し、不法行為による損害賠償義務を負うという結論になる。」

日本IBM判決について

 以上に対し、冒頭に述べた、退職勧奨を違法ではないと判断した東京地方裁判所判決は以下のように述べています。

 「本件では、被告(注:日本IBM)は、退職勧奨の対象となる社員に対し、当該社員が退職勧奨の対象となった理由(平成20年のPBC評価が低い見通しであることとその根拠等、当該社員の業績不良の具体的事実)を説明したり、また、本件企業文化を標榜する被告に現状のまま在籍した場合には低い評価をうけることとなるがそれに甘んずることなく更なる業務改善に努めることが要求される旨認識させたりする一方で、特別支援プログラムが立案された経緯や、充実した退職者支援の具体的内容を詳しく説明し、退職勧奨に応じるよう説得することとなる(その説得活動そのものは何ら違法なものではない。)。

 業績不振の社員がこうした退職勧奨に対して消極的な意思表示をした場合、それらの中には、これまで通りのやり方で現在の業務に従事しつつ大企業ゆえの高い待遇と恩恵を受け続けることに執着するあまり、業績に係る自分の置かれた位置付けを十分に認識せずにいたり、業務改善を求められる相当程度の精神的重圧(高額の報酬を受ける社員であれば、なおさら、今後の更なる業績向上、相当程度の業務貢献を求められることは当然避けられないし、業績不良により上司・同僚に甚だ迷惑をかけている場合には、それを極力少なくするよう反省と改善を強く求められるのも当然である。)から解放されることに加えて、充実した退職支援を受けられることの利点を十分に検討し又は熟慮したりしないまま、上記のような拒否回答をする者が存在する可能性は否定できない。また、被告は、退職者に対して、ほとんど利益を提供しない企業に比べて充実した退職者支援策を講じていると認められ、また、被告自身もそのように認識しているがゆえに、当該社員による退職勧奨拒否が真摯な検討に基づいてなされたのかどうか、退職者支援が有効な動機付けとならない理由は何かを知ることは、被告にとって、重大な関心事となることは否定できないのであり、このことについて質問する等して聴取することを制約すべき合理的根拠はない。

 そうすると、被告は、退職勧奨の対象となった社員がこれに消極的な意思を表明した場合であっても、それをもって、被告は、直ちに、退職勧奨のための説明ないし説得活動を終了しなければならないものではなく、被告が、当該社員に対して、被告に在籍し続けた場合におけるデメリット(被告の経営環境の悪化のほか、当該社員の業績不良による会社又は上司・同僚らの被る迷惑が残ること、当該社員が待遇に相応した意識改革・業績改善等のための一層の努力を求られること等)、退職した場合におけるメリット(充実した退職者支援を受けられること、当該支援制度は今回限りであること、業績改善等を要求される精神的重圧から解放されること等)について、更に具体的かつ丁寧に説明又は説得活動をし、また、真摯に検討してもらえたのかどうかのやり取りや意向聴取をし、退職勧奨に応ずるか否かにつき再検討を求めたり、翻意を促したりすることは、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した態様でなされたものでない限り、当然に許容されるものと解するのが相当であり、たとえ、その過程において、いわば会社の戦力外と告知された当該社員が衝撃を受けたり、不快感や苛立ち等を感じたりして精神的に平静でいられないことがあったとしても、それをもって、直ちに違法となるものではないというべきである。

 当該社員が被告に対して退職勧奨に応ずることによる有利不利の諸事情を比較検討した上で退職勧奨に応じない選択をしたこと、更なる説明ないし説得活動を受けたとしても退職勧奨に応じない意思は堅固であり、この方針に変更の余地のないこと、したがって、退職勧奨のための面談には応じられないことをはっきりと明確に表明し、かつ、被告(当該社員の上司)に対してその旨確実に認識させた段階で、初めて、被告によるそれ以降の退職勧奨のための説明ないし説得活動について、任意の退職意思を形成させるための手段として、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものと評価されることがあり得る、というにとどまると解するのが相当である。」

退職勧奨が違法になるかどうかは微妙な判断が必要

 これまで取りあげてきた三つの判決を見てもお分かりのように、退職勧奨が違法になるか適法になるかの判断は微妙です。

 事案ごとに、「退職勧奨の回数」「その期間」「勧奨担当者の言動」「勧奨担当者の人数」「退職における優遇措置の有無」等を検討して、総合的な判断をするしかありません。

 本件においては、会社が退職勧奨を行うこと自体や、退職におけるメリット、デメリットを説明することなどは許容されるでしょうが、社員や来客の目があるにもかかわらず、執拗にロビーや会議室に呼び出して同じ事を繰り返し説明したり、退職勧奨を受け入れるまでいつまでも説得を続けると明言したり、さらには、近親者の影響力を期待してその者に働きかけたりしたこと(このような行為について、金沢地方裁判所平成13年1月15日判決は「原告が退職勧奨に応じるか否かは、あくまで原告の自由な意思によるべきであるのに、原告の近親者の原告に対する影響力を期待して、原告が退職勧奨に応じるよう説得することを依頼することは退職勧奨方法として社会的相当性を逸脱する行為であり、違法であると評価せざるを得ない。」と判示しています)などの事情からして、裁判になった場合に違法と判断される可能性は高いと思われます。

 そして、違法と判断された場合には、当該退職勧奨は不法行為に該当しますので、会社側に損害賠償責任が発生することになります。

 なお、ご相談者は、退職勧奨に応じることを一度断っているにもかかわらず、会社はその後も退職勧奨を行っています。

 この点、日本IBM判決においては、退職勧奨の対象となった社員が消極的な意思を表明した場合であっても、会社側が、直ちに、退職勧奨のための説明ないし説得活動を終了しなければならないものではないとしている反面、当該社員が、退職勧奨に応ずることによる有利不利の諸事情を比較検討した上で退職勧奨に応じない選択をしたこと、更なる説明ないし説得活動を受けたとしても退職勧奨に応じない意思は堅固であり、この方針に変更の余地のないことを明確にし、退職勧奨のための面談には応じられないことをはっきりと表明し、かつ会社側に対してその旨を確実に認識させた段階以降の退職勧奨は違法と評価されることがあり得るとしています。

 従って、ご相談者としては、事態がここまで来れば、上司に遠慮などせず、日本IBM判決の指摘するような形で、退職勧奨のための面談には応じられないことを、会社に対して、証拠に残る形で明確に表明することを検討してもよろしいかと思います。

2012年04月25日 09時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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