50時間もの残業代

   

50時間もの残業代、年俸制だと請求できない?

相談者 HKさん

 「すぐにでも働いてもらいたいのです。来週から来られますよね」

 労務担当の役員の山下氏は、私の履歴書に一瞬目を通しただけで机の上に投げ出すと、仕事の内容を説明し始めました。採用は決まりのようでした。 

 転職先は東京都内にある従業員50人ほどの中小の部品メーカー。スマートフォン向けの特殊な部品がヒットし業績は好調で、即戦力となるベテランを募集していたのです。職種は経理と一般事務です。

 事務の仕事は派遣社員の若い女性にいき、経理も外注されているご時世です。リーマンショック後の不景気でリストラされた40歳を過ぎた中年男が、中小企業とはいえ正社員の事務職にありつけたのは幸運としかいいようがない…と、その時は思いました。

 「賃金は年額450万円です」と山下氏。月給の額ではなく、給料の年額を告げられたのには、戸惑いました。

 「うちの会社は年俸制なんですよ。450万円を18等分した25万円が月給。夏冬のボーナスは、450万円から月給の12か月分300万円を引いた残り150万円の2分の1で、75万円です。よろしいですか」

 業績本位の外資系企業をまねたような給与体系に、一瞬、違和感を覚えました。でも、住宅ローンもあり、食べ盛りの子供を2人抱えている身です。いただける額が同じなら構わないと思い、「お願いします」と頭を下げました。

 その瞬間、山下氏が傍らに座っている眼光の鋭い白髪の社長と、意味ありげにうなずき合ったのが少し気になりました。

 入社当初は仕事を余裕でこなしていました。前の会社で、伊達だてに経理マンとして年をくったわけではないのです。新しい職場でもなんとかやっていけると思っていました。

 ところが1か月ほどたったころ、同僚が体調を崩して退職したのです。彼も転職組でした。彼の仕事はそっくり私が引き受けることになりました。それから仕事量が急に増え、毎日、残業しないとこなせなくなりました。

 勤務時間は9時から18時までで昼休みが1時間の8時間ですが、21時近くまでパソコン画面とにらめっこです。昼食時も、コンビニのおにぎりを左手でほおばりながら、右手でマウスをクリックすることもあります。1日3時間程度の残業が続き、月の超過勤務時間は50時間にもなりました。

 事務職の補充を期待していましたが、増えるどころか、社長は「事務部門は人が多すぎる。仕事に無駄があるから残業している」と言い出す始末です。しかも、これだけ残業をしていても給料の額は25万円のままです。

 「残業代はどうなっているのですか」と私を採用した山下氏に直訴しました。すると、「残業代や諸手当込みで450万円の年俸というわけで…」と説明されました。

 とりつく島もない態度から、「辞めてもらっても構わない、代わりはいくらでもいる」という魂胆が透けて見えました。

 2人分以上の仕事量なのに給料は1人分です。到底、納得できません。年俸制を承知で入社した以上、残業代は請求できないのでしょうか。いくら働いても給与が同じという説明も受けていません。“タダ働き”分の賃金はもらいたいと思います。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

回答


「年俸制=残業代不要」という根強い誤解

 近時、年俸制を採用する企業が増えています。年功序列型の賃金体系より、欧米流の成果主義の賃金体系を志向する人が徐々に増えてきており、年齢・学歴・勤続年数等で給与が決定されるのではなく、個人の業績や成果に応じて、相応の賃金を受け取る制度を採用することが、社員のやる気を促し、企業の活性化にもつながると考えられているようです。

 しかし、年俸制とは、年換算で賃金額を決定する賃金体系のことを意味し、特段の定めがなければ、年俸額は、あくまでも就業規則に定められた所定労働時間分の対価にすぎず、いくら働いても年俸額ですべてカバーされるという制度ではありません。年俸制の是非に関するアンケートなどをみると、年俸制に対する不満として「年俸制では残業代がつかない」という意見を見受けることがありますが、これは誤解に基づくものです。

 以下、残業代に関する一般論、それに続けて年俸制と残業代の関係についてご説明していきたいと思います。

 労働時間に関しては、労働基準法上、従業員を就労させることのできる時間的限界が設定されていて、また、かかる時間的限界を超えた場合や深夜に労働をさせた場合には「割増賃金」を支払わなければならないものとされています。

 まず、会社は、原則として、1週間について「40時間」を超えて労働させてはならず、1週間の各日については、1日に「8時間」を超えて労働させてはならないとされています。また、会社は、労働時間の合間に休憩時間や休日を付与しなければならないのであって、休憩時間は、労働時間が6時間を超える場合には少なくとも45分以上、8時間を超える場合には1時間以上でなければなりません。さらに、休日については、原則として、毎週少なくとも1回以上でなければなりません。加えて、会社が、労働時間を延長し、もしくは休日に労働させた場合、または深夜の時間帯(午後10時から午前5時までの間)に労働をさせた場合には、通常の労働時間または労働日の賃金に一定の割増率を乗じた割増賃金を支払わなければならないこととされています。なお、割増率は、単純な時間外労働の場合で25%以上、休日労働の場合で35%以上、深夜労働の場合で25%以上とされています(さらに、平成22年の法改正で、時間外労働が月60時間を超えた場合の割増率は50%以上とされています)。これら割増賃金の支払いを行わない場合には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられることになります。

 そして、一般に「残業代」と言われているものは、残業によって生じる賃金を指す言葉であって、労働基準法に定められた上記割増賃金がこれに相当することになります。

 なお、会社が、労働者に時間外・休日労働を行わせるためには、時間外・休日労働が労働基準法上適法化されるように、いわゆる36協定(サブロク協定)を締結するなどの必要がありますが、その点は割愛します。

 年俸制度を採用している場合、会社から、「時間外、休日、深夜の割増賃金が年俸の中に当然に含まれている」との主張がなされる場合があり、会社としては、年俸制さえ採用すれば割増賃金を支払わなくてもよいと考えていることがあり、社員の方もそのように考えている人が少なからずいますが、それは明らかに誤りです。

一定の条件を満たさない限り、年俸とは別に残業代の支払いが必要

 大阪地裁平成14年5月17日判決(創栄コンサルタント事件)は、「年俸制を採用することによって、直ちに時間外割増賃金等を当然支払わなくともよいということにはならないし、そもそも使用者と労働者との間に、基本給に時間外割増賃金等を含むとの合意があり、使用者が本来の基本給部分と時間外割増賃金等とを特に区別することなくこれらを一体として支払っていても、労働基準法37条の趣旨は、割増賃金の支払を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにあるから、基本給に含まれる割増賃金部分が結果において法定の額を下回らない場合においては、これを同法に違反するとまでいうことはできないが、割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は、同法同条に違反するものとして、無効と解するのが相当であ」るとした上で、「被告における賃金の定め方からは、時間外割増賃金分を本来の基本給部分と区別して確定することはできず、そもそもどの程度が時間外割増賃金部分や諸手当部分であり、どの部分が基本給部分であるのか明確に定まってはいないから、被告におけるこのような賃金の定め方は、労働基準法37条1項に反するものとして、無効となるといわざるを得ない。」と判断しています。

 つまり、支払い給与において、「基本給」と「割増賃金に当たる部分」(予定割増賃金額)が明確に区分されて合意され、かつ労働基準法所定の計算方法による割増賃金額が、その予定割増賃金額を上回るときには、差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金部分を当該月の割増賃金の一部または全部とすることができるわけです。

 換言すれば、労働基準法どおりの計算による割増賃金として充当される額が明示され、または、充当されることになる額が容易に算定可能であることが必要なのであって、そうなっていない限り、会社は、年俸とは別に割増賃金を支払う必要があるわけです。

 ご相談者の場合、会社の担当者は、残業代や諸手当もすべて込みで年俸として450万円と決められていると説明しているようですが、そのような説明は、通用しません。上記のように、雇用時において、例えば月額支給額25万円のうちの5万円が、予定割増賃金部分であり、割増賃金が月額5万円を超えている場合には、その不足分を支給するというような取り決めにでもなっていない限り、仮に年俸制であっても、割増賃金分の全額について会社は支払わなければならないのです。

残業代算出の際には、賞与の取り扱いに要注意

 なお、相談者の場合、月給として、年俸額を18等分した25万円が支給され、賞与として、夏冬各18分の3の75万円が支給されることになっていますが、この点はどのように影響するのでしょうか。

 割増賃金の計算は、「通常の労働時間又は通常の労働日の賃金の計算額」を基礎としてなされますが、その1時間当たりの金額の算定方法は、月給について言えば、その所定金額に対応する所定労働時間数で除した額とされています。これは、簡単に言えば、普通に働いて1か月に受け取る賃金額を1か月あたりの所定の労働時間で割った1時間あたりの金額を意味します。そして、一般に賞与は、その算定金額から外れることになります。つまり、年収は変わらなくても、賞与を高くして、その分月額給与を低く抑えた場合、割増賃金の基礎となる1時間あたりの金額が低くなるという関係にあるわけです。

 この点、行政通達は、割増賃金の基礎となる賃金に算入しないことになっている「賞与」とは「支給額があらかじめ確定されていないもの」をいい、支給額が確定しているものは「賞与」とはみなされないとしています。従って、年俸制で毎月払いと賞与部分を合計して予め年俸額が確定している場合の賞与部分は、支給額が予め固定しているわけですから「賞与」に該当せず、賞与部分を含めた年俸額を算定の基礎として割増賃金を支払う必要があることになります。

 つまり、相談者の場合には、割増賃金を算出する際の基礎賃金は、年俸額の18分の1ではなく、12分の1の額となりますので注意が必要です。

外資系などの高額年俸で残業代込み認めた判例も

 以上のとおりであり、本件事例の場合、相談者は、賞与のことは無視して、年俸額の12分の1を基に算定された基礎賃金に、前述の割増率を加算した1時間あたり賃金から導き出される残業代(割増賃金)を会社に対して請求することができることになります。

 会社としては、人件費削減の観点から年俸制を導入し、残業代を支払わずに、社員を幾らでも働かせようと考えたのかも知れませんが、そのような対応が許されないことは言うまでもないことです。相談者の方は、上記のような説明を前提にきちんと会社と交渉して、らちがあかないなら、労働基準監督署や弁護士に相談することをお勧めします。

 最後に、余談として、本件と同様に、割増賃金について何の取り決めも事前の説明もなく、給与に充当される割増賃金の額が明示されていない事案であっても、基本給に割増賃金が含まれているので、割増賃金の支払いをしなくてもよいとした判例がありますので、ご紹介しておきます。

 外資系証券会社の事案で、年間総額2000万円を支払い、月給として毎月2000万円の12分の1に相当する金員を支払うなどといった取り決めで入社した社員に関し、東京地方裁判所平成17年10月19日判決は、「<1>原告の給与は,労働時間数によって決まっているのではなく、会社にどのような営業利益をもたらし、どのような役割を果たしたのかによって決められていること、<2>被告は原告の労働時間を管理しておらず、原告の仕事の性質上、原告は自分の判断で営業活動や行動計画を決め、被告はこれを許容していたこと、このため、そもそも原告がどの位時間外労働をしたか、それともしなかったかを把握することが困難なシステムとなっていること、<3>原告は被告から受領する年次総額報酬以外に超過勤務手当の名目で金員が支給されるものとは考えていなかったこと、<4>原告は被告から高額の報酬を受けており、基本給だけでも平成14年以降は月額183万3333円を超える額であり、本件において1日70分間の超過勤務手当を基本給の中に含めて支払う合意をしたからといって労働者の保護に欠ける点はないことが認められ、これらの事実に照らすと、被告から原告へ支給される毎月の基本給の中に所定時間労働の対価と所定時間外労働の対価とが区別がされることなく入っていても、労基法37条の制度趣旨に反することにはならないというべきである」と判示しています。

 もちろん、高給を取る外資系会社社員の場合には、割増賃金に関する一般論が通用しないというわけではありませんが、裁判所は、労働基準法の割増賃金規定の制度趣旨である、「法定労働時間制及び週休制の原則の維持を図るとともに過重な労働に対する労働者への補償を行おうとする」という基本に鑑みて、実質的な判断を行っていると言えるでしょう。

2011年12月14日 11時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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