内部通報で報復人事、配転の取り消しは可能?

相談者 KUさん

  • イラストレーション・いわしま ちあき

 その部屋に入ったとたん、不覚にも目が潤んできました。最上階の北側にある窓のない空間。真ん中にはいすとテーブル。カビとほこりが混じった臭い。入社20数年目にして噂に聞いていた“謹慎部屋”に初めて入りました。「パーソナルルーム」と呼ばれているそうです。

 営業本部の第一線の課長から企画開発部付の課長を命じられた現実を思い知らされました。部下は一人もいません。それどころか、電話もありません。

 「定年までさらし者になるか、辞表を出すか、戦うか。どっちにしろ、この会社での俺のキャリアは終わった」。私は覚悟を決めました。

 大手電機メーカーに入社以来、販売部門で製品を売り込んできました。成績も上がり、同期の中で最初に係長、課長に抜てきされました。ここまでは順調に出世の階段を上ってきたと思います。

 「もうそろそろ部長か」。そう思った私に、コンプライアンスの落とし穴が待っていたのです。断っておきますが、私はコンプライアンスを犯した訳ではないのです。むしろその逆です。

 あるとき、課長級資格者(参事補)を対象にした人事研修がありコンプライアンスについてレクチャーされました。

 「皆さんはいずれ部長、そして取締役として何十人、何百人の部下を持つでしょう。部下が利益至上主義で暴走し法令違反をしないように目を光らせておかなければなりません。一歩間違えると、儲けた金額以上に取り返しのつかないダメージを受けることになります。雪印食品のように、連結売上高が1000億円を超える企業が、輸入牛肉を国内牛肉に偽装したというたった一度の不祥事の発覚から。わずか3か月で会社解散に追い込まれることもあるのです」コンプライアンス室が呼んだ講師の弁護士さんは、こう強調していました。

 それからしばらくして、研修でコンプライアンス違反として教えられた幾つかの事例の一つと、そっくりの事態が営業本部で展開していることを知りました

 取引先の会社から、取引商品について専門知識のある非常に優秀な社員を私の会社に転職させようというのです。しかし、そんなことをすれば不正競争防止法に違反する可能性があるばかりか、取引先との関係も悪化し業界での評判も落とす可能性があります。私は、会社のコンプライアンス室に事の一部始終をメールで通報しました。

 その結果、ひそかに進められていた引き抜き計画は中止されました。取引先の会社にも転職計画が発覚しましたが、謝罪して事なきを得て、一件落着のはずでした……。

 ところが、コンプライアンス室は私への返信メールを、私の上司や人事部長にもBCCで送っていました。私が通報したことがすべて筒抜けだったのです。

 引き抜きを画策していた上司は「顔をつぶされた」と激怒したそうです。報復されるのは火を見るよりも明らかでした。突然、私に辞令が出され、パーソナルルーム行きが決まったのです。外部の得意先に連絡することも、すべて会社の許可が必要とされました。

 以来、まともな仕事を与えられず、ボーナスも減らされました。会社の仕打ちはひどい話です。このまま“座敷牢”で朽ち果てるのでしょうか。

 会社のためを思い、内部通報というサラリーマンにとっては非常にリスクの高い選択をしたのです。「一寸の虫にも五分の魂」です。会社の仕打ちは許せません。知り合いの弁護士に相談したところ、私のような内部通報者を保護する法律があり、会社は通報者を解雇したり、不利益に扱ったりすることは禁じられていると教えられました。

 私の今回の配転は、私にとって不利益なものであり、この法律に違反するのではないでしょうか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

回答


“オリンパス事件”…内部通報者の法的保護とは

 今回のご相談は、いわゆる内部通報に関する問題です。平成23年8月31日、東京高等裁判所が、オリンパスの社員による内部通報を巡る訴訟で、一審判決を覆し、内部通報者である社員の主張を認める逆転判決を言い渡したことは記憶に新しいところです。今、企業における内部通報制度のあり方がまさに問題となっており、オリンパス事件判決の内容についても詳細にご説明しながら、ご相談に回答していきたいと思います。

 現在、多くの企業は、社内における法令違反その他不正行為の発生に関し、内部通報の仕組みを整備し、企業が内部通報者の保護を制度的に保障すると共に、通報対象事実を調査し、早期に不正行為の是正や適切な対応策を実施できる体制を取っています。

 平成18年4月には、公益通報者保護法が施行され、労働者が、事業者内部の法令違反行為について、(1)事業者内部 (2)行政機関 (3)事業者外部に対し、それぞれ所定の要件を満たして公益通報を行った場合には、公益通報者に対する解雇の無効、その他の不利益な取扱いの禁止を定めて、公益通報者の保護を法的にも図っています。

 同法律では、具体的に、保護されるべき「公益通報」とは、(a)「労働者」(正社員はもちろん、派遣労働者、アルバイト、パートタイマーなども含まれます)が、(b)「不正の目的」(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的など)でなく、(c)労務提供先等について(d)「通報対象事実」が(e)生じ又は生じようとする旨を、(f)「通報先」に通報することと定義されており、保護の要件が明確になっています。

 今回のケースでは、相談者は、当然に「労働者」に該当します。また、引き抜き計画が進められれば不正競争防止法に違反する可能性があるばかりか、取引先との関係も悪化し業界での評判も落とす可能性もあることを危惧して通報したわけですから「不正の目的」は認められません。さらに、その勤務する会社に関することですから、「労務提供先」について、ということになりますし、不正競争防止法に違反する、取引先社員の転職計画が進められていたのですから、「通報対象事実」が生じようとする旨の通報となります。そして、勤務先である会社は、当然に「通報先」に該当します(法律上、通報先がどこかによって保護要件が異なるのですがここでは割愛します)。

 このように見ると、相談者のケースは、まさに、公益通報者保護法に規定している公益通報を行った結果、不利益な取扱いを受けた場合ということになりそうです。そして、公益通報に該当するとした場合、同法は、公益通報をしたことを理由とする解雇の無効・その他不利益な取扱いをすることを禁止していますので、会社からの今回のような仕打ちは許されないことになります。

 相談者としては、その旨を持ち出して会社と交渉し、交渉が不調に終わった場合には、訴訟を提起して、配転命令は無効であり企画開発部付の課長として勤務する雇用契約上の義務などないことを確認するとともに、不利益取扱いが不法行為を構成するとして、会社や上司などに対して損害賠償請求を求めていくことができると思われます。

「配転命令の不利益わずか」…通報者がまさかの敗訴(東京地裁)

 ところで、今回のご相談ですぐに想起されるのは、冒頭に述べた、いわゆるオリンパス事件と呼ばれる訴訟です。同訴訟は、オリンパスの社員が、社内のコンプライアンス窓口に対して上司の不正な行為を通報したことで、必要のない配転命令などの報復を受けたとし、当該配転命令の効力を争うとともに、この配転及び配転後に退職に追い込もうと嫌がらせを行ったことが不法行為を構成するとして、慰謝料等を、会社及び上司らに対して請求した事案です。

 本事案について、平成22年1月15日、第1審である東京地方裁判所は、不利益な配転を受けたとする原告(通報者)の請求を棄却しました。東京地裁は、通報者が行った通報につき、公益通報者保護法にいう「通報対象事実」に該当する通報ではないとし、さらに、配転命令が、通報の制裁としてなされたもので権利の濫用であるという主張についても、本件配転後に賞与が若干減額されているものの(2年間で23万9100円)、勤務地は変わらず、配転命令による不利益はわずかなものであるなどとして、本件配転命令が報復目的とは容易に認定し難いと判断したものです。

 この裁判所の判決については、正直言って、私も、意外な結果に非常に驚いたのですが、当然のことながら、各層から、裁判所の判決に対する様々な厳しい批判とともに、上記原告(通報者)に対する応援メッセージがメディアを通じて発信されたりしました。

 上記判決に対し、原告は控訴をし、平成23年8月31日、東京高等裁判所は、今度は、控訴人(通報者)の請求を認め、配転命令の無効を確認し、精神的苦痛や賞与の減額分などを損害と認めて、オリンパス及び上司に対して220万円を支払うように命じる、逆転勝訴判決を下しました。この逆転勝訴判決が、メディアの大きな注目を集めたことは言うまでもありません。

「上司へのCCメールは守秘義務違反」…通報者の逆転勝訴(東京高裁)

 東京高裁の判決では、通報が公益通報者保護法における公益通報であると明確に認定はしていないものの、オリンパスの内部通報に関する運用規定に照らせば、内部通報に該当するものであることを認定し、それゆえ、通報を受けたコンプライアンス室が、「控訴人(通報者)の秘密を守りつつ、本件内部通報を適正に処理しなければならなかった」としています。

 その上で、コンプライアンス室長が、通報者に対して、通報に対する回答メールを送る際に、当該メールを、上司と人事部長にCCで送ったことにつき、守秘義務違反があったことを認定し、また、通報者による通報の事実を認識した上司が、「本件内部通報を含む一連の言動が控訴人(通報者)の立場上やむを得ずされた正当なものであったにもかかわらず、これを問題視し、業務上の必要性とは無関係に、主として個人的な感情に基づき、いわば制裁的に配転命令をしたものと推認できる」と認定した結果、同配転命令が通報による不利益取扱を禁止した運用規定に違反したと判断しました。

 さらに、通報者が受けた不利益について、「当時47歳であった控訴人(通報者)を全く未経験の異なる職種に異動させることは、従来のキャリアの蓄積をゼロにして、事実上、昇格及び昇給の機会を失わせる可能性が大きい」「昇格の機会の喪失は、退職金の減少をもたらすし、昇給がないことは賞与の減少をもたらす」とした上で、通報者にとって「著しく達成困難な課題、あるいは全くの新人と同様の課題を設定することは、それ自体不合理であり」「屈辱感を与えるなど精神的負担を与えるものと認められる」と判示し、配転命令につき、人事権の濫用であるとしました。

 今回の高裁判決により、内部通報に伴う人事権の行使が濫用に該当するという判断を明確にしたことで、内部通報に対する会社の取扱い、特に、内部通報に伴う秘密保持については厳格に行われなければならないという教訓が、各企業に与えられたことになると思われます。

オリンパス損失隠し事件、源流はここに?

 今回のご相談は、前述のように、公益通報者保護法の保護要件を十分に満たしていると考えられ、オリンパス事件とは事情が異なりますが、通報に対する返信メールが、上司や人事部長にもBCCで送られていたとのことであり、オリンパス事件の東京高裁判決の内容からみても、通報を受けたコンプライアンス室の対応が不適切であったことは言うまでもありません。また、内部通報の結果、いじめとも言えるような不利益な処遇を受けていることも共通しており、相談者としては、オリンパス事件も参考にしながら、配転命令は無効であることを主張し、減給されたボーナス相当額その他の損害の賠償を請求していくことになると思われます。

 内部通報は、組織の不祥事を未然に防ぐ等、極めて有益なものと言えますが、会社のことを考えて高い志を持ち不正を指摘した社員に、結果として不利益が発生してしまうのでは、到底、その機能を果たし得るものではありません。上記の高裁判決が出たことを契機として、勇気を持って通報した社員の保護を図るため、内部通報の制度を、今まで以上に整備し、組織の自浄作用が十分に機能するようにしていくことが重要です。

 なお、上記裁判で敗訴判決を言い渡されたオリンパスですが、現在、過去のM&Aを巡るファイナンシャル・アドバイザーへの高額手数料の支払いが、有価証券投資などの損失解消に充てられていた可能性があると判明し、大きな問題となっています。まさに、オリンパスの企業ガバナンス自体に対する信用が揺らいでいるわけです。上記の内部通報における不適切な対応の問題と、現在のオリンパスを巡る不祥事は、本質を同じくするのではないかとの印象を持っているのは私だけではないと思っています。

2011年11月09日 09時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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