“一方的な通告”で買い物ポイントが失効した…
相談者 J.Kさん
「ただ今、電話が大変混み合っております。担当者とおつなぎしておりますのでしばらくお待ちください」
受話器からは、無機質な応答メッセージが流れています。私は、あるネット通販サイトの担当者と話せないことに、いら立っていました。
「ポイントがなくなったって? 一方的すぎる。32インチ・テレビはどうなるんだ」。怒りの持って行き場がありません。
近所に大型ショッピングセンターや家電量販店がないことから、食料品以外の買い物のほとんどをこのネット通販サイトに頼っており、買い物をするたびに付与されるポイントばかりではなく、このサイトから送信されてくる広告メールに載っている宣伝もこまめにクリックするなどして、ポイントを稼いできていました。
今年2月には1万ポイント近くたまりましたが、それまでポイントを、オリジナル景品や食料品、日用品などに換えず、使うのを我慢していたのは、地デジ対応テレビが欲しかったからです。ところが、最近、通販サイトの会員ページの「残ポイント」欄を確認したところ「0」と表示されていました。
「来年の2月まで、ポイントは有効なはずなのに。なぜだっ」
画面に向かって大声を上げていました。
サイトを凝視したところ、サイトのトップ画面に、告知文「お客さまへの重要なお知らせ」を見つけました。それは6か月ほど前の日付であり、3か月間の周知期間を経た上で、ポイントの有効期間を、最後に買い物をした時から2か月間に変更する――というものです。
私はその告知文がちょうど出た頃から、岩手県に長期出張していて、最近、半年ぶりに東京に戻ってきました。勤務先の会社の工場が東日本大震災で被災し、復旧の応援要員として派遣されていたのでした。何か月か前に一度サイトを利用し、その際、この告知文に気がつきませんでしたが、普段そういったものを一々チェックしていないので、見落としたのかもしれません。
5分くらい過ぎたころでしょうか。やっと電話が担当者につながりました。抗議したものの、らちが明きません。興奮してどなっても、「大変申し訳ありませんが、利用規約どおりの手続きでお客さまに告知いたしております」と判で押したように
担当者の説明によると、利用規約には、会員サービスは決められた方法をとればいつでも変更できるとある、というのです。
<サービス内容の変更はきちんとサイト上で告知しているし、適切な周知期間も設けている。告知の段階でそのポイントを使用していれば問題なかったわけであり、当社に何ら非はない。有効期限を過ぎてポイントがすべて失効している以上、そのポイントに基づく権利主張をされても応じられない――>というのが、通販サイト側の言い分であり、論理です。
私は、利用規約があることくらいは知っていましたが、あんな長い文書を見る気もしなかったので一々読んでおらず、ただサイトにアクセスし、「買い物かご」に欲しい品物を入れていただけです。もちろん、利用規約に従うことをこちらから確約した覚えもありません。
利用規約を読んだことがなく、その内容も知らないのに、「ポイントがなくなった」という一方的な通告に従わなければならないのでしょうか。(過去の事例を基にしたフィクションです)
(回答)
読んでいない規約に拘束されることも
本件は、ネットの世界ではよく発生しているケースです。ポイントについては、企業によっては、今でも、昔ながらの「おまけ(恩典)」という感覚でいるところがあり、企業が提供する「おまけ」なのだから、その条件を一方的に変えても構わないという発想で、企業側の都合で条件を変更し、時に、利用者との間でトラブルになっています。
しかし、今や、ポイントは、単なる「おまけ」というより、「疑似通貨」としての性格を強めてきています。現に、金融庁が平成19年12月18日に公表した「決済に関する論点の中間的な整理について(座長メモ)」の中で、ポイントの決済機能に着目して、その規制の是非について検討を行っています。この時の検討結果は、平成22年4月1日に施行された「資金決済に関する法律」に反映されていますが、結局、同法は、ポイントについての規制を実施しませんでした。しかし、今後もポイントの疑似通貨化が一層進めば、近い将来、ポイント行使の条件を企業が
現在は、そういった規制がなく、ポイント行使の条件変更については、企業の判断に委ねられているのが実情です。それを踏まえて、今回のご相談について回答したいと思います。
本件でまず問題となるのは、「規約の拘束力」の問題です。ご相談者は、当該サイトの利用規約を読んだこともなく、規約に従うことを確約したことすらないとのことですが、そのような場合でも、当該規約内容に利用者が拘束されるのでしょうか。
この点、結論としては、原則的に、利用者は規約に拘束されるということになります。
相談者の方が利用したサイトにおいて利用規約がどのように設定されているかは不明ですが、当該サイトの利用にあたって、規約に対し同意するか否かのクリックを求めていないのかも知れませんし、そもそも、利用規約の存在を知っていても、その内容を一々確認する人はまれかと思います。
ただ、この点、経済産業省が公表している「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」では、以下のように説明されています(この準則は頻繁に改訂されていますが、平成23年6月に利用規約の有効性に関する解説部分が改訂になっています)。
「インターネットを利用した電子商取引は今日では広く普及しており、ウェブサイトにサイト利用規約を掲載し、これに基づき取引の申込みを行わせる取引の仕組みは、少なくともインターネット利用者の間では相当程度認識が広まっていると考えられる。従って、取引の申込みにあたりサイト利用規約への同意クリックが要求されている場合は勿論、例えば取引の申込み画面(例えば、購入ボタンが表示される画面)にわかりやすくサイト利用規約へのリンクを設置するなど、当該取引がサイト利用規約に従い行われることを明示し且つサイト利用規約を容易にアクセスできるように開示している場合には、必ずしもサイト利用規約への同意クリックを要求する仕組みまでなくても、購入ボタンのクリック等により取引の申込みが行われることをもって、サイト利用規約の条件に従って取引を行う意思を認めることができる」
規約で多数の利用者との個別契約を省略
つまり、サイト利用規約があらかじめ利用者に対して適切に開示されている等の条件を満たす限りにおいて、仮に、利用者が規約の内容を認識しなくとも、原則として規約に拘束されるということです。この点、ヤフーオークションで詐欺被害を受けたとする被害者が、ヤフーに対して損害賠償請求を求めた訴訟において、利用規約と同様の役割を果たす「ガイドライン」につき、裁判所は、利用者とヤフーの間で利用契約の内容として成立している旨を判示しています(名古屋地方裁判所平成20年3月28日判決、名古屋高等裁判所平成20年11月11日判決)。
このような結論に疑問を持つ方もいらっしゃるかも知れませんが、このような契約形態は、実は我々の周りに多数存在しています。例えば、鉄道やバスなどを利用する際に、一々、鉄道会社と契約を結びませんが、我々は「運送約款」に拘束されています。普段余り意識していませんが、不特定多数の利用者と定型的な取引が行われる場合、あらかじめ約款によって取引条件を定めて、個別契約を取り交わすことを省略するというのは、意外と広く行われているのです。判例も、保険約款に関して争われたケースで「仮に、当該契約締結者が、普通保険約款の内容を告げられず、これを知らなかったために、その約款中の一部の内容について、結果的にみて不満がある場合や、その一部の内容について明確な合意がないとみられる場合であっても」当該約款に拘束される旨を判示しています(函館地方裁判所平成12年3月30日判決)。
従って、相談者の方が利用しているサイトにおいて、取引の申し込み画面に、わかりやすく規約へのリンクが設置されていないとか、規約が容易にたどり着けないような場所にあるなどの場合でなければ、仮に、規約の内容を認識していない場合であっても、規約に拘束されるという結論になるわけです。
「ポイントの条件変更は最低1か月前には通知」のガイドライン
利用規約の拘束力が認められるとした場合、当該規約に、規約の改正方法に関する規定があり、また自由に規約内容の変更をすることができる旨が明記されていれば、企業は、その規約に規定されているポイントの内容を、一方的に変更することも可能となります。
ただ、例えば、今日、規約を改正して、明日までに使わなければポイントが失効するというようなことが許されないことは言うまでもありません。
この点、「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」では、「サイト利用規約の変更の事実をサイト利用者に周知するようにしていない場合には、サイト利用規約の変更を知らなかった利用者に対する関係で、契約内容の錯誤や信義則などにより、変更後の条件(特に変更前よりも利用者に不利となる条件)の拘束力に疑義が生じる可能性がある。」としています。つまり、変更の事実をきちんと利用者に周知すべきだということです。
経済産業省の企業ポイント研究会(商務流通審議官の私的研究会)がまとめた「企業ポイントのさらなる発展と活用に向けて」(平成19年7月)と題する検討結果でも、「各企業は自社の事業戦略にもとづき企業ポイントを設計、運営している。従って、企業ポイントに関するルールは、運営する企業の事業判断によって変更されうる。ただし、各社は提供するポイント制度に対して、消費者が正確かつ十分な理解を得られるよう情報開示及び告知を行い、消費者の期待の明確化に努めるとともに、その消費者が貯めたポイントの価値に対する消費者の期待に十分応えるよう、各社の事業やポイント制度の内容に応じて、可能な範囲で配慮することが望ましい。」とされています。
では、利用者への周知期間や周知方法はどのように設定すればよいのでしょうか。
この点については特に確定的な決まりはなく、各社の判断に委ねられているのが実情です。ただ、インターネットポイント・サービスを提供している企業を中心に構成されている日本インターネットポイント協議会が提示しているガイドラインが参考になるのでここで取りあげておきます。同ガイドラインでは、ポイント利用内容に関する変更については、以下のように規定しています。
「インターネットポイント・サービス提供企業はインターネットポイント・サービス参加消費者に対して、ポイントの利用及び価値に関する内容(ポイント交換及びポイント特典提供サービス)の変更及び中止を行なう場合には、最低1ヵ月前の事前告知するように努力するものとする。」「ポイントの利用及び価値に関する内容の大幅な変更をする場合には、最大1年間の事前告知をするように努力する。」「最低1ヵ月前の事前告知期間を超えての告知期間については、各社実績に基づく運営に任せるものとする。」
以上を考え合わせると、本件では、サイト運営企業が、利用規約に対する同意クリックを求める仕組みを設けているか、もしくは利用規約をわかりやすいところに掲げていて、利用者が利用規約に拘束される条件を満たしているという前提にたった場合、ポイント行使の条件変更(有効期間の短縮)にあたり、サイトのトップ画面に告知文を設けて、3か月間の周知期間を設けた上で規約変更を実施している以上、利用者は、変更後の規約内容に拘束されるという結論になると思われます。つまり、相談者の方が、ためていたポイントを、変更前の旧規約に基づいて、32インチ・テレビに交換することはなかなか難しいというわけです。