軽い“つぶやき”が重大な事態を招く


相談者 AYさん

  • イラストレーション・いわしま ちあき

 騒ぎの発端は、何気ないつぶやきからでした。

 「そういえば今日、あの韓流女優を撮影現場で見たよ。実物は意外と小柄、低身長。ちっこい。ちっこい。スラリと背が高く見えるのは画面のマジック」

 「ほほ笑みの天使と言われているけど、それはカメラが回っているときだけで、スキだらけ。表情ゆがんでいた」

 独白でも、誰かにしゃべったわけでもありません。キーボードをちょっとたたいただけです。もう、おわかりでしょう。つぶやきとは、140文字以内のショートメッセージを投稿し合うSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)「ツイッター(Twitter)」の「ツイート」のことです。今をときめく韓流女優のテレビCM現場の一部始終を、現場にいたスタッフが、うかつにもつぶやきリポートしたのでした。

 このつぶやきを、「面白いネタはないか」と四六時中ネットウオッチングしている人々が見逃すはずがありません。つぶやいたのが某広告会社のCM製作スタッフであることを、ネットの情報からたちまち突き止めたのです。そのうえ、CMのクライアント企業や韓流スターの事務所に、メールでご注進したのでした。

 困ったのはこの私。某広告会社のCM製作責任者です。守秘義務違反でCM製作はキャンセルされ、韓流スター側から名誉毀損きそんの訴えを起こされそうです。

 つぶやいた本人は、悪意はなかったようです。友達同士での悪ふざけのノリです。プロモーションに役立てばなんて、言い訳していました。それが、こんな大騒ぎになるなんて。まさに口は災いの元です。最近は、ツイッターを販促に活用している企業もありますが、使い方を間違えると計り知れないダメージとなります。コンプライアンス(法令順守)の徹底を痛感しました。今後、こういった事件がますます増えていくと思いますが、全く新しいタイプの不祥事なので、どう対処していけばいいか分かりません。今後の予防法等の対応策をご教示ください。(質問は最近の事例を基にしたフィクションです)

回答


悪気ないツイッターの発信者

 近時、SNSが飛躍的に普及発展しています。特に、「ツイッター」は、会員数を公表しておりませんが、現在、全世界で2億人以上(Twitterの国際戦略担当副社長Katie Stantonの講演より )が利用していると言われ、その情報伝播でんぱ力が、昨年から今年にかけエジプトやチュニジアなどで起きた民衆デモによる政変中東革命における原動力となったのは有名な話です。

 日本でも、近時、利用者が急増し、パソコン利用者だけでも1700万人、携帯ユーザーを含めると2000万人以上が利用していると言われており、先日の大震災後、災害時および被災地でも途絶えにくい情報交換のツールとして評価され、さらに会員数を伸ばしています。

 しかし、他面、気軽な「つぶやき」が事件に発展し、企業及び社員(発信者)の人生に大きな影響を及ぼすケースが多発しています。

 ツイッターが引き起こした事件の最大の特徴は、
<1>情報の伝播速度が従来のメディアをはるかに超えて瞬く間に分散拡大するという点、
<2>従前の企業不祥事における従業員の多くが、悪いと知りつつ違法な行為を行っていたのと異なり、実行者(ツイッターで言えば発信者)に悪いことをしているという自覚が全くないという点
だと思います。

ウェスティンホテル東京でアルバイトがツイート、炎上

 例えば、今年(2011年)1月に発生した「ウェスティンホテル東京」の事件では、同ホテル内のレストランの女子大生アルバイトが利用客情報その他を友人にツイートし、当該情報が蔓延まんえん・拡大し炎上、当該女子大生の個人情報がネット上で開示されてしまったほか、ホテルへの批判が集中し、最終的には、ホテル総支配人による公式ホームページでの正式な謝罪にまで発展しました。

 つぶやきの内容は、「著名なサッカー選手と女性タレントがレストランに来訪して今夜二人で泊まるらしい」という、たわいのないものであり、彼女にしてみれば、友人とのいつもの会話と変わらなかったのかもしれません。しかし、それがツイッターを通して行われたことによって、大事件に発展してしまったわけです。

 また、同年5月には、スポーツ用品メーカー「アディダス」の販売店員が、著名なサッカー選手と女性の来店をツイートし、当該内容に侮辱的な要素が含まれていたことも重なり炎上、最終的には、会社による公式ホームページでの正式な謝罪に発展しました。この事件も、当該店員にしてみれば、上記ホテル従業員と同様に何気ない友人への報告であったのかも知れませんが、結果は同店員の人生をも変えるような大事件に発展してしまいました。

 以上の2件で共通しているのは、ウェスティンホテル東京もアディダスも、きちんと顧客情報の守秘義務に関する研修や誓約書の提出といった、一般にコンプライアンス上必要とされる施策をきちんと実施していたということです。しかし、両事件の社員2人にとっての「つぶやき」は、単なる友人への報告であり、このように情報が伝達・拡散するなど予想すらしておらず、研修や誓約書によって禁止された違法な行為とは認識されていなかったわけです。

SNS利用社員への教育が急務

 企業は情報漏洩ろうえいに備えて様々なセキュリティー対策を施しますが、従業員の頭の中にある情報に対する物理的セキュリティー対策はなされておりません。上記のように、守秘義務に関する研修や誓約書といった一般的なコンプライアンス対策すらも意味を持たない場合、どのようにして再発を防止するのかは、企業における大きな課題です。近時、企業は、社員のSNS利用におけるガイドラインを作成するなどして対応を始めていますが、単に形式だけを整えても実効性がないことは、上記の事件を見れば明らかです。

 ツイッターは、従来の枠を超えた新しい情報発信ツールであり、開示した友人以外にも無限定に伝達・拡散する可能性を持つものです。それを利用する者は、この新時代の伝達手段の特性と、それに伴うリスクを十分に理解する、つまり、ツイッターに関する「共通認識」を持たなければなりません(これはFacebook等のSNS全般にも言えることです)。

 ここでいう「共通認識」とは、<1>ツイッターでの友人への書き込みが、タクシーの中やエレベーターの中での会話以上に危険な、広範囲に伝達される可能性があること、<2>友人への何気ない書き込みによって、自らの所属する企業ばかりか、自らの人生にまで重大な影響を及ぼすことがあるという、従来の伝達手段にはなかった甚大な影響力を有するという認識です。

 そして、この共通認識の徹底を図り、ツイッターによる発言が、公の場での発言と同じ意味を持つことを十分に理解してもらったうえで、企業人が公の席で守るべき最低限のルール(<1>自分が職場で見聞きした顧客等のプライベートな情報を話したりしない、<2>社会常識に反した特殊な意見を表明しない、<3>誤解を招きそうな発言を行わない等)を順守するよう教育することに尽きると思われます。

 つまり、SNS利用の際には、「自分の名前と、所属する会社名を明記した名札を胸につけて、公の席で発言できないようなことは、その相手が誰かに関わりなく発信しない」という、極めて「当たり前」のことを、上記のような事件実例を交えながら社員に徹底していくということです。

 従前のような、情報は適切に扱わなければならない、仮に情報漏洩した場合には厳しい制裁を受けるといった、情報漏洩の防止そのものを目的とした教育ではなく、ツイッターという新しい情報伝達手段の特性に関する理解を深める教育を行うことが重要ということです。

レイプ事件への“つぶやき”で内定企業にも批判

 私のクライアントには、多数のネット企業があります。日頃お付き合いしているネット企業の社員ですら、上記のような事件の重要性をそれほど認識しておらず、ツイッターを便利な友人との間の情報交換ツールにすぎないと考えている人が多いのには驚かされます。先日、本件相談のような、SNS利用における企業不祥事について、著名なネット企業で講演を行いましたが、上記事件を認識していた社員は、参加者全体の5分の1程度にすぎませんでした。ましてや、ネットをそれほど活用していない、“リアル企業”ではなおさらです。SNSへの対応は、ネット企業、リアル企業を問わず、今後の喫緊の課題と言えるでしょう。

 なお、本件事案とは直接関係ありませんが、今年2月に、ある大学生が、ツイッター上で、レイプ事件について女性の側に非があるというような趣旨の発言をし、不快感を表明する書き込みが殺到した結果、当該発言者の個人情報がネットユーザーによって調査開示されました。その中に、ある大手デパートに発言者が就職内定しているとの情報があったことから、当該デパートにまで批判が飛び火したという事件が発生しています。

 SNSの普及によって、社員による情報漏洩事故にとどまらず、社員(上記事件では就職内定者)による、業務に全く関係ない軽はずみな一言でも、企業が影響を受ける場面が出てきているわけです。今後、企業は、ツイッター上での社員の業務上の情報の取り扱いに対する注意だけに目配りすればよいのではなく、業務に関係ないプライベートな発言にも目を光らせなければならない時代が来つつあるわけです。

2011年08月10日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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