横行するブラックバイト、自分の身を守る方法は?

相談者 Y.Yさん

 私は都内の私立大学に通う学生です。今年4月に入学した1年生ですが、親に無理を言って私大に入れてもらったので、生活費は自分で稼がなければなりません。好きなアイドルグループのライブにもよく行くので、結構お金がかかります。アルバイト先はいろいろ考えたのですが、家の近くのケーキ屋さんを見つけました。

 当初は、新商品ができると試食をさせてもらうなど、アットホームな雰囲気でいいアルバイトを見つけたと喜んでいました。ところが、店長が交代して、職場の雰囲気が一変しました。

 新しい店長は本社から厳しいノルマを言われているらしく、私たちは目標達成のために働くロボットでしかないようです。店長の口癖は「今は繁忙期だから」。人が減ってやりくりが苦しくなったので、私の了解もなく、勝手にシフトを入れてしまうし、立ち仕事なのに、休憩なしで、8時間ぶっ通しでお店に出されることもあります。

 さらに、クリスマスケーキとかの期間限定商品の場合には、売り上げに「店員一人につき20個以上」というノルマが課されるようになりました。家族とか友達にもセールスするよう命じられただけでなく、ノルマを達成しないと、自腹で買い取らされます。このほか、お店を閉めて、レジに入っている現金をチェックする時に500円以上の誤差があると、そのとき出勤していたアルバイト全員で割って払うように言われます。ミスがあると、「お前はバカか、親の顔が見たい」などの罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられます。

 親にはこれ以上負担をかけたくないので、アルバイトを続けてきましたが、授業にも支障が出てきたうえ、リポートを書く時間もありません。このままだと、アイドルグループの年末ライブの日もシフトに入れられるかもしれません。最近は家に帰ると疲れ切ってただ寝るだけです。思い切って店長に「辞めたい」と伝えたところ、「今辞められたら困る。新しいアルバイトが確保できるまでは辞められない。無理に辞めるというなら、その損害分をアルバイト代から差し引く」などと言われました。

 夜中にLINEで友人に相談したら、「それってブラックバイトじゃないの?」と言われました。ブラックバイトがどういうものを指すのか、また、私がこれからとるべき対応を教えてください。(最近の事例をもとに作成したフィクションです)

(回答)

ブラック企業大賞2015発表

 11月29日、「ブラック企業大賞2015」が発表されました。この賞については賛否両論あるようですが、年末の恒例行事としてすっかり定着した感があります。

 今年、大賞を受賞したのは、コンビニ大手のセブン―イレブン・ジャパンでした。企業イメージとのギャップに違和感がある人も多いかもしれませんが、大賞にノミネートされた際の説明の中には、下記のように、今話題のブラックバイトについて、言及されています。

 「……昨今、学生アルバイトを正社員並みに、しかも学生生活に支障きたすほどの低待遇で使役する『ブラックバイト』が社会問題化しており、コンビニバイトはその代表的な業種である。コンビニ本部各社はこうした問題の責任は個々の加盟店店主らにあるとして自らの責任を否定してきたが、業界にブラックバイトが蔓延はびこるのは、本部が加盟店主らから過酷な搾取を行い、そのしわ寄せが学生アルバイトに及んだ結果であるとも言える。こうした構造はコンビニ各社で共通するものだが、セブンイレブンは業界の圧倒的強者であるほか、日本にコンビニフランチャイズを定着させた先駆者でもあり、業界内における責任も役割も大きく、そして、前記事件(注:販売期限が近い弁当などを値下げして売る「見切り販売」を同社が妨害したとする事件などを指します)がコンビニ業界の構造を示す象徴的な事件であるといえることからノミネートした」

 つまり、ブラック企業大賞企画委員会では、セブン―イレブン・ジャパンが、フランチャイズ加盟店主の見切り販売を妨害するなど、過酷な搾取をおこない、そのしわ寄せが学生アルバイトに及び、ブラックバイトが問題化していると判断したわけです。なお、今年のブラック企業大賞では、個別指導塾において、アルバイトの講師に対し、授業以外の業務(授業の準備、生徒の見送り、報告書の記入、片付けなど)に賃金が違法に払われない「コマ給」問題が取りあげられ、個別指導塾「明光義塾」を運営する明光ネットワークジャパンに対しても、「ブラックバイト賞」が贈られています。

 このように、今回のブラック企業大賞は、社会的に注目を集めているブラックバイトに絡んだ案件が目立ち、世相を反映したものとなりました。

 ちなみに、他には、「WEB投票賞」を引越社関東(アリさんマークの引越社)が、「特別賞」を暁産業が受賞しています。特別賞を受賞した暁産業は、同社の男性社員(当時19歳)が自殺したのは、上司のパワハラや長時間労働が原因として、男性の父親が会社と当時の上司2人に対し、計約1億1000万円の損害賠償を求めた訴訟であり、裁判所が、パワハラと未成年者の被害者の自殺との因果関係を認めた初の事例として話題になった会社です。

「ブラックバイト」とは

 最近、新聞等で「ブラックバイト」という言葉をよく聞くようになりました。

 このブラックバイトという言葉は、中京大学の大内裕和教授が、2013年に「ブラック企業」から連想して作った言葉であると、「ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪」(文春新書)の著者でブラック企業対策プロジェクト共同代表並びにNPO法人POSSEの代表者である今野晴貴氏との共著「ブラックバイト」(堀之内出版)の中で書かれています。なお、ブラック企業については、本コーナーの「話題のブラック企業、どんな会社?見分け方は?」(14年4月23日)、「ブラック企業 社名公表の影響」(15年7月8日)を参照して下さい。

 ブラック企業対策プロジェクトによる「ブラックバイトへの対処法―大変すぎるバイトと学生生活の両立に困っていませんか?―」という冊子の中では、ブラックバイトを、アルバイトが忙しすぎて授業やゼミどころか試験にも出られず単位を落としてしまう、授業中でもお店と連絡を取らなければならない、ノルマを達成できないと罰金があるといった「学生であることを尊重しないアルバイトのこと」であると定義しています。その上で、ブラックバイトについて、「フリーターの増加や非正規雇用労働者の基幹化が進む中で登場した。低賃金であるにもかかわらず、正規雇用労働者並みの義務やノルマを課されたり、学生生活に支障をきたすほどの重労働を強いられることが多い」と説明しています。 

 前述の大内教授は、講義やゼミをアルバイトで休む学生が増え、アルバイトのために試験を欠席して単位を落とす学生も出てきたことから、13年の春学期に学生アルバイトの実態を調査したことが、ブラックバイト発見の契機になった旨を著書の中で述べています。また、ブラックバイトは、急速に進んでいる若年層の貧困化と、労働市場における非正規雇用の「補助」労働から「基幹」労働への移動という、近年の社会構造の変化から生じたものであって一過性のものではなく、構造的で根深い問題であるとも指摘しています。

厚生労働省のアルバイトに関する意識等調査結果の発表

 現在、ブラックバイトは、雇用主(アルバイト先)の違法行為により不利益を被ったり、学業に支障をきたしたりするなど深刻な社会問題となっています。このような事態を受け、厚生労働省は、11月9日、学生アルバイトを巡る労働条件や学業への影響等の現状及び課題を把握し、適切な対策を講じる参考にするため、8月下旬から9月にかけて、大学生、大学院生、短大生、専門学校生に対して実施したアルバイトに関する意識等調査の結果を発表しました。

 同調査は、これまで週1日以上のアルバイトを3か月以上継続して行ったことがある1000人から回答を得たもので、アルバイトを複数経験している者もいることから、経験したアルバイトの延べ件数は1961件となっています。業種などは、学生になじみのある求人情報誌等で使われている業種から代表的なものを選定したということですが、1000人が経験したアルバイトにおいては、コンビニエンスストア15.5%、学習塾(個別指導)14.5%、スーパーマーケット11.4%、居酒屋11.3%といった業種が多かったということであり、回答結果は次のとおりです。

労働条件が明示されない

 まず驚かされたのは、対象者1000人が経験したアルバイト1961件のうち、労働条件を示した書面を交付していないものが58.7%あり、そのうち働く前に口頭においてですら具体的な説明がなかったものが全体の19.1%あったということです。

 労働基準法15条1項では、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない」と規定されています。これを受けて、労働基準法施行規則第5条は、「労働契約の期間に関する事項」、「期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項」、「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」、「始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項」、「賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期」に関し、書面により明示されなければならないとなっています。

 つまり、調査対象のうち58.7%ものアルバイト先が労働基準法に違反していることになります。特に調査結果からは、労働基準法で明示が求められている上記労働条件のうち、「年次有給休暇の日数(有無を含む)」(書面や口頭で明示された割合:17.1%)、「退職に関する事項」(同26.6%)、「所定時間を超える労働(残業)の有無」(同37.4%)、「休憩時間」(同47・6%)など、本来であれば、労働者が一番関心を持つ事項について、書面や口頭で明示された割合が低いことがうかがわれます。

トラブルも多発

 対象者1000人が体験したアルバイト延べ1961件のうち48.22%(人ベースでは60.5%)で何らかの労働条件上のトラブルがあったとされています。

回答のあったトラブルとしては、以下のような事案が挙げられています。

(1)準備や片付けの時間に賃金が支払われなかった(13.6%)
(2)1日に労働時間が6時間を超えても休憩時間がなかった(8.8%)
(3)実際に働いた時間の管理がされていない(例えばタイムカードに打刻した後に働かされたなど)(7.6%)
(4)時間外労働や休日労働、深夜労働について、割増賃金が支払われなかった(5.4%)
(5)残業分の賃金が支払われなかった(5.3%)
(6)採用時に合意した以上のシフトを入れられた(14.8%)
(7)一方的なシフト変更を命じられた(14.6%)
(8)採用時に合意した仕事以外の仕事をさせられた(13.4%)
(9)一方的にシフトを削られた(11.8%)
(10)給与明細書がもらえなかった(8.3%)

 厚生労働省は、(1)から(5)は労働基準関連法令違反の恐れがあるもの、(6)から(10)は、その他の労使間のトラブルと考えられるものとして整理しており、以下、それぞれについて解説していきたいと思います。

準備や片付けの時間に賃金が支払われなかった(上記1)

 これは、給与支払いの対象となる「労働時間」をどのように考えるかの問題です。

 この点、裁判例では「労働基準法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、またはこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される」(最高裁判所・平成12年3月9日判決)とされています。

 つまり、労働契約で定められた労働時間以外の始業前・終業後の準備や片付けの時間であっても、会社の指示のもとに義務としてなされているような場合は労働時間となり、賃金が支払われなければなりません。冒頭で紹介した明光義塾の事案のように、準備や片付けの時間に賃金が支払われないような場合は、違法となる可能性が出て来るわけです。

1日に労働時間が6時間を超えても休憩時間がなかった(上記2)

 労働基準法34条1項は「使用者は、労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と規定しています。従って、1日に労働時間が6時間を超えても休憩時間がなかった場合は違法となります。

実際に働いた時間の管理がされていない(上記3)

 労働基準法においては、労働時間、休日、深夜営業について規定を設けていることから、使用者は、労働時間を適切に把握するなど労働時間を適切に管理する責務を有しているとされています。これがきちんとなされないと、適正な賃金を支払うことが出来なくなってしまいます。

 この点、厚生労働省から、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が発表されており、当該基準では、使用者は、労働時間を適正に管理するため、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を、使用者が自ら現認する、しくはタイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録しなければならないとされています。

 なお、労働時間把握義務自体は労働基準法などに直接記載はありませんが、同法108条では賃金台帳の記載義務を定め、賃金計算の基礎となる事項を記載する必要があり、規則で定める様式には労働時間等の記載が求められています。従って、実際に働いた時間の管理がされていない(例えばタイムカードに打刻した後に働かされたなどの)場合は上記に違反することになります。

残業分の賃金や、割増賃金が支払われなかった(上記4及び5)

 労働基準法37条1項は、「使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」と規定しています。また、同条4項では、「使用者が、午後10時から午前5時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後11時から午前6時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」と規定しています。

 つまり、時間外労働や休日労働、深夜労働については、使用者は割増賃金を支払わなければならないとされているのであり、時間外労働や休日労働、深夜労働について、割増賃金が支払われなかった場合は違法となります。

シフトの変更などに関するトラブル(上記6、7、8、9)

 これに対して、(6)採用時に合意した以上のシフトを入れられた場合、(7)一方的なシフト変更を命じられた場合、(8)採用時に合意した仕事以外の仕事をさせられた場合、(9)一方的にシフトを削られた場合などは、労働契約違反となる可能性はあるものの、労働基準関係法令上に特段の規定はなく、法令違法とまではならない場合が多いかと思われます。

 ただ、厚生労働省による前述調査では、「試験の準備期間や試験期間に休ませてもらえない、シフトを入れられた、シフトを変更してもらえなかった」とか、「シフトを多く入れられたり、他の人の代わりにシフトを入れられたり、変更してもらえなかったなどのために、授業に出られなかった」などといった学生の意見が寄せられています。

 採用時に合意した以上のシフトを入れられた場合や、一方的なシフト変更を命じられたような場合、単に断ればいいじゃないかと考える人も多いと思います。しかし、実際には、「それなら、代わりの人員を見つけて来い」とか、「学生気分を捨てろ」とか威圧的に言われて断れない雰囲気になってしまったり、また、断った場合に一方的にシフトを削られるなどの嫌がらせを受けたりすることも多いことから、結局、断れないという実態があるようです。

 ただ、学生が学業に重きを置くのは当然のことであり、アルバイト先もそれを当然の前提として採用しているわけですから、試験の準備期間や試験期間などのシフトをあらかじめ断っていたにもかかわらず、採用時に合意した以上のシフトを入れられたり、一方的なシフト変更を命じられたりしたような場合には、勇気を持って断ることも重要だと思います。

アルバイトも有給休暇を取れる

 ちなみに、労働基準法39条は、「使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない」と規定しています。アルバイトも労働者に変わりはありませんから、6か月以上継続して勤務していれば、有給休暇を取ることが可能です。したがって、勝手にシフトを入れられた場合でも有給休暇を取得して、そのシフトの入れられた日を休むことも可能です。ただし、アルバイトの場合、フルタイムで働いている労働者と比較すると労働日数などが少ないので、有給休暇が付与される日数は、週間労働日数、年間労働日数、継続勤務期間により異なることには注意が必要です。いずれにしても、アルバイト先が、「アルバイトは有給休暇を取れない」と説明した場合でも、法律で認められた権利ですから、試験の準備期間や試験期間にシフトを入れられた場合などには、有給休暇取得を主張することを検討しても良いと思います(有給休暇の時季変更権の問題は割愛します)。

 ちなみに、6か月以上継続して勤務していないアルバイトの場合、有給休暇は付与されませんので、シフトを断る以外に方法はないことになります。

 なお、仮にシフトを断った場合に、労働契約で合意していたシフトを一方的に削られるといった嫌がらせを受けたら、労働契約違反であると主張して是正を求めることになります。採用時に合意した仕事以外の仕事をさせられた場合も同様です。

給与明細書がもらえなかった(上記10)

 労働基準関係法令において、会社に対し、給与明細書を交付する義務は課されていませんが、所得税法231条は、「居住者に対し国内において給与等、退職手当等又は公的年金等の支払をする者は、財務省令で定めるところにより、その給与等、退職手当等又は公的年金等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を、その支払を受ける者に交付しなければならない」と規定しており、会社には給与明細書を交付する義務が課されています。

 したがって、給与明細書を交付しないことは所得税法違反となりますので、アルバイト先に対して交付を請求することができます。

その他のトラブル

 調査結果では、トラブルとして挙げられていませんが、相談者が経験したように、アルバイトにノルマを課すといった事例は、現実に多く見られるようです。アルバイトにノルマを課すこと自体を禁止する法律はありませんが、自腹で無理やり買い取らせることは、刑法の強要罪に該当する可能性すらありますので、買い取りを拒否しても何ら問題はありません。

 また、相談者は、レジの現金に誤差があった場合、そのときに出勤していたアルバイト全員で負担することを求められるということですが、これは「罰金」にあたると考えられます。懲戒処分として罰金を科すには、一定の厳格な要件を充足する必要がありますが、レジの現金に多少の誤差があった程度の場合にそのような処分をすることは通常認められません。たとえ、不足金額が大きい場合に、損害賠償としての意味での罰金を科すとしても、不法行為者(アルバイト)の故意・過失については損害賠償を請求するアルバイト先が立証責任を負っているにもかかわらず、その点を無視して、アルバイト全員に分担して損害を負担させるというようなことが許されないことも明らかです。

 さらに相談者は、ミスがあると「お前はバカか、親の顔が見たい」など罵詈雑言を浴びせられるということですが、これはパワハラの問題です。パワハラなのか、教育的指導なのかの境界線が微妙なケースもありますが、相談者のケースは明らかなパワハラに該当すると考えられます。

アルバイトをやめさせてくれない場合

 前述調査では、上記のような問題が発生した場合に、行政機関といった専門窓口などに相談した人は極めて少数であり(1.6%)、アルバイトをやめてしまうことで解決する人が相当数を占めています(10.7%)。

 確かに、争う手間や費用の負担を考えた場合に、それも1つの選択肢であることは言うまでもありません。また、ひどいパワハラなどの場合には、冒頭で述べた暁産業の事案のように、その職場にいるだけで過度のストレスを受けて、自殺などにつながりかねませんので、その職場を早期に離れるという選択肢には一定の合理性があると思います。

 では、相談者のように、そもそもアルバイトを辞めさせてもらえない場合はどうなるのでしょうか。

 民法627条1項は、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」と規定しており、期間の定めのない雇用契約の場合、退職の意思表示をしてから2週間経過後に退職できることとされています。したがって、相談者は、通常のアルバイトであれば、いつでも、どのような理由でも、退職の意思表示をして2週間後にはアルバイトをやめることができます。

 また、民法628条は、「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる」と規定しており、仮に期間の定めがある雇用契約の場合でも、「やむを得ない事由」があるときは退職することが可能です。働き始めてみたら労働条件が働く前に言われていたものと全く違うとか、労働基準法などに違反する行為が頻発しているようなブラックバイト先を辞めるという場合には、「やむを得ない事由」があると考えられると思われます。なお、労働基準法137条は、「期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が1年を超えるものに限る)を締結した労働者は……民法第628条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる」と規定しており、雇用期間の期間が1年を超える場合には、契約期間の最初の日から1年が経過すれば、「やむを得ない事由」がなくとも、いつでも、一方的に退職することができることになります。

 企業によっては「年度末に至らずに自己の都合により退職する場合は、少なくとも30日前までに退職届を提出し、後任者が決定するまでは責任を持って勤務しなければ、甲は乙に対する損害賠償の請求権ほか法的措置をとるものとする」といった条項の入った労働契約書を取り交わすところもあるようですが、これは基本的には無効です。

 いずれにしても、アルバイト先には、「新しいアルバイトが確保できるまでは辞められない」などと主張する権利はありません。労働基準法5条で、「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない」と強制労働を禁止しており、辞めたいと言っているアルバイトを辞めさせずに無理矢理働かせるのは、上記強制労働に当たる可能性すらあります。

 なお、相談者は、「無理に辞めるというなら、その損害分をアルバイト代から差し引く」などと言われているとのことですが、労働基準法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」としており、労働契約書に、辞めた場合には違約金を支払うといった条項があったとしても効力は認められません。また、罰金の場合と同様、アルバイト先が、懲戒や損害賠償として金銭を支払えと請求してきても、その請求が認められる可能性は極めて低いと考えられます。さらに辞めた場合、未払いの賃金は支払わないなどと脅してきたとしても、実際に賃金を支払わなければ、賃金の未払いとして、労働基準法24条違反となります。

ブラックバイトから無事に抜け出す方法

 では、こうした様々な問題を解決するには、どのような方法があるのでしょうか。

 今まで述べてきたとおり、いわゆるブラックバイトとして問題視されているアルバイト先の行為のほとんどが、労働基準関係法令に違反していたり、その他の法律に違反していたり、また、労働契約違反であったりするものです。

 そこで、労働基準関係法令違反のおそれのある行為に対しては、各県に設けられている労働基準監督署に法律違反の事実を申告して(被害届のようなものです)、アルバイト先を取り締まってもらうことが可能です。

 労働基準監督署は、法律に基づく最低労働基準の遵守じゅんしゅについて事業者などを監督することを主たる業務とする、厚生労働省の出先機関です。労働基準監督署は、定期的に、また労働者からの法律違反の申告に基づいて、労働者の労働条件の確保等を目的として事業場に立入調査をして違反等が認められた場合には行政指導を行ったり、労働基準法違反などの被疑事件について捜査を行ったりします。また、本コーナーの「ブラック企業 社名公表の影響」(15年7月8日)でも取りあげたように、今年7月2日、東京・大阪の両労働局内に設置された「過重労働撲滅特別対策班」(いわゆる「かとく」)は、靴の販売チェーン「ABCマート」の一部店舗で、従業員4人に月100時間前後の残業をさせていたとして、法人としての株式会社エービーシー・マートと労務担当取締役及び店舗責任者2人の計3人を労働基準法違反の疑いで、東京地方検察庁に書類送検しています。

 近時、国は、違法な過重労働ばかりではなく、ブラック企業対策全般を強化していますので、上記のように、行政機関などの専門の窓口に相談することは効果的かと思われます。

最後は法的手続きを

 ただ、労働基準監督署などの行政機関は、アルバイト個人の権利救済をしてくれるわけでは必ずしもありません。例えば、アルバイト代5万円が支払われていないので何とかして欲しいと申告しても、労働基準監督署が、アルバイト先に対して、未払いの賃金5万円の支払いを強制してくれるわけではありません。労働基準監督署が、アルバイト先に違法行為があると認め、改善するように行政指導を行った場合には、違法状態が改善される(その一環として未払いの賃金が支払われる)可能性は高いものの、必ずそうなるというわけではないということです。

 仮に、何をしてもアルバイト先がきちんと対応してくれない場合には、民事上の法的請求をすることが考えられます。法律で支払い義務のある賃金を支払え、雇用契約で合意した内容を守れ、などといった主張をアルバイト先に請求していくわけです。もちろん、まずはアルバイト先と話し合いをすることになると考えられますが、話し合いでも解決できない場合には、民事訴訟や労働審判といった制度を利用することになります。

 なお、ブラック企業対策プロジェクトのHPでは、ブラックバイトに直面してしまったとき、どんなトラブルにも共通する合言葉として次の4つを挙げていますので、最後にご紹介したいと思います。

 (1)会社の言うことを鵜呑うのみにしない!
 (2)あきらめない!自分を責めない!
 (3)困ったらすぐ専門家に相談しよう!
 (4)証拠・メモを残そう

 

2015年12月09日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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