子供の自転車事故で、親の賠償金9500万円!

相談者 K.Cさん

  なお、ポイントか電子マネーかは実質的に判断すべきであり、ポイントという名称であっても、利用者が対価を支払って発行されていると認められるものについては、資金決済法の規制を受けることになるので、その点は注意が必要です。相談者のポイントが実質的に電子マネーと評価できる場合は、資金決済法の適用を受ける可能性がありますので、その点については、金融庁などにご相談されればよろしいかと思います。

私は、学生時代にフィンランドに旅行に行ったことがあるのですが、歩道、自転車専用レーンがきちんと区別して設置されており、皆が当たり前のように整然と自転車で移動しているのを見て感心すると同時に、とてもうらやましく思った記憶があります。最近では、日本でも、健康や環境への意識の高まりから、自転車が見直されているとのことであり、徐々に道路整備も進み始めていて、通勤通学で自転車を利用する人が増えてきているようです。

 私も、最近運動不足でメタボ気味なので、せめて、休みの日くらい、運動も兼ねて、自転車で色々なところに行ってみたいと考え、毎日、最新式の自転車のカタログを眺めながら、購入しようかどうか迷っています。

 ただ、今ひとつ購入に踏み込めないでいるのが、自転車を巡る日本の現状です。家のまわりを見ても、自転車専用レーンが整備されているところは少なく、どうしても歩道の中を走らざるを得ないこともあって、人によっては、猛スピードで歩行者の合間をすり抜けて行ったり、歩道なのにベルを鳴らして、あたかも通行人の方がよけるのが当たり前という態度をとったりする人すら見かけることが往々にしてあります。そういうマナーのよくない人を見ると、まだまだ日本では、フィンランドのような自転車ライフは無理かなとも思います。

 そして、最近、何より不安を感じ始めているのは、自転車で事故を起こした場合の問題です。私は、何となく、自転車は、自動車とは違うものという意識があったのですが、先日、新聞を読んでいたら、子供が自転車で高齢者をはねた結果、被害にあわれた方が寝たきりになってしまい、裁判の結果、1億円近い莫大ばくだいな損害賠償責任がその子供の親に科せられた旨の記事を見つけました。私にも小学生の子供がいて、日頃、塾や友人の家に行くのに自転車を使っていますので、決して人ごとではありませんし、自分自身が自転車に乗っていて、事故を起こすことも考えられます。

 自転車に乗っていて人をはねてしまった場合における損害賠償の内容、子供が事故を起こした場合の親の責任、日本における自転車の走行ルールの内容などについて教えてくれませんか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

回答



子を持つ親に衝撃の神戸地裁判決

 今年7月に神戸地方裁判所が下した判決は、全国の子供を持つ親に対して、大きな衝撃を与えました。小学5年生の児童(当時11歳)が、2008年9月22日午後6時50分ころ、神戸市北区の坂道を自転車(マウンテンバイク)に乗って時速20~30キロで下って行った際に、散歩中の女性(当時62歳)と正面から衝突してしまい、その女性は約2.1メートルはね飛ばされて頭などを強く打ち、病院に搬送されましたが、頭の骨を折るなどして今も意識が戻らない状態が続いているという事件です。神戸地方裁判所は、今年7月4日、自転車に乗っていた子供の母親に対し、合計で9520万7082円もの多額の賠償金の支払いを命じました。

 この判決は、自動車とは異なり、人を傷つける凶器になり得るといった意識が余りなく、小さな子供でも気軽に乗り回している自転車が引き起こした事故によって、莫大な額の損害賠償が認められたという事実のみならず、事故を起こした子供の親に対して支払いが命じられたという二重の意味で、全国の子供を持つ親を震え上がらせるに十分なインパクトがありました。

 ご相談者も指摘しているように、健康や環境への配慮の高まりから、近時、自転車がブームになっていますが、ブームに乗った安易な自転車の利用が大きな悲劇を生むことがあるという観点で、神戸地方裁判所の判決内容を紹介しつつ、自転車が法的にどのような位置づけにあるのか、その交通ルールなどについても説明してみたいと思います。

母親の責任を認定

 具体的な事故の状況は前述の通りであり、それに対し、裁判所は、「本件事故は、児童が、本件道路上を自転車で走行するに際し、自車の前方を注視して交通安全を図るべき自転車運転者としての基本的注意義務があるにもかかわらず、これを尽くさないまま、しかも相当程度勾配のある本件道路を速い速度で走行し、その結果、衝突直前に至るまで原告(注:被害者の女性)に気付かなかったことによって発生したものと認めるのが相当である」として、児童による前方不注意が事故原因と認定しました。

 また、事故を起こした児童の親権者(母親)の責任について、「A(注:事故を起こした児童)は、本件事故当時11歳の小学生であったから、未だ責任能力がなかったといえ、本件事故により原告に生じた損害については,Aの唯一の親権者で、Aと同居してその監護に当たり、監督義務を負っていた被告(注:Aの母親)が、民法714条1項により賠償責任を負うものといえる」「被告は、児童に対し、日常的に自転車の走行方法について指導するなど監督義務を果たしていた旨主張するが、上記認定の児童の加害行為及び注意義務違反の内容・程度、また、被告は児童に対してヘルメットの着用も指導していたと言いながら、本件事故当時はAがこれを忘れて来ていることなどに照らすと、被告による指導や注意が奏功していなかったこと、すなわち、被告が児童に対して自転車の運転に関する十分な指導や注意をしていたとはいえず、監督義務を果たしていなかったことは明らかである」として、その責任を認めました。

重い後遺症、巨額の賠償金

 この判決は、小学生の児童が起こした自転車事故に対し、約9500万円もの多額の損害を認定したことで世間に衝撃を与えたわけですが、本件のように、被害者に重い後遺障害が残ったような場合に巨額の損害が認定されることは、決して珍しくありません。

 この判決が認定した約9500万円の損害の内訳は、次の通りとなっています(1万円未満は切り捨てており、また損害補填ほてん分が減額されたりしていますので、下記数字を合計しても9500万円にはなりません)。

 <1>治療費 298万円、<2>装具費 3万円、<3>入院雑費27万円、<4>入院付添費 108万円、<5>休業損害 143万円、<6>傷害慰謝料 300万円、<7>後遺障害慰謝料 2800万円、<8>後遺障害逸失利益 2190万円、<9>将来の介護費 3938万円

 一目でお分かりのように、損害額の大部分を占める<7><8><9>は、被害者が負った重い後遺障害に関連するものです。

 交通事故においては、他にも高額な損害賠償を認めた判決が多数ありますが、それらは、死亡事案より、むしろ後遺障害事案の方が多いのです。例えば、自動二輪車を運転していて、普通乗用車に衝突され、全治不能の脊椎・脊髄損傷等の傷害を負った29歳の男性に対して、3億6000万円余りの損害を認めた事案(名古屋地方裁判所平成17年5月17日判決)、飲酒運転の車両に衝突され遷延性意識障害等の後遺障害を負った37歳の男性に対して、3億1000万円余りの損害を認めた事案(千葉地方裁判所平成18年9月27日判決)など、多くの判例が存在しています。

問われる監督者の責任

 神戸地裁の判決は、巨額の損害賠償の支払いが、事故を起こした子供本人ではなく、その親に命じられたことも話題になりました。

 不法行為が為なされた場合、被害者が損害賠償を請求していく対象は、言うまでもなく加害者本人になるのが原則です。XがYに損害を与えた場合、「被害者」であるYは、「加害者」であるXに対して損害賠償を請求することになるわけです。しかし、本連載の「小学校で息子が同級生のいじめで大ケガ 法的手段は?」(2012年1月25日)でもご説明したように、子供が起こした事件について親が賠償責任を負うこともあり得ます。

 これは、民法では、未成年者が「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能」をそなえないときは賠償責任がないと規定されていることによります(民法712条)。被害者が加害者に対し不法行為に基づく損害賠償責任を追及する場合、加害者に「自己の行為の責任を弁識するに足るべき知能」、すなわち結果を予見し損害を回避するだけの判断力としての「責任能力」がない場合は、加害者に不法行為責任を追及できないということが規定されているわけです。そして、判例上、一般的には、12歳から13歳くらいまでは責任能力がないとされることが多いのです。

 そして、このように不法行為を行った本人に責任能力がない場合、被害者は、その監督者に対して、責任追及をすることになります。この点は、民法714条で、「責任無能力者を監督すべき法定の義務を負う者」(監督義務者)または、「監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者」(代理監督者)は、責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと規定されています。

 したがって、神戸地方裁判所の事例では、事故当時、小学5年生(11歳)だった児童自身には責任能力がないと判断され、児童の親権者として監督すべき法定の義務ある者としての母親に損害賠償責任を認めたわけです。

加害者にもなる自転車

 一般的には、交通事故といえば、車両(自動二輪車を含み、自転車を除く)同士、車両対歩行者(又は自転車)などをイメージするのであって、その場合、自転車は、往々にして事故の被害者側として位置づけられます。しかし、前述の神戸地方裁判所判決のように、自転車が加害者となり、歩行者をはねるといった事故も多数存在します。統計を見ても、「自転車対歩行者」の交通事故発生件数は、2002年に1966件で、その後増加し、08年には2959件にまで増えています。その後は徐々に減少しているものの、12年も2625件の事故が発生しています。「自転車対自動車」の交通事故発生件数は、12年に11万1414件ですので、比較すると少ないということにはなるかもしれませんが、自転車と歩行者との間で、年間に2500件を超えるほどの多くの事故が現実に発生しているという事実は決して看過できません。

 さらに、「自転車対歩行者」の事故において、巨額の損害賠償が認められたという点で言えば、他にも、成人男性が、信号を無視して高速度で自転車を運転して交差点にさしかかった際、横断歩道上を青信号に従って横断歩行中の女性に衝突させ、路上に転倒させて死亡させてしまった事故で、約5438万円の損害賠償を認めた事例(東京地方裁判所判決平成19年4月11日)、54歳の看護師女性が市道を歩行中、無灯火で携帯電話を操作しながら自転車を運転していた16歳女子高生に追突され、被害者女性の手足に痺しびれが残り歩行困難になった上に職も失った事例で、約5000万円の損害賠償を認めた事例(横浜地裁判決平成17年11月25日)などもあるのです。神戸地方裁判所の判決は、子供の事故に対して親に賠償が命じられたということで社会的なインパクトがあったわけですが、金額だけを見ると決して例外的な事例とは言えないわけです。

自転車の法的位置づけ

 以上ご説明したように、神戸地方裁判所の事例のように、被害者が重い後遺障害を負った場合に巨額の損害賠償が認定されることも、子供が起こした事件において親が責任を負うことも、実はそれほど珍しいことではないわけです。にもかかわらず、今回、神戸地裁の判決が話題になったのは、おそらく、小さな子供が自由に乗り回して遊んでいる「自転車」が凶器となった事件だということが大きな要因であると思われます。そこで、自転車が、法的にどのように位置づけられているか確認してみたいと思います。

 道路交通法によれば、「自転車」とは、「ペダル又はハンド・クランクを用い、かつ、人の力により運転する二輪以上の車であって、身体障害者用の車いす、歩行補助車等及び小児用の車以外のもの」と定義されています。また、自転車は、道路交通法上の区分では、「軽車両」に該当することになります。そして、道路交通法上、自転車の走行ルールは、「自転車の交通方法の特例」という一節が特に設けられており、63条の3以下に詳細な規定が置かれています。

 それらをまとめると、おおむね、以下の通りとなります。

<1>自転車は車道が原則、歩道は例外

 (1)自転車は、歩車道の区別のある道路では原則として車道を通行しなければなりません。

 (2)ただし、道路標識や道路標示によって歩道を通行できる場合、運転者が児童(13歳未満)、70歳以上の高齢者、身体障害者等であるとき、通行の安全を確保するために歩道を通行することがやむを得ない場合は、例外として、歩道を通行することができます。

<2>自転車が歩道を通行するときの遵守じゅんしゅ事項として、(1)通行指定部分がない歩道は、車道寄りをすぐに停止できる速度で走行します(2)歩行者の通行を妨げることとなる場合は一時停止します(3)通行指定部分がある歩道は、その部分を徐行します。ただし、歩行者がいない場合は、安全な速度と方法で進行できます。

<3>交差点での通行方法

 (1) 車道を通行している時は、車両用の信号機に従って通行します。

 (2) 横断歩道を通行する場合は、歩行者用の信号機に従って通行します。

 (3) 自転車用横断帯があるときは、歩行者・自転車専用の信号機に従って通行します(自転車横断帯を通行)。

 (4) 右折する場合は、自転車横断帯がなく、信号機のある交差点では、自転車は車両用信号機に従い、二段階で右折します。自転車横断帯がある交差点では、歩行者・自転車専用信号機に従い、二段階で右折します。自転車横断帯・信号機のない交差点では、交差点の内周を外大回りで右折します。右折の場合は二段階右折が原則で、交差点を斜めに右折する方法は禁止ということになります。

<4>その他、自転車の通行ルール

 (1) 飲酒運転、2人乗りは禁止されています。

 (2) 自転車の並進は禁止されています。

 (3) 夜間はライトを点灯する必要があります。

 (4) 児童・幼児の保護責任者は、児童・幼児に乗車用ヘルメットをかぶらせるようにします。

 (5) 進入禁止の標識がある場合、自転車を除くという補助標識がなければ、自転車も進入することはできません。

 (6) 一方通行の標識がある場合、自転車を除くという補助標識がなければ、自転車も逆行できません。

 (7) 車両通行止めの標識がある場合、自転車を含む全ての車両の通行を禁止していることになります。

 (8) 徐行の標識がある場合、自転車も例外ではなく、直ちに止まれる速度で走行する必要があります。

 (9) 一時停止の標識がある場合、必ず一時停止して左右(周囲)の安全を確認する必要があります。

悪質な自転車利用者への処罰厳格化

 前述のように、自転車は、道路交通法上の軽車両に該当するのであり、道路交通法では、例えば、自転車の信号無視であっても「3か月以下の懲役または5万円以下の罰金に処する」と規定されています。ただ、警察には、自転車の運転者に関して、前科がついてしまう刑事罰を科すのは重すぎるという考え方があり、重大な死傷事故にならない限り、信号無視で起訴されるようなことはありませんでした。

 ただ、報道によれば、警視庁は、悪質な自転車利用者への処罰を厳格化する方向で東京地検との協議の結果、今年の1月、2回以上悪質な信号無視を繰り返した自転車の運転者を略式起訴し罰金刑(5万円以下)を科す方針を確認したとのことです。いよいよ、自転車利用者といえども、悪質な場合には、起訴されるという時代が訪れたわけです。

親は子供に自転車走行のルールの徹底を

 「歩行者対自転車」の交通事故は毎年2500件を超える状況にあり、事故の結果の重大性と賠償金の高額化についても既にご説明したとおりです。

 そして、自転車が歩行者をはねるという自転車事故の問題点として、<1>自動車事故の場合における自賠責保険に該当する強制保険の制度がないため、加害者について賠償資力の問題が生じること(保険会社が支払うわけではないので、加害者側に資力がないと賠償が受けられない可能性があるということ)、また、<2>被害者の後遺障害に関する認定の制度がないことから、被害者による後遺障害の立証が時として困難を来たすこと等が指摘されています。

 従って、今後、自転車に関しても、自動車と同じように事故が発生した場合を想定した様々な制度整備が必要になってくると思われます。もちろん、ご相談者が指摘されているように、自転車専用レーンの設置など、自転車が安心して走行できるインフラ整備も必要になるでしょう。

 ただ、子供を持つ親としては、自分の子供の運転している自転車が、ある日突然、重大事故を起こし、莫大な損害賠償請求を受ける危険性があるにもかかわらず、そのような制度整備やインフラ整備を漫然と待っているわけにもいきません。

 前述の神戸地方裁判所の判決では、加害児童の母親が、子供に対して「日常的に自転車の走行方法について指導するなど監督義務を果たしていた」旨を主張したのに対して、裁判所は、「児童に対してヘルメットの着用も指導していたと言いながら、本件事故当時はAがこれを忘れて来ていること」などを挙げて、「児童に対して自転車の運転に関する十分な指導や注意をしていたとはいえず、監督義務を果たしていなかったことは明らかである」と断じています。つまり、道路交通法63条の10には「児童又は幼児を保護する責任のある者は、児童又は幼児を自転車に乗車させるときは、当該児童又は幼児に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない」と明記されているにもかかわらず、親が、子供が自転車に乗る際にヘルメットをかぶらないことを見過ごしていた事実が、裁判所の判断に影響を与えるという事態を招いたわけです。

 ご相談者としては、お子さんに対して、日頃から、自転車が単なる遊具ではなく、重大な事故を発生させる凶器になる恐れがあることを十分に言い聞かせ、また、自転車の通行ルールについても、ヘルメットの着用等につき、常日頃、指導しておく必要があるということです。

 神戸地方裁判所の事案のように、たとえ自転車事故であっても、自動車事故と同じように、被害者ばかりでなく加害者も厳しい立場に置かれるのであり、現在の自転車ブームに浮かれることなく、事故対策を十分に検討しておく必要があると思います。

2013年10月23日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


Copyright © The Yomiuri Shimbun