小学校で息子が同級生のいじめで大ケガ 法的手段は?

相談者 NKさん


  • イラストレーション・いわしま ちあき

 「T彦がバットで殴られたの。救急車で運ばれて……」。スマートフォンから、動転した妻の叫び声が飛び込んできます。

 公立小学校に通う長男(10)が大ケガをしたという“緊急通報”を受けたのは、スマホをマナーモードにしていた会議中のこと。大事な会合の真っ最中だったため、3度目の呼び出しバイブレーションで電話に出ました。「会議なので後からかけ直すよ」と電話を切ろうしました。しかし、事の次第を聞き、慌てて会議を退出、長男が搬送された病院に向かいました。

 病院には担任の先生も来ていました。息子の上半身は、包帯でぐるぐる巻きにされていいます。ギプスの隆起も痛々しく、肋骨ろっこつ骨折で全治2か月の重傷です。幸い後遺症はありません。ひとまず、安心しました。

 「事故ですか、事件ですか?」と、担任の先生に聞きました。

 「バットで殴られたのです」と先生。

 「不審者? それとも野球の試合中の事故で?」とたたみかける私。

 「実は同級生のA君が振り回してしまって…」

  なんと、“犯人”は息子の同級生A君(10)だというのです。A君は学校ではちょっとした“有名人”です。授業中におとなしく座っていることは、まずありません。大声を出す、席を立って廊下を歩き回る、保健室を休憩所代わりにする、同級生に暴力をふるう……といった問題行動で先生方も頭を抱えています。A君の両親もちょっと変わった人たちで、学校からの指導など気にも留めず、「子供は多少元気すぎるくらいが良い」などと公言しています。

 息子は昼休みに校庭で遊んでいるときに、いきなりバットで殴られたようなのです。息子に改めて話を聞いてみると、息子は、A君から日常的に嫌がらせや首を絞められる等のいじめを受けていたようであり、今回、息子がいじめに対して抵抗したところ、いきなり近くにあったバットで殴られたということが分かりました。

 痛々しく横たわる長男の姿に、怒りがこみ上げてきました。今回は、学校側の対応が早く、病院への搬送も早かったので全治2か月程度で済みました。それでも大ケガです。医師は、打ち所が悪ければ命を失っていたかもしれないと言います。

 私たち夫婦としては、今後、損害賠償請求等を行っていくことになりますが、誰に対して、どのような損害賠償、慰謝料を請求すればよいでしょうか。また、息子に与えられた損害を請求するのは当然と思いますが、それに加えて、私ども夫婦は直接暴行を受けたわけではないものの、息子の大ケガで大変な精神的ショックを受けたので、その分についても何らかの償いをさせたいと思いますが可能でしょうか。

 さらに、いじめを放置してきた学校にも問題があると思いますが、学校に対して何らかの請求は可能でしょうか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

回答


誰に対して責任追及するか?

 誰に対して責任追及するか、換言すれば、損害賠償を請求していくかですが、言うまでもなく、原則としては「加害者」に対して請求することになります。民法第709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。

 そこで問題となるのが、加害者である少年が10歳であり、その「責任能力」(加害行為の法律上の責任を弁識するに足るべき能力)が認められるかという点です。民法では、責任能力がないと不法行為による損害賠償責任を負わないとされているからです(民法第712条)。

 不法行為における責任能力は画一的な基準は規定されておらず、事例ごとに行為の種類、年齢、成育度、成育環境等を考慮して判断されることになりますが、判例上、一般的には、12歳から13歳くらいまでは責任能力がないとされることが多いようです。ある判例は、12歳2か月の少年が遊戯中、射的銃で友人を失明させた不法行為について責任能力を否定しています。ただ、他方で、11歳11か月の少年に責任能力を認めた判例もあるので注意が必要です(あくまでも事例ごとに判断されるということです)。とはいえ、本件の場合、加害者であるA君は10歳にすぎないわけですから、通常、責任能力は認められません。

 では、本件は、加害少年に責任を問うことができないということで終わってしまうのでしょうか。もちろん、そのようなことはありません。

 そういう場合に備えて、民法第714条は、「責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。つまり、A君のような少年が不法行為を行ったにもかかわらず、その責任能力が認められない場合には、親権者である両親に対して、その監督を怠ったとして、監督義務責任を追及することができるわけです。

 本件のような場合、A君に責任能力が認められないことから、A君自身に対する損害賠償請求はできず、民法第714条に基づき、A君の親に対して監督義務者の責任を追及することになります。

 ちなみに、本件ご相談の場合には、A君が10歳であって責任能力が否定されることから、その親に対してのみ責任追及していくことになるわけですが、仮にA君が、例えば14、5歳であり責任能力を有するような場合でも、親に対する責任追及は可能です。中学3年の少年(15)が中学1年の少年を殺害してその所持金を奪った事件につき、最高裁判所は、加害少年自身の損害賠償責任を認めたほか、その両親の生活態度、子に対する教育・しつけの欠陥の著しさ等を認定し、それらが原因となって子の非行性が現れていたとして、両親の賠償責任も認めています(最高裁判所昭和49年3月22日判決)。

どのような損害を請求できるか?

 では、どのような損害を、A君の両親に請求できるのでしょうか。

 加害者であるA君の暴力行為によって損害を直接的に被ったのは、ご相談者の息子さんであり、息子さんは、被害者として当然に、被った損害の賠償を請求する権利があります(息子さんは未成年者ですから、実際には、親権者である両親が賠償請求していくことになります)。

 具体的には、治療費、診断書作成費用、入院に伴う付添費、入院雑費、通院交通費、傷害慰謝料等を損害として請求できます。また、通院や通学に伴う付添費が認められる可能性もあります。

 この点、裁判になった場合には、交通事故と同様の基準で損害を算定することになり、交通事故裁判で集積された膨大な判例によって、ある程度の画一的な基準ができており、それらは「民事交通事故訴訟『損害賠償額算定基準』」という刊行物(いわゆる「赤本」)において詳細に解説されています。非常に細かい話になりますので、ここでは割愛しますが、興味のある方は、同書をご覧になってください。

親の慰謝料請求は認められるか

 では、ご両親は直接暴行を受けたわけではありませんが、息子さんが重傷を負わされたことに対して精神的損害を被ったとして、ご両親独自の慰謝料を請求できるでしょうか。

 以前、本コーナー(第3回)でも説明したように、慰謝料とは、精神的苦痛を慰謝するために認められる金銭のことであり、日本の裁判所が認める精神的損害の額は、おおむね、一般の方が期待する額に比べてずっと低額となることが多いのが現状であり、裁判で大きな額が認定される見込みはそれほどありません。ただ、本件のような事例において、多くの被害者のご両親が、額は少なくてもよいので、子供の分とは別に、自分たちが苦しんだ分を何とか請求したいと希望されますし、そのお気持ちも十分に理解できます。

 この点、民法第711条は、「他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない」と規定し、被害者が死亡した場合には、近親者も慰謝料請求することができる旨を明記しています。

 では、被害者が傷害を負うにとどまった場合はどうでしょうか。

 裁判所は、第三者の不法行為によって身体を害された者の両親は、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべきか、またはその場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたときに限り、自己の権利として慰謝料等の請求をすることができるとしています。

 例えば、最高裁判所昭和33年8月5日判決は、10歳の女児が交通事故によって顔面に傷害を受けた結果、将来整形手術をしても除去しえない著明な瘢痕はんこんを残すに至った例について、親の慰謝料請求を認めましたが、他方、最高裁判所昭和44年4月24日判決は、5歳8か月の男児が、交通事故によって頭部打撲による脳震盪しんとう、右側頭き裂骨折の重傷を負って25日間入院し、かつ、事故当時意識不明の状態に陥ったという例については、親の慰謝料請求を認めていません。

 したがって、被害の重大さによっては、親が自己の権利として、慰謝料を請求できる場合がありますが、極めて限定的にしか判例上は認められておらず、本件では、「打ち所が悪ければ命を失っていたかもしれない」と医者に言われるような大ケガであったとしても、後遺障害が残っていないことなどから考えると、ご相談者が、自己の権利として慰謝料を請求していくことはなかなか難しいと思われます。

 ただ、前記のように、親としてのお気持ちは十分に理解できますし、そのような気持ちに対して裁判所も配慮してくれて、事案によっては、子供の慰謝料請求額に、事実上親の分を上乗せしてくれるといったこともありますから、仮に認められる可能性が低いとしても、ご自分の気持ちの整理という意味から、遠慮なさらず、権利行使してみることを検討されてはいかがでしょうか。

学校に対する責任追及は認められるか

 では、A君の親以外に、損害賠償請求できる対象はあるでしょうか。

 本件はいじめが発展した結果ということのようであり、しかも昼休みに校庭で遊んでいた時という、学校の施設内で発生した場合ですから、施設を管理する学校に対しても責任を追及することが考えられます。

 一般に、学校教育の場における教育活動及びこれと密接に関連する生活関係については、学校長を始めとする教職員らには、児童・生徒の生命・身体等の安全に万全を期すべき義務(安全配慮義務といいます)があり、児童・生徒の生命・身体等にかかわる事故が発生することが予見され、これを回避できるにもかかわらず、その義務を怠った場合には、学校の設置者である地方公共団体等は、国家賠償法第1条に基づいて、児童が被った損害を賠償すべき責任を負わなければならないとされています(金沢地方裁判所平成8年10月25日)。

 そして、学校側が負う安全配慮義務の内容は、児童・生徒の年齢・学年、事故の発生した機会(授業中、休憩時間・放課後か)等が要素となると考えられています。事案ごとによって、学校側が負う安全配慮義務の内容は異なり、この内容によって、学校側が損害賠償責任を負うかどうかが判断されることとなります。

 本件ご相談に似た事案として、次のような裁判例がありますので、参考になさってください。

 大阪地方裁判所平成7年3月24日判決は、市立中学3年生の被害者が、校内で、同学年の生徒からいわれのない暴行を受け、外傷性脾臓ひぞう破裂等の傷害を負わされた事案です。学校側が、加害生徒による今回の被害者に対する日常の暴力行為は把握していなかったけれども、加害生徒の問題行動や他の生徒への暴力行為については把握していたという状況下で、本件暴行事件が起こらないようにするため、学校側で何らかの適切な措置を講じ得たとしています。そのうえで、本件暴行行為を未然に防止すべき義務を怠った過失があったとして、学校の管理者である市に対して、加害生徒と連帯して、後遺症による逸失利益や慰謝料等について、請求額の8割以上の合計2400万円余りの損害の賠償責任を認めています。

 ちなみに、この裁判例は、次のように判示しています。

 「学校側は、日頃から生徒の動静を観察し、生徒やその家族から暴力行為(いじめ)についての具体的な申告があった場合はもちろん、そのような具体的な申告がない場合であっても、一般に暴力行為(いじめ)等が人目に付かないところで行われ、被害を受けている生徒も仕返しをおそれるあまり、暴力行為(いじめ)等を否定したり、申告しないことも少なくないので、学校側は、あらゆる機会をとらえて暴力行為(いじめ)等が行われているかどうかについて細心の注意を払い、暴力行為(いじめ)等の存在がうかがわれる場合には、関係生徒及び保護者らから事情聴取をするなどして、その実態を調査し、表面的な判定で一過性のものと決めつけずに、実態に応じた適切な防止措置(結果発生回避の措置)を取る義務があるというべきである。そして、このような義務は学校長のみが負うものではなく、学校全体として、教頭をはじめとするすべての教員にあるものといわなければならない。」

 本件ご相談の事案は、学校の昼休み中に校庭で遊んでいる際に、バットで殴られたというものであり、それは日常的ないじめから発展したものであって、Aの問題行動は誰もが認識していたというのですから、上記のような裁判例に基づいて、学校側の責任を追及していくことも可能かと思われます。

2012年01月25日 10時01分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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