ネット通販で暴力団員に商品を販売したら、暴力団排除条例違反?

相談者 SUさん

  • イラストレーション・いわしまちあき

 「とうとう自分の代で店をたたむことになるのか……」。売れ残りの大福やまんじゅう、どら焼きの山を前に、一時は和菓子店の廃業を覚悟したこともありました。

 そんな青息吐息だったお店が、現在なんとか息を吹き返し、繁盛するようになったのはネット通販に活路を求めた結果です。ただ、そのネットのために余計な心配事を抱えています。

 店を構えているのは、東京郊外にある商店街の端っこ。3代続く地元の老舗で、商店街を行き来するお客さんを相手に商売をしてきました。ところが、駅前に巨大なショッピングセンターができたころから客足が鈍くなってきたのです。

 「なんとかしなければ」。焦った私は、数年前に店のホームページを立ち上げました。サイトで注文を受けつけ、宅配便の代金引換で集金するという仕組みです。ところが、お金をかけ、苦労してホームページを作ったものの注文はほとんど来ず、閑古鳥状態が長く続きました。当然です。今時どんなお店でも、ホームページを持っています。普通の和菓子店がネット通販を始めたところで、星の数ほどもある有象無象のサイトの一つにしか過ぎません。

 異変が起きたのは、売上げが減り「いよいよ廃業か」と、せっぱ詰まったころでした。注文が急に殺到し始めたのです。キツネにつままれたような心地でした。

 「ブログで読みましたよ。素朴でおいしい味ですってね」とわざわざ横浜から買いに来たという主婦が教えてくれました。スイーツ関係の名の知れたフードライターが、ブログで私の店のオリジナル和菓子を激賞してくれたらしいのです。

 ネットの威力に加え、お取り寄せブームも追い風となり、全国にお得意さんが広がりました。厨房での菓子作り、お客さんと対面しての販売に加えて、ホームページのメンテナンス、注文の管理、地方への商品の発送など、家族経営の個人商店には大変な負担です。しかし、自分たちの努力がそのまま売上げに反映しているのが実感でき、全国のお客様からの温かい支援もあって充実した毎日です。ただ、言うまでもなく、それとともに、いろいろなトラブルを抱えるようになりました。配達の遅れなどに対するクレーム、代金の不払いや、ネット特有の諸規制の存在です。ネット通販を始めることで、余分なリスクも抱えることにもなったわけです。

 先日、新聞を読んでいたら、10月から東京都では暴力団排除条例が施行され、暴力団や暴力団員に対して商品を売ってはいけない――というようなことが書いてありました。テレビでは、おそば屋さんが、暴力団組事務所に出前するのもダメだというようなことまで言っています。

 そうなると、悩むのが、暴力団員かどうかの見分け方です。店頭で応対していれば、それらしき人はすぐにわかりますが、ネット販売では、入力された氏名や住所などの情報からは、人品骨相を確認できるわけがなく、一般人と暴力団員とを区別できません。そもそも、暴力団員とわかったからといって、本当に、たかがお菓子を売ることさえもできないのか疑問に思います。

 また新聞には、取引時に相手が暴力団関係者であることが判明した場合、契約を解除できるといった規定を契約書の中に設けなければならないとありました。うちの店のネット通販では、他のネット通販会社にならって、一般的な利用規約は設けていますが、この規約まで変更しなければならないかどうかもよくわかりません。

 暴力団排除条例において、ネット通販事業者が対応すべきこと、注意すべきことを教えてください。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)

 

回答


東京都暴力団排除条例の施行

 東京都暴力団排除条例が、平成23年10月1日に施行されました。同様の条例が沖縄県でも10月1日に施行され、47都道府県全てにおいて、暴力団排除条例が出そろったということで話題になり、様々なメディアで特集が組まれ報道されていましたのでご存じの方も多いと思います。

 実際に、12月12日には、暴力団による飲食店への観葉植物リース業を代行したとして、東京都公安委員会は、東京都暴力団排除条例に基づき、造園業者に利益供与の中止を勧告しています。

 有名タレントが暴力団との交際を理由に芸能界引退に追い込まれるという事件が起きたこともあり、近ごろ、社会的に暴力団との関係が厳しく問われる状況となっています。

 事業者においては、万が一、暴力団をはじめとする反社会的勢力とかかわりがあるとして、本条例に基づいて、公安委員会から是正するように勧告されたり(是正勧告 条例第27条)、事業者名がインターネット上などで公表されたり(社名公表 条例第29条)した場合には、社会的な評価信頼を失墜させるばかりか、金融機関との取引が解消される恐れもあり、存立自体が危ぶまれる事態に陥ってしまいます。このため、取引等をはじめとした経済活動において、暴力団排除のための十分な対応を取る必要があることは言うまでもありません。とはいえ、暴力団とのかかわりを恐れる余り、極端に経済活動が萎縮してしまうのでは本末転倒です。また、ネット通販企業のように、基本的に対面での取引を前提としていない取引形態を取る場合、暴力団排除を行おうとしても限界があります。

 今回のご相談は、暴力団排除条例施行にあたって、条例の趣旨は理解できるし賛同もしているが、では現実にどう対応すればよいのかという、ネット取引の現場が抱いている率直な疑問であると思います。以下、東京都暴力団排除条例の概略を説明しながら、対処法について検討してみたいと思います。

そば屋の出前も条例違反になる?

 東京都暴力団排除条例の内容は多岐にわたっていますが、本件に関わるものとしては、まず第24条3項があげられます。同条項には、「事業者は、…その行う事業に関し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って、規制対象者(注:暴力団員等のことを指します)又は規制対象者が指定した者に対して、利益供与をしてはならない。」と規定されています。

 ご相談者が聞いたという「おそば屋さんが、暴力団組事務所に出前するのもダメだ」との話は、この条文にある「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資する利益供与」に該当するかどうかという問題です。

 そして、ここに言う「利益供与」とは広く「金品その他財産上の利益を供与すること」を意味し、例えば、事業者が商品を販売し、相手方がそれに見合った適正な料金を支払うような場合であっても該当します。暴力団が得さえしなければ該当しないということにはなりませんので注意が必要です。そういう意味では、おそば屋さんが料金表通りの金額でそばを提供することも利益供与になり得るということになります。

 では、「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資する」という点はどのように考えれば良いでしょうか。この点につき、警視庁がネットで公表しているQ&Aに詳細に説明がなされており参考になりますので、以下、そこから、事業者が違反になる典型的なケースをいくつか引用してみたいと思います。

 <1> 内装業者が、暴力団事務所であることを認識した上で、暴力団事務所の内装工事を行う行為 

 <2> ホテルの支配人が、暴力団組長の襲名披露パーティーに使われることを知って、ホテルの宴会場を貸し出す行為 

 <3> 印刷業者が、暴力団員の名刺や組織で出す年賀状等の書状を印刷する行為 

 <4> 警備会社が、暴力団事務所であることを知った上で、その事務所の警備サービスを提供する行為 

 <5> 不動産業者が、暴力団事務所として使われることを知った上で、不動産を売却、賃貸する行為 

 <6> ゴルフ場の支配人が、暴力団が主催していることを知って、ゴルフコンペ等を開催させる行為 

 このほか、飲食店が暴力団員に会合や興行を開かせること、百貨店が暴力団の贈答品を受注することなど――も該当するとされているようです。

 それに対して、Q&Aは、違法な利益供与にならない場合も例示しており、次のような場合を挙げています。

 <1> スーパーマーケット等の小売店が、暴力団員のような風体をしている者に対して商品を販売する行為 

 <2> コンビニエンスストアが、暴力団員に対しておにぎりや清涼飲料水等の日常生活に必要な物品を販売する行為

ネット通販での販売行為が違法な利益供与になることは考えにくい

 ご相談者は、広く不特定多数人に対してお菓子を販売しているわけですが、上記スーパーマーケットやコンビニエンスストアの例からしても、商品を暴力団員に対して販売する行為が、直ちに違法な利益供与となるとは通常考えられません。たとえ暴力団員であっても、個人の消費活動に対する規制はできないというのが原則であり、あくまでも規制対象となるのは、暴力団の活動を助長したり、暴力団の運営に資したりする行為となります。

 そういう意味では、取引相手である暴力団員が、その所属する組の会合で提供するためとか、会合への参列者へのお土産にするために購入しようとしていることがわかっているなど、「特別の事情」がある場合には、違法な利益供与となる可能性が出てくると思われます。同様に、おそば屋さんも、店に入ってきた暴力団員にそばを提供するのは問題ないでしょうが、暴力団の会合で提供されることを知って出前をするとなると、同様に、違法な利益供与になる可能性が出てくると言えるでしょう。

 なお、第24条3項は、事業者が「情を知って」いる場合を問題としているのであり、仮に、取引相手が暴力団員であることを知らなければ、そもそもこの要件に該当せず違法な利益供与となりません。対面販売なら、外見等から暴力団員と判別できることもあるかもしれません。しかし、ネット取引の場合、ネットの向こう側にいて注文している人が暴力団員かどうかなど判別のしようがないのであって、通常は、この要件を欠くことになると思われます。

 以上のように、ネット通販の場合には、通販業者において、取引相手が暴力団員等であることを認識するのは困難であり、それに加えて、上記のような「特別の事情」が存在することまで認識する場面は通常ないのであって、原則として、暴力団排除条例を意識しなければならないような場面は出てこないと思われます。

 強いて言えば、ネット通販において、顧客との接点となっている宅配業者から、指示された顧客に商品を届けようと思ったら、そこは暴力団事務所であり、何らかの会合が開かれるようだというような情報が伝えられた場合などが想定できます。その場合には、前記と同様に、違法な利益供与に該当するかどうかを検討する必要が出てくるでしょう。

 なお、取引相手が暴力団員等であると識別できた場合には、取引対象が日用品等で、上記のような「特別の事情」も見受けられないとしても、現在の社会情勢を踏まえ、コンプライアンスの観点から、取引を拒否するという考え方もあり得るのであって、そのような取扱いをする企業もあるようです。ただ、そのあたりは企業姿勢の問題であって、暴力団排除条例自体の要請ではありません。

 いずれにしても、上記のように、宅配業者等から情報が寄せられて利益供与の問題が疑われるような場合には、微妙な対応を迫られることになりますから、最寄りの警察署に連絡し相談することをお勧めします。

ネット上の取引規約等を改定する必要性

 ご相談者によると、新聞には、取引時に相手が暴力団関係者であることが判明した場合、契約を解除できるといった規定を契約書の中に設けなければならないとあったが、どうすればよいのかわからないとのことです。

 たしかに、東京都暴力団排除条例第18条2項は、「事業者は、その行う事業にかかわる契約を書面により締結する場合には、次に掲げる内容の特約を契約書その他の書面に定めるよう努めるものとする。」とし、その特約の内容として、「当該事業に係る契約の相手方又は代理しくは媒介をする者が暴力団関係者であることが判明した場合には、当該事業者は催告することなく当該事業に係る契約を解除することができること」を規定しています。

 この規定によって、ネット通販サイトの規約を変更する必要があるかどうかですが、原則として変更の必要はありません。

 条例第18条2項は、「その行う事業に係る契約を書面により締結する場合」と規定されており、ネット通販でサイト上に掲載されている取引規約のように、「書面」以外まで対象とするものではありません。従って、暴力団排除条例施行によって、ネット通販の利用規約に対し、新たな規定を盛り込む必要はないと考えられます(ちなみに、条例の規定が、「しなければならない」ではなく、「努めるものとする」となっており、努力義務を定めた規定であるという点にも注意して下さい)。

ただ、前記のように、ネット通販取引の場合、可能性は低いと言っても、その取引が条例の禁止する、違法な利益供与に該当してくる可能性があり、その際には、取引を拒否する必要が生じてきます。ネット通販において、取引を拒否する際の根拠となるのは、サイトに掲げている利用規約なのであり、そこに何らの関連する規定もないとすると、対応に窮することも考えられます。そういう意味では、直ちに必要かどうかは別として、将来のリスクヘッジとして利用規約を改正するということを検討してもよいかと思われます。

 なお、ご相談内容にはありませんが、暴力団排除条例第18条1項は「事業者は、その行う事業に係る契約が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる疑いがあると認める場合には、当該事業に係る契約の相手方、代理又は媒介をする者その他の関係者が暴力団関係者でないことを確認するよう努めるものとする。」と規定しており、この点について、事業者が契約を締結する際に、契約の相手方が暴力団員であるかどうかを必ず確認しなければならないと誤解され、受け止められていることがありますが、それは誤りです。

 条例第18条1項は、「その行う事業に係る契約が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる疑いがあると認める場合」において、契約の相手方等が暴力団関係者でない事を確認するように求めているものです。

 警視庁のQ&Aにも「この規定については、努力義務規定であり、例えば、スーパーやコンビニで日用品を売買するなど、通常、一般的に取引の相手方について身分を確認しないような場合についてまで、あえて相手方の確認をするよう求めるものではありません。」と説明されています。

 つまり、東京都暴力団排除条例は、ネット通販において、取引の申し込みがあるたびに逐一顧客の属性確認を求めているものではありませんし、現実問題として、それを実現することは困難です。

2011年12月28日 12時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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