激安PCのネット購入がキャンセル 納得できない

相談者 MTさん

  • イラストレーション・いわしま ちあき

 ある日、ショッピングサイトから送られてきた宣伝メールを何となく見ていたところ、その中のある製品の価格を見て驚きました。普通に買えば15万円程度はする大手家電メーカー製のデスクトップパソコンが、わずか1万5000円だというのです。

 23型ワイドのディスプレーにインテル製Corei7のCPU、ハードディスクは1TB(テラバイト)です。OSは、ウィンドウズ7ホームプレミアムで、その他の必要なソフトも全てプレインストールされている高性能マシンです。

 5年余り使っているパソコンをちょうど買い替えようと思っていたところだったので、私は、「掘り出し物だ」と即座に考えて、一も二もなく、画面の「ショッピングバスケットに入れる」ボタンを押しました。クレジットカードの番号を入力して、買い物終了です。直後に、「ご注文ありがとうございます」というメールが届きました。商品発送まで1〜4営業日なので、週明けには新しいパソコンが使えるはず、と真新しいパソコンを想像し、また「予算の10分の1以下で高性能パソコンを買えた」という思いもあり、ウキウキしていました。

 実は、気をよくして、ついでにビデオカメラとテニスラケットを同じネットショップで購入しました。全部合わせても、1台分のパソコンより安いくらいです。

 ところが、その後「お詫びと価格訂正のお知らせ」というメールがショッピングサイトから届きました。購入したパソコンの価格を1桁少なく表示していた、というのです。サイト側の価格表示ミスなのに、購入申し込みをキャンセルすると通告されました。あまりにも一方的です。

 そこで、ご相談です。責任は間違った価格を表示したサイト側にあるはずです。最初に表示された価格で購入することはできないでしょうか。なお、ビデオカメラとテニスラケットについては、いずれにしても購入予定でしたから特にクレームをつける気はありません。(過去の事例を基にしたフィクションです)

回答


誤表示価格での販売はまれ

 今回は、ネット販売会社の商品価格誤表示の問題ですが、この手の事件は、意外と頻繁に発生しています。

 有名なところでは、ネット販売の黎明れいめい期である、2003年10月31日に発生した丸紅ダイレクト(丸紅株式会社の直販サイト)の価格誤表示事件があります。

 丸紅ダイレクトが、ネット上において「19万8000円」で販売すべきパソコンを、誤って「1万9800円」と1桁少なく価格表示してしまった事件ですが、丸紅ダイレクトは、当初、注文を取り消す旨のメールを送るという対応を取っていたものの、申込者からの反発もあり、結局、誤表示である1万9800円で販売することにし、およそ2億円とも言われる損害を被ったとされています。当時、丸紅ダイレクトは、「社会的信用を優先せざるを得ない」とコメントしていますが、この対応の是非については世間の話題を集めました。結局、同社のサイトは2004年2月に閉鎖されています。

 では、相談者の方が、上記事件と同じように取り扱ってくれと要求できるかというと、むしろ、誤表示価格でそのまま販売するという取り扱いがなされるのはまれであり、誤表示価格での販売を拒否されるのが一般的です。

 例えば、2005年7月5日に発生したベスト電器の価格誤表示事件では、Yahoo!ショッピング内でベスト電器が運営する「新宿店ネットショップ」において、本来であれば「15万3000円」と表示すべき液晶テレビ価格を、誤って「1万5300円」と表示してしまい、約6000人余りから注文が殺到したのですが、ベスト電器は、価格誤表示について謝罪し1人あたり1000円の迷惑料(郵便為替)を支払いましたが、注文承諾の通知を出していないことから売買契約は成立していないとして、誤表示された価格での商品販売を拒否しています。最近でも、2010年10月に発生したバリバリ家電ヤフー店での価格誤表示事件(52型液晶テレビを1万1509円で販売表示)で、業者側は注文取り消しで対応しています。

まずは規約内容を確認

 では、理論的にみて、相談者の方が誤表示価格での販売を、ネット販売業者に対して要求できるかですが、この点は、当該サイトの規約内容からみて、誤表示価格での商品売買契約が成立していると考えられるかどうかがまず問題となります。

 この点、現在の大手ネット販売業者の多くは、丸紅ダイレクト事件を教訓として、誤表示価格での商品売買契約が成立しないように配慮した規約を設けています。

 例えばアマゾンの規約では、契約の成立について以下のような規約をおいています。

 「当サイトにて商品をご注文いただくと、ご注文の受領確認とご注文内容を記載した『ご注文の確認』メールが当サイトから送信されます。お客様からのご注文は、商品購入についての契約の申込となります。お客様が選択された商品の支払い方法および配送方法に拘わらず、Amazon.co.jp が販売する商品をご注文いただいた場合、当サイトから『ご注文の発送』メールがお客様に送信されたときにお客様の契約申し込みは承諾され、契約が成立します。」

 この規約では、単純な注文確認メールだけでは契約が成立せず、注文発送のメールが送信されたときに契約が成立したことになりますから、本件事案のように価格誤表示に基づいて注文を出し、業者から注文確認メールが送られてきたとしても、単なる購入申し込みが行われた段階に過ぎず、売買契約は成立していないことになるわけです。

 また、ソフマップの規約などは、「ご注文に基づくご利用者と当社との売買契約は、ご注文商品が当社よりご利用者に到着した時をもって成立します。」とした上で、さらに念入りに、価格誤表示の場合に備えて、端的に「契約の成立の如何にかかわらず、以下の理由により当社は無条件でご注文をお断りし、または契約を解除することができます。」とし、「本サイトに表示された価格が市場相場等に比較して誤っていることが明らかな場合。」を掲げています。

 ご相談者の方は、まずは、当該ネット販売会社の規約を確認して、売買契約の成立時期についてどのように定められているかを確認することをお勧めします。規約に、上記のような価格誤表示に備えた規定があれば、表示された価格で商品を引き渡すことを要求することは難しく、ベスト電器事件のように、せいぜい迷惑料的なものを要求する程度の話になってきます。

誤表示に関する規約がない場合は…

 では、仮に、規約にその点が全く明示されていない場合はどうでしょうか。

 この場合、相談者による「注文」に対して、ネット販売会社が送った「注文確認メール」がその「承諾」となり、売買契約が成立したと考えることが可能となって、表示された価格で商品を引き渡すことを要求する余地が出てきます。

 経済産業省が公表している「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」でも、規約に特段の定めがなく、自動返信による売主からの注文確認メールの文書内にも、承諾の意思表示が別途なされることなどが明記されているような場合でなければ、「ウェブサイトを見て購入申込ボタンをクリックするなどした購入希望者に対して売主からの承諾通知のメールが到達した時点で原則として契約が成立したと評価できる」としています。

 つまり、単なる注文確認メールであっても、当該メールに「在庫が確認でき次第、注文を受けるかどうか返答いたします」などといった留保が無い場合、アマゾンのように、利用規約にきちんと一定の記載をしていないと、売買契約が成立したと判断される可能性が出てくるわけです。

 ただ、仮に売買契約が成立したとしても、直ちに、ご相談者が、ネット販売業者に対して、表示された価格で商品を引き渡すことを要求できるわけではありません。

民法の解釈で業者側に有利な点も

 ここで問題となってくるのが民法95条の規定です。この規定は、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。」となっており、販売会社は、価格表示を間違っただけなので売買契約は無効であると主張することができることになります。

 ただ、民法95条をよく見ると、上記の文言に続けて、「ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない」となっています。つまり、ネット販売業者において、商品販売価格は最も重要な要素であり、その点に関する誤表示は、民法95条ただし書きの「重大な過失」に該当すると解釈される可能性があり、その場合、ネット販売業者は、錯誤無効を主張できなくなります。

 ちょっと話がややこしくなってきましたが、実は、さらにこの先があります。

 民法の解釈上、注文者が当該商品の表示価格が誤表示であると認識していた場合には、販売業者に重大な過失があっても、例外的に錯誤による無効の主張ができるとなっているのです。

 つまり、簡単に要約すると、注文者から誤表示価格での商品販売を求められたネット販売業者は、通常は、その規約を盾に売買契約の成立を否定するわけですが、規約が整備されておらずそのような対応を取ることができない場合、業者側としては、民法の規定を持ち出して、錯誤だから売買契約は無効だと主張することになります。それに対して注文者は、価格を誤って表示したのは業者側の重大な過失によるものだから錯誤無効の主張はできないはずだと反論し、さらにその主張に対して、業者側は、重大な過失などないし、仮にあったとしても、そもそも注文者は当然に価格誤表示を認識していたじゃないかと再反論していくわけです。

 ちなみに、2007年8月3日、東京地方裁判所は、車用品販売会社が、インターネットのホームページで、実際には13万1000円のカーナビを誤って1万3100円と表示して注文を受けたという事件において、売買契約の成立を認めたものの、販売業者が行った錯誤無効の主張に関して、販売業者に重過失は無いとし、売買契約は無効であると判示しています。なお、同判決は、仮に重過失があったとしても、表示価格が誤りだったことを注文者が認識していたことは明白であるとも述べています。

 結局、この種の事件における基本的な考え方としては、パソコンや家電製品のような一般的商品で大手メーカー製であり、さらに現行モデルであるような場合、通常は極端な廉価での販売はされないと一般に考えられており、そういった商品が、「激安」「限定」「特別セール」といった特段のコピーも無く、一般流通価格の10分の1といった価格表記がされていたとなれば、上記判例も述べているように、ネット販売業者に誤表示につき重過失があるとされる場合でも、注文者はその価格が誤表示であると認識した上で注文をしたと判断されてしまうのが一般的かと思われます。なお、あまり流通していない商品等、正常な価格がいくらかの判断が一般人にはつきにくい物や、価格変動の大きな商品については、「価格誤表示を注文者が認識していた」との主張は認められにくいでしょうから、上記とは異なる判断となることも十分に考えられると思います。

 本件では、相談者の方が、一般流通価格の10分の1といった価格表記について、どのようにお考えになったのかの事情等がよく分かりませんが、訴訟提起して、誤表示価格での販売を求めても、前述のように、大手ネット販売業者では、価格誤表示に備えた規約が整備されていて売買契約の成立自体が否定されてしまうでしょうし、仮に、当該ネット販売業者の規約が整備されておらず、売買契約が成立したと認められるようなケースであっても、本件のように、大手家電メーカー製のデスクトップパソコンといった一般的な商品の場合で、特段の理由もなく常識外に廉価で販売されていたという状況を考え合わせると、仮に相談者の方が、その価格に何の疑いも抱かなかったとしても、相談者の方の主張が裁判所で認められるのはなかなか難しいと思われます。

2011年09月28日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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