「帰るメール」でまさかの懲戒処分?


相談者 HYさん

  • イラストレーション・いわしま ちあき

 あの日も9時半きっかりに出社しました。節電でオフィス中が薄暗かったのを覚えています。ID、パスワードを入力し、パソコン画面が起動するのを待っていたときでした。背後に人の気配がします。T管理課長が会議室に来てくれ、というのです。いすに座った途端、「君ね、困るんだよ」と眉間にしわを寄せる課長。

 「ええっ、何がですか」。私は驚いて聞き返しました。

 「メールだよ、メール。昨日送っただろう」

 どんなメールを送ったかはすぐには思い出せませんでした。お得意先からクレームが来ているのかな。

 「会社のパソコンを私用で使うことは、わが社の就業規則では禁止されている。処分の対象になるかもしれない」

 転職して1か月、セキュリティーに厳しいIT企業だと聞いていましたが、まさかここまでとは思いませんでした。前の会社では友人、家族へのメールはおとがめなしでした。ネットサーフィンでいろいろなサイトを見るのも、おおっぴらにやらなければ問題ありませんでした。あの日は、「これから帰ります。結婚記念日ですが、残業でちょっと会社を出るのが遅れます」と妻にメールで連絡を入れただけなのです。

 「会社のパソコンで見たサイトや、やり取りしたメールはリアルタイムですべて記録されている。入社時に説明したはずだ」と課長。

 以前、会社の顧客情報データベース数万人分が、名簿会社に売り払われた事件があったそうです。社員による内部犯行のため、会社の信用を大きく落とし、売り上げも落ち込みました。それ以来、おおらかな社風で知られた会社の情報管理がとたんに厳しくなったというのです。

 アダルトサイトを見ただけで、即アウトという外資系の会社もあると聞きます。悪意のない家族へのメールだけで首切りまでいくのでしょうか。不況のご時世、丸裸で放り出されないか心配です。住宅ローンもたくさん残っています。どうすればいいでしょうか。(最近の事例を基にしたフィクションです)

回答


会社負担が軽微なら私的メールOKの判例も

 労働者は、勤務中、誠実に労働に従事し、職務に専念しなくてはならないとされています(職務専念義務)。この観点からは、労働者が勤務中に会社のパソコンで私用メールを送受信したり、仕事と関係ないサイトを見たりするといった私的利用をすることは許されません。

 他方、休憩時間中に関しては、休憩時間は自由に利用できる(労基法34条3項)ことから、私用メールやインターネットの私的利用も許されるように思われます。しかしながら、会社は会社施設に対する管理権を有しており、それは建物のみならずパソコン等の設備機器等にまで及びますので、会社のパソコンについても当然に会社の施設管理権が及んでいることになります。

 したがって、たとえ休憩時間は自由に利用できるといっても、会社のパソコンを利用するということであれば、会社の施設管理権の下での利用という制約があり、会社がメールやパソコンの私的利用を許容していない限り、原則としてこれらの私的利用は許されないということになります。

 今回のご相談のケースでも、会社のパソコンを私用で使うことが就業規則によって禁止されているということですので、原則として、勤務中、休憩時間中にかかわらず、私的に利用することは許されないということになります。

 とはいえ、会社のパソコンから家族にメールで連絡を入れた本ケースが懲戒処分の対象となるのかというと、別の考慮が必要になります。

 本ケースと同様の事案を扱った裁判例には、メール使用等に関する規定が存在しないという点で本ケースとは異なっているものの、職務の妨げにならず、会社の経済的負担も軽微なものについては、私的利用も社会通念上許容されるとしたものがあります。

出会い系サイト利用メールで懲戒解雇も

 具体的にどの程度の私的利用であれば職務の妨げにならず、会社の経済的負担も軽微と判断されるかは、個別の判断となりますが、「1日2通程度の就業時間中の私用メールの送受信」(東京地方裁判所平成15.9.22判決)、「約7ヶ月間のうちで28回の私用メール交信で、1回の所要時間も短く、内容的にも業務関連のものが少なくない」(札幌地方裁判所平成17.5.26判決)、「私用メールの送信頻度が1ヶ月につき2〜3通であり、その内容も取引先の関係者からの世間話や母校の後輩からの就職相談、社員からの懇親会の打合せといったもの」(東京地方裁判所平成19.9.18判決)といったような場合は、懲戒処分相当ではないと判断されていることが参考になるかと思います。

 ただ、これらの裁判例では、私用メール送受信の頻度、1通あたりの所要時間だけでなく、それ以外の諸事情も総合考慮して判断が下されていますので、同じような頻度等であっても同じ結論となるとは限らず、あくまでも参考にすぎないことに注意が必要です。

 例えば、上記各事案と同様に、メール使用等に関する規定が存在しない事案で「学校の教職員が、業務用パソコンを使用して、インターネット上の出会い系サイト等に投稿し、多数回の私用メールを送受信した」場合に、裁判所は懲戒解雇事由に該当すると判断しています(福岡高等裁判所平成17.9.14判決)。これは、使用頻度の点も問題ですが、教職員という立場にありながら、職場において、出会い系サイトに投稿したといった事情も相当程度、判断要素となったものと考えられます。

 このように、会社のパソコンを私的に利用した場合に、懲戒処分の対象となるかについては、様々な事情を総合的に判断する必要があります。本ケースで、会社の就業規則において、会社のパソコンの私的利用を禁止しているという事情は、ご相談者にとってマイナス要素と思われますが、他にマイナス要素となる特段の事情はないようですし、家族に対する連絡をしたという程度の私的利用にとどまるのであれば、そもそも懲戒処分相当と判断される可能性が高いとはいえず、ましてや、懲戒処分の中でも最も重い懲戒解雇が認められる可能性はほとんどないものと思われますので、本ケースで、ご相談者が「首切り」の心配をする必要はないものと思われます。

 本ケースでは、就業規則に私的利用の禁止規定があることですし、仮に今回程度の私的利用は許容されるとしても、今後、家族への連絡などは、休憩時間中に、自分で所有する携帯電話のメール等でやり取りをしたほうがよいことは間違いないでしょう。

そもそも会社のメールチェックは適法か

 なお、本ケースでは、会社のパソコンで見たサイトや、やり取りしたメールがリアルタイムですべて記録されているとのことですが、そもそも、このように、会社がメールをモニタリングできるかという問題がありますので、ご説明しておきます。

 この点、旧労働省の「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12.12.20労働省)において、「使用者は、職場において、労働者に関しビデオカメラ、コンピュータ等によりモニタリングを行う場合には、労働者に対し、実施理由、実施時間帯、収集される情報内容等を事前に通知するとともに、個人情報の保護に関する権利を侵害しないよう配慮するものとする」とされ、当時、旧労働省が示した本指針に関する解説には、「具体的な運用に当たっては、例えば、電子メールのモニタリングでは原則として送受信記録あるいはこれにメールの件名を加えた範囲について行うこととし、必要やむを得ない場合を除いてはメールの内容にまでは立ち入らないようにするなど、あくまでも目的の達成に必要不可欠な範囲内で行い労働者等の権利利益を侵害しないよう十分配慮することが望ましい」とされています。

 さらに、「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」(平成21年10月9日厚生労働省・経済産業省告示第2号)において、「従業者のモニタリングを実施する上での留意点」として、「モニタリングの目的、すなわち取得する個人情報の利用目的をあらかじめ特定し社内規程に定めるとともに、従業者に明示すること」「モニタリングの実施に関する責任者とその権限を定めること」「モニタリングを実施する場合には、あらかじめモニタリングの実施について定めた社内規程案を策定するものとし、事前に社内に徹底すること」「モニタリングの実施状況については、適正に行われているか監査又は確認を行うこと」が掲げられています。

 これらの点を考慮すると、本ケースにおいても、電子メール等の利用規則などにおいて、モニタリングを実施する理由・目的、実施責任者、権限、実施内容、実施時間帯等の明示がきちんとされていれば、会社によるモニタリングは可能であると考えられます。ご相談者の方も、一度、ご自分の会社の規則をきちんと確認されてみてはいかがでしょうか?

2011年08月24日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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